第45話 偽言 1(ビクトリア主観)

 シモンは、ガーラとの面会の後、ベネディクト王に計らい、王命による緊急戦略会議を開催する事とし、その開催案内を、魔法の水晶により直ちに通知した。

 

 会議の目的は、聖兵の必要数を確保するために、徴兵の範囲を拡大する事にあった。

 また、今回の招集には、宰相及び国務大臣、軍参謀の、いつものメンバーに加え、南部最前線に司令官として赴任している、ビクトリア将軍も、3傑の一人として招集した。

 

 ビクトリアの意見は重要であるが、シモンの本音は違った。

 彼女とは、1年近く逢えなかったから、久しぶりに婚約者の美しい顔を見たかったのと、イースが生きている事を知り、彼女の心が揺るがないよう、クサビを打ちたかったのだ。



◇◇◇



 ベルナ王国の、南部最前線での事である。

 ここには、ビクトリア将軍を司令官とした10万の部隊があった。最終的には、徴兵により24万の兵を確保する予定であるが、それが不足する中、取り敢えず、現時点での最大派兵数を、最前線に投入していた。


 この陣営において、幹部の1人であるザナトス将軍が、慌てた様子で指令官専用テントの前に立っていた。階級は同じ将軍であるが、司令官という職責からビクトリアの方が上であった。

 彼は、ムート出身の優秀な騎士であり、ビクトリアが信頼を寄せる部下の1人である。



「ビクトリア司令官、失礼致します」


 声をかけたが返事がない。再度繰り返したが、やはり同じであった。

 困り果てた彼は、意を決し、出入り用の幕に手をかけた。



「失礼します!」


 中に聞こえるような大きな声を発し、幕を少し開いた。

 そっと覗くと、そこには、ビクトリアが瞑想している姿があった。


 ザナトスは、唖然とした。


 オレンジ色に光る三角錐の中に彼女は座っており、床には魔法陣が描かれている。


 神秘的ではあるが、畏怖を覚える。


 騎士であるザナトスには、初めて見る光景で、かなり驚いた。



「失礼いたします」


 彼は部屋に入り、瞑想しているビクトリアの前に立った。



「国都より、王命の通知がありました。 至急、案件です。 3日後に開催される緊急戦略会議に、3傑の1人として、ビクトリア司令官にも出席せよとの事です」


 ザナトスが声を発すると、ビクトリアは、ゆっくりと、その大きな目を開いた。



◇◇◇



 今から6年も前の事になるが、私は、異空間の中に亜空間を魔力により作り、そこに、私とイースの、2人の家を設置した。


 つい先ほど、その2人の家に入ろうとする魔力を感じたため、瞑想により追いかけていたが、ザナトスに中断を強いられてしまった。

 あの魔力は、間違いなくイースのものであった。私は、久しぶりに胸が熱くなった。



 5年前にイースと別れた後、彼との思い出の全てを捨て去ろうとしたが、できなかった。

 結局、2人の家も残し、時々訪れては、彼との思い出に浸っていた。


 このような中、イースが2人の家に向かった事が分かったのだ。私の心は踊った。



 瞑想により、イースの気配を必死に追いかけ、2人の家に入った事が分かると、彼が戻ったのだと思い、有頂天となった。


 今から、逢いに行こうと思った。


 しかし、それは …。 直ぐに打ち消されてしまった。

 彼以外に、女性が居る事を感じたのだ。


 その女性は、相当に魔力が高いようで、私の気配を感じた。油断ならない敵に思えた。


 それに …。

 2人の家に、他の女性を連れ込んだイースに対しても、憤りを覚えた。 

 

 別れたはずなのに、私は、強い嫉妬と怒りに取り憑かれていた。




「司令官!」


 ザナトスの大きな声に、私は、我にかえった。

 そして、ゆっくりと立ち上がった。


 ザナトスは、背たけが2mを超える大男である。そんな彼が、私の事を心配して、見おろしていた。



「ザナトス将軍か …。 王命の件、承知した。 最前線にいる私に出席せよとは、よほど、切羽詰まった事があるのだろう」



「早速、飛行艇を準備する指示を出しました。 風向きを考えると、国都まで1日半で行けるでしょう。 魔石により魔力を注入していますが、時間がかかるため、出立は午後3時頃になります」


 ザナトスは、テキパキと答えた。

 


「話は、分かったが …。 今回は、飛行艇を使わず、我が1人で参る」



「エッ、どのように? 馬車で5ヶ月はかかる距離です」


 ザナトスは、驚いたような声を上げた。



「実は、サイヤ王国から奪取した魔石鉱山の近くに、空間移動ポイントを見つけたのだ。 そこまでは半日ほどかかるが、そのポイントに入れば、国都まで瞬時に行ける。 その方が早いのだ」



「空間移動ポイントとは何ですか?」


 ザナトスは、怪訝な顔をして尋ねた。 



「ムートにある「魔法の門」のようなものだ。 上級魔法使いの中には、空間移動ポイントを利用している者も多い」


 私は、少し偽りを言った。


 移動手段として利用するためには、空間移動ポイントの位置を多数把握する必要があるため、ベルナ王国において利用する者は、私とガーラの2人だけだった。

 但し、ギルドのA級以上の冒険者の中には、空間移動ポイントを利用して移動する者が、少なからずいると聞いた。



「はあ …。 「魔法の門」のことは承知しておりますが、出られなくなるのが怖くて、あまり入った事がないのです。 魔法使いの上級ともなると、恐れずに活用できる …。 瞬時に移動できるとは、便利なものですね」


 ザナトスは、感心したような、羨ましいような、複雑な表情をした。


 そして、話を続けた。



「しかし、それにしても。 お1人という訳には …。 従者として士官を数名つけます」


 ザナトスは、困り果てた顔をした。



「それには及ばん! これでも、ムートのSクラスの出身なんだぞ …。 だから、私一人で十分だ! 本来であれば、司令官の私が、最前線を離れる訳に行かない。 王命とはいえ、好ましくない事態なのだ。 私の居ない間は、残った士官が一丸となって、敵に対応せよ。 だから、これから直ぐに出立する。 これは、上官の命令である!」


 私は、強い意思をもって、ザナトスに伝えた。

 しかし、本当は、2人の家に行くために、単独行動をする必要があったのだ。



「ハッ、承知しました」


 ザナトスは、恭しく敬礼した。



 その後、直ぐに、私は出立した。


 2人の家は定期的に訪れている。だから、難なく、魔石鉱山近くの空間移動ポイントに着いた。


 そして、中に入り、2人の家に向かい、夕方には到着した。


 しかし、イースと連れの女性は既に居なかった。

 多分、魔力の高い女性が、私を警戒して逃げたのであろう。


 私は、誰も居ない椅子に座り、落ち込んでしまった。

 そして、イースがムートを去ってからの事を、しみじみと思い出していた。

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