第53話 謎の組織プレセア

 街で憲兵に絡まれてから、性別を変える時には、俺はイーシャ、マサンはマルサンと偽名を名乗っている。


 手配書が回ってからは宿も場所を変えて、見つからないように最善の注意を払っていた。


 俺達は、いつも緊張していたから、唯一、気を抜けるのは、宿の部屋で魔法のマントを脱いだ時だった。


 そんな、くつろいでいる時に、マサンが口を開いた。



「なあ、イース。 プレセアって聞いた事があるか?」



「良い響きだね。 女性の名前だろ」



「違う。 実態は謎だが、名前は有名だと思うぞ。 本当に知らないのか?」



「今、初めて聞いた」


 マサンの真面目な顔を見て、俺は、少し恥ずかしくなってきた。



「国を跨いで暗躍する、私設スパイ集団の名前だ。 情勢が乱れている国に侵入しては、そこでヤバい商売をする。 リーダーは元冒険者で、SSランクの実力者だ。 この宿の近くで、そいつを目撃した」



「それが、何かあるのか?」


 マサンの意図が分からず、思わず尋ねた。



「この国が乱れてるって事さ。 奴に接触すれば、ベルナ王国の裏情報を入手できるかも知れないぞ」



「そうなのか? マサンは、そいつと親しいのか?」



「いや、親しい訳じゃない。 でも、メンバーに勧誘されて、そいつと何度か話したことがある。 組織に入る振りをすれば、接触が可能だ。 リーダーは、フィアスと言って、サイヤ王国出身の魔法剣士だ」



「魔法剣士って?」



「これも聞いた事がないのか? ムートって何を教えるところなんだ?」



「ムートでは、相手に勝つ方法しか習わなかった。 それに、ジャームも教えてくれなかったよ」


 俺が答えると、マサンは、少し呆れたような顔をした。



「イースには、経験が必要だな」



「マサンの言う通りだと思う。 だから、教えてくれよ!」


 自分でも、経験不足な事は分かっていた。だから、少しでも知識を吸収したかった。



「じゃあ、言うぞ。 普通、剣士は斬る事に専念するが、魔法剣士は、斬るだけでなく、剣で魔法を放ったりする。 魔法使いは、杖で魔法を放つから、そこが違う。 でもな …。 タント王国では、ひっくるめて魔道士と呼んでいる。 だから、国によって、呼び方や定義が違う。 私もイースも、サイヤ王国では、魔法剣士のカテゴリーに入るって事さ」



「そうなのか …。 俺が、ベルナ王国にいた頃、タント王国には、陽気を操る騎士も魔法使いも居ないと聞いていたんだが、なぜ、そんな嘘を広めたんだろう?」


 俺は話しながら、ベルナ王国に憤りを感じていた。



「魔道士という呼び方が違うだけで、タント王国にも昔から存在したさ。 恐らくは、ベルナ王国が優れた国であると、国民に思わせるためじゃないのか? ムートなんて養成所を作るくらいだから、洗脳教育はお手の物なんだろうよ」



「ベルナ王国の国民は、騙されていたのか …」


 俺の脳裏に、故郷の、村人の顔が浮かんだ。



「プレセアのリーダーの話しだけど、どうやって接触するんだ?」


 

「宿の近くで立ってれば、向こうから寄って来ると思う。 でも、用心深い男だから、怪しんだりすると直ぐに逃げちまう」



「もし逃げたら、俺が、奴の退路を断つよ」



「イースにできるかな? でも、まあ、頼んだぞ!」


 マサンは、俺の肩を叩いて鼓舞した。

 


◇◇◇



 翌朝になり、俺とマサンは、宿の近くで、フィアスとの接触を図っていた。


 自分は、魔法のマントを被り女性になっているが、マサンは、そのままの姿だ。

 姉妹にでも見えるだろうか?



「ねえ、マサン。 こうして突っ立っていて、フィアスは見つかるのかしら?」


 魔法のマントのおかげで、自然に女性の言葉遣いになる。



「奴は、私に気づいているハズだ。 こちらから追うと、警戒して逃げるだろう。 こうして待っていれば、奴の方から声を掛けてくるさ」



 しかし、昼時になったがフィアスは現れなかった。

 昼飯を食べに行こうとした時、一人の少女に声をかけられた。



「あのう、この紙を渡してほしいって」



「お嬢ちゃん。 この紙は誰から貰ったの?」



「優しそうな男の人だよ。 お駄賃も貰ったんだよ」


 そう言うと、少女は、手の平に乗った100シーブルコインを見せた。



「その人はどこにいるのかな?」



「あれ?」


 少女は、振り返って不思議そうな声をあげた。



「そうか、いなくなっちゃったか。 じゃあ、お姉さんも、特別にお駄賃をあげるよ」


 マサンが、100シーブルコインを渡すと、少女は嬉しそうに、はにかんで、何処かに駆けて行った。



 その後、紙に書いてある内容を確認した。

 そこには、国都の公園の見取り図があり、目印が書いてあった。



「ここへ来いって事だな」



「エッ。 直ぐに行くの?」


 マサンに言われ、驚いたような声を出してしまった。

 実は、お腹が空いていたのだ。



「ああ。 昼は後回しだぞ。 中々会えない奴だからな」


 マサンは、俺のお腹が空いたのを見透かしていたようだ。

 女性になっているせいか、少し恥ずかしくなった。



 そして、俺とマサンは、指定場所の公園に向かった。


 指定の位置に立っていると、背の高い痩せた男が近づいて来た。

 笑っているように、目尻が下がっている。少女が優しそうと言った意味が分かった。



「やあ、マサン。 久しぶりだね」


 フィアスは、マサンに声をかけながら、俺の姿を凝視している。


 

「ああ。 2年振りくらいになるかな?」


 マサンは、俺を守るように、フィアスの前に立ちはだかった。

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