第44話 ビクトリアの家

 俺とマサン、それと、ベスタフの3人は、光を発する帽子のような魔道具を頭に被り、ダンジョンの暗闇の中を歩いていた。

 そして、かれこれ3日にもなるが、空間移動ポイントを見つけられずにいた。

 俺は、方向感覚が麻痺し、やみくもに歩いている状態だったが、他の2人は把握していると言う。これは、経験を重ねないと、到達できない境地なのだそうだ。


 幸い、強力な魔物にも遭遇せず、緊張感を欠いた状態で歩いていた。

 最初のうちは、どうでも良いような会話をしていたが、時間が経つにつれ無口になっていき、悲壮感のようなものを感じながら、ひたすらに歩くようになっていた。


 そんな中、突然、ベスタフが声をあげた。



「なあ、地下3階に到達したけど、確か、スネークベアの巣の近くに、空間移動ポイントがあったはずだが、分かるか?」


 俺は、ここが地下3階である事すら分からない状態だったから、ベスタフの言葉を聞いて感心した。

 


「私が以前来た時には、地下5階に空間移動ポイントを見つけた。 本当に、この階にあったのか?」


 直ぐに、マサンが意外そうな声を出した。



「そうか、5階か …。 もしかすると、ダンジョンの場合、その時々によって場所が変わるのかな? そうなると、見つけるのが厄介だな」


 ベスタフが答えながら、疲れたような声をあげた。


 しかし、俺は全く分からず、話について行けない。



「なあ、イース。 ベルナ王国にも空間移動ポイントが幾つかあっただろ。 場所を、知ってるか?」


 マサンが、聞いてきた。会話に加われない俺を、気遣ったのかも知れない。



「ゴメン。 俺に言われても …。 でも …。 ああ、そうだ! ムートの敷地内に「魔法の門」と言われる場所があって、その門の中に入ると、今までいた風景が変わり、一本道が現れるんだ。 そして、振り返ると門が消えていて、戻れなくなる。 こんな変な場所があった。 もしかして、これが空間移動ポイントだったのか?」


 俺は、自信がなかったが一応、尋ねてみた。



「それだよ」


 マサンは、即答した。

 でも、俺は半信半疑だったから、付け加えて説明した。



「一応、聞くけど、その空間の中は広かった。 大平原に、知り合いが建てた家があったほどだ。 あっ、建てたと言ったけど、マサンが持ってる魔道具のような物だと思う …。 こんな場所なんだが、それでも移動ポイントなのか?」


 俺は、ビクトリアと逢引した家を思い出しながら説明したが、話しながら切なくなってきた。



「移動ポイント内の亜空間は、魔力で作るんだ。 現実の世界と同じような空間だが …。 その広さは様々で、術者の魔力量に比例するんだ。 その空間を作った奴の魔力量が大きかったのさ。 話を戻すが、一本道の場所が移動ポイントだ」


 マサンが説明すると、ベスタフが、待ちきれない様子で口を挟んできた。



「知り合いの家の話だが、使えそうだ! イース殿、その家にはどうやって行った?」


 ベスタフは興奮したようで、声が大きくなっていた。



「エッ、歩いて行ったけど …」



「違う! そう言う事じゃなくて …。 そこへ行くために、呪文を唱えたんじゃないのか?」



「ああ、その事か。 呪文じゃないんだ …。 家をイメージしながら知り合いの名前を唱えるんだ。 そうすると、そこへ行くための道が現れる。 最初は、凄く驚いたよ」


 思い出すと、今でも不思議な気分になる。



「なあ。 ベスタフは、移動機を持ってるのか?」


 今度はマサンが、口を挟んだ。



「ああ、持ってる。 これでも、俺はギルド長だったからな。 珍しい魔道具がたくさんあるぞ。 このポーチの中は、宝の山さ!」


 そう言うと、ベスタフはポーチから細い格子状の金属を取り出した。



「皆。 手を繋いで」


 ベスタフに言われ、3人は手を繋いだ。



「さあ、イース殿。 知り合いの名前を唱えて!」



「エッ、皆の前でか?」



「早く言えよ。 捨てられた恋人の名前なんだろ」


 マサンが言うと、ベスタフは驚いたような顔をした。

 俺がマサンを睨むと、彼女は優しげに笑った。その笑顔を見ると、怒りが失せてしまい、どうでも良くなってきた。



「分かった。 言うよ」


 深呼吸をした。そして …。



「ビクトリア!」


 俺は、恥ずかしかったが、家をイメージしながら、元恋人の名前を唱えた。

 すると不思議な事が起きた。

 空間移動ポイントの入り口と思われる洞穴が、目の前に出現した。

 いや、3人が、瞬時に入り口に移動したようだ。



「さあ、入るぞ」


 マサンに言われ、洞穴に入ると、1本の道があった。魔法の門の中で見慣れた光景だ。

 そして、ハッとした瞬間 …。もう一本の道が、いきなり出現した。

 かつて、ビクトリアと逢引した家に向かう道だった。



「道が出現したという事は、ビクトリアの家が、昔のままの状態であるという事だ! それに、ビクトリアの名前を唱えた瞬間、イースの魔力がビクトリアに流れたぞ」



「彼女が、俺の事に気づいたのか? 困るよ …」



「心配するな。 捨てられたんだから、おまえを追って来やしないさ。 そんな事より、これからビクトリアの家に行って見ないか? 愛しの元恋人が、住んでるかもよ!」


 マサンは、俺を揶揄った後、大声で笑った。


 2人がふざけていると、ベスタフが申し訳無さそうに口を挟んだ。



「マサン殿、イース殿。 俺はここでお別れします。 ここまで来れば、タント王国まで帰れます」



「ここで別れるのか? 寂しいな」


 マサンが、名残惜しそうに話すと、ベスタフは、ポーチから何やら取り出した。



「この移動機と、身を隠すためのマントを差し上げます。 あなた方は命の恩人です。 本当に助かりました」


 そう言うとベスタフは、マサンに魔道具を手渡した。



「魔法のマントは1枚しかなかったんだ。 とても助かるよ」


 マサンがお礼を言った後、ベスタフと握手を交わして別れた。


 彼は、最初にあった一本道を進んだが、10mほど歩くと、ぼんやりとして来て、やがて姿が見えなくなってしまった。



 ベスタフと別れた後、俺とマサンは、結局、ビクトリアの家に向かった。


 家に向かう道をしばらく歩くと、いつの間にか細い道が2本に別れていた。

 俺は、昔を思い出し右の道に入った。

 また、しばらく歩くと、道が無くなり平原に出た。

 そして、斜め右前方を見ると、小高い丘があり、白い一軒家が見えた。



「あの家なんだ」


 俺は、指を指して懐かしんだ。

 ビクトリアの優しい笑顔が見えた気がして切なかった。


 そして、2人は玄関の前に立った。

 やはり、誰も居ない。


 俺は、鍵となるビクトリアの名前を唱え、ドアを開けた。


 家に入ると、中には調理場とリビング、浴場及び寝室があり、窓から外の景色を眺めると、どんよりと雲が広がっており、どこまでも続く平原が見えた。

 

 昔と、全く変わりなかった。



「なあ、イース。 この家に何か違和感を感じないか?」



「違和感って、なにが?」


 俺は、マサンの言ってる意味が分からなかった。



「強い思念のようなものを感じるんだ。 それに、少し前まで人が居た気配がする」


 マサンの表情が、一瞬、険しくなった。

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