第54話 ベルナの裏情報

 フィアスは、俺に興味があるのか、マサンの背後を、さかんに覗き込むようにしていた。



「君の後ろにいる可愛い子ちゃんは誰だい? もしかすると、妹なのか?」



「違う。 私は、正統派美人だけど、この娘は、可愛い子ちゃんタイプだろ。 似て非なるものさ」


 マサンは、分かったような分からないような事を言った。



「ねえ、隠れている君! 思い切って聞くけど、恋人はいるのか?」


 フィアスは目を輝かせ、俺の方を覗いた。



「あんた、相変わらず美人に目がないね。 色狂いなのは、この国の宰相と同じだぞ。 ハーア、気持ち悪い!」


 マサンは、目を細めて、凄く嫌そうな顔をした。



「酷えな …。 あんな変態野郎と一緒にすんじゃねえ! 俺は、違う!」


 フィアスも、露骨に嫌そうな顔をした。



「そこまで言うって事は、シモンの情報があるのか?」



「ああ、もちろんだ。 情報が欲しいのか? 我が組織、プレセアに入ったら教えるぜ。 幹部待遇にするが、どうだ!」



「今回は入っても良いが …。 但し、条件がある。 関わるのは、ベルナ王国に関する諜報活動のみだ。 また、私の意思で、組織をいつでも抜けられる事。 それと、この娘、イーシャも入れる事。 私の下で働かせるからな」


 マサンが言うと、フィアスは俺をまた覗き込んだ。



「ダンジョンの街で、ベルナ王国の兵と戦ったと聞いたが …。 それで、何か思う所があるんだろ。 それと、その可愛い子ちゃんだが、イーシャって言うのか。 君は、かなり高魔力のようだな …」


 フィアスは、わざと聞こえるように話した後、すこし考え込んだ。



「分かった、その条件をのむ」


 そう言うと、フィアスは俺に近づき肩を叩いた。

 しかし、彼はイケメンで無いせいか、心が弾まない。

 我ながら、ワガママな乙女心だと思った。




 こうして、俺とマサンは、私設スパイ組織プレセアに入った。



 その後、公園の片隅で、裏情報を聞かせてもらった。


 今、ベルナ王国に潜入しているプレセアのスパイは200名近くいるが、王国内にも支援者や協力者がいるとの事。

 特に、シモンに追い落とされた、前宰相カマンベール公爵の恨みは凄まじく、その反動から、多くの資金や情報の提供を受けていた。

 その上で、カマンベール公爵から、宰相への復活を依頼されているとの事。



 興味深かったのは、シモンとガーラが決して円満な関係では無いという事であった。

 ガーラは、魔力で自分より劣るシモンを陰でバカにしており、彼に反感を抱く将校を手懐け、場合によっては、権力の中枢に取って変わろうとしていた。

 また、何か弱みを握られているのか、シモンはガーラに対してだけは、頭が上がらない様子だという。

 ガーラのライバルはビクトリアであり、シモンは、魔力の力関係で見ると、意外に小者ではないかという事であった。


 しかし、侮れない点が一つあった。


 フィアスは、シモンに関する信じられない事を語り出した。



「シモンには、女性の心を操れる能力があるようだ。 これは、状況証拠を積み重ねた結果の結論だ」



「あいつは、イケメンだから女性にモテるだろ。 それで操っているように見えるのでは? 最も、私は、奴を気持ち悪いと思うがな」


 マサンは、吐き捨てるように言い放った。



「いや、違うんだ。 シモンの女性関係は、年齢も様々で相手が多すぎるんだよ。 それに、敵対する相手を追い落とす時に、必ず、そのパートナーの女性を利用する。 女性達は、心を奪われると、かつてのパートナーを嘘のように切り捨て、シモンに味方をするようになる。 軍の参謀になる時に、ライバルとなる将軍の婦人や恋人が、シモンに靡いたのは有名な話だ。 奴は秘密裏に行っているつもりでも、嫉妬する男は気がつくものさ。 だから、シモンを恨む男は多い」



「本当の話なのか!」


 マサンは、驚いたような顔をした。



「ああ、事実だ。 極めつけは、宰相になる時だ。 カマンベール宰相が失脚した時、荘園の裏帳簿が出てきたが、婦人が持ち出したようだ」



「証拠は、あるのか?」



「使用人とかの証言を組み立てると、婦人に行き着いた。 ただ、確たる証拠は無い」



「その婦人は、どうなった?」



「わざと泳がせているが、未だにシモンと会っている。 我々の動きを探っているのだろう」



「公爵は、婦人を離縁しないのか?」



「カマンベール公爵は、婦人を愛している。 彼女からの愛情は無くなったが、離縁はしないと言ってる。 最も、こちらも偽情報を与えて利用してるがな! でも、婦人は48歳だぞ。 26歳のシモンと、考えられるか?」


 フィアスは面白そうに、豪快に笑った。



「心を縛る魔法は、いにしえの魔王にしか使えないわ。 それに、心を縛られたのは、皆、女性なのよね」


 マサンは、少し考え込んでから口を開いた。



「シモンは、男だから …。 つまり、異性に効かせる魔法 …。 もしかして、古代魔道具の『感情の鎖』を使ったのか?」

 

 マサンは、信じられないといった顔をして喋った。



「実は、俺も『感情の鎖』を疑ってる。 いや、それで間違いないだろう」


 フィアスは、マサンの目を見て頷いた。



「ちょっと待って! 『感情の鎖』って言ったけど …。 昔、ガーラが、シモンは『感情の鎖』を使えると言ってたわ。 『感情の鎖』ってなに?」


 2人の会話を聞いて、俺は、魔法の門の中で、初めてガーラと会った時の事を思い出していた。



「イーシャ。 君は、ガーラと面識があるのか?」


 フィアスは、驚いたような顔をして俺を見た。

 マサンは手の平を向け、慌てた様子で俺の口を制した。

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