第43話 狼狽える男

 裁定を下した翌日の朝、ガーラは王宮に出向き、宰相のシモンに面会した。

 そこで、マサンを取り逃した不手際があった事や、その時に多くの犠牲を払った事、その責任によりナーシャの役職を解任した事を伝えた。


 ナーシャの名前を出すと、シモンは、かなり残念そうな顔をした。



「そうか、ナーシャの役職を解いたのか。 少し、ショックだな」


 シモンは、ポツリと呟いた。



「何で、ショックなんだ? もしかして …。 ナーシャは、既婚者だぞ。 あの女にも手を出したのか?」


 ガーラは、汚いものでも見るような顔をした。



「ムートの修習生時代に、私的に世話になった …。 あの頃は、若くて魅力的だったからな。 まあ、ビクトリアと婚約してからは、逢ってなかったが …。 この際だから、亭主に返してやるさ」


 恥ずかしげもなく語るシモンに、ガーラは辟易した。



「呆れた奴だ。 でも …。 あんな無能な女なんて、どうでも良いだろ。 ナーシャのせいで、多くの士官や聖兵を失ったんだぞ! それを残念がるべきじゃないのか?」


 珍しく、ガーラは声を荒げた。

 普段から自分の事にしか興味が無い彼女だが、シモンの態度にさすがに頭に来たようだ。



「ガーラ参謀、そんなに怒るなよ …。 美しい顔が台無しだぞ。 何だったら、今夜一緒にどうだ?」



「お断りだ! お前に抱かれた瞬間、『感情の鎖』で縛られるからな」



「そんな事は無いぞ! 周りの女の中で、俺になびかないのは君だけだ。 もしかして、男には興味が無いのか?」


 シモンは、揶揄うようにガーラを見た。



「うるさい、黙れ! おまえは、我が国の危機を分かっておるのか?」



「ビクトリア将軍が、戦果をあげているじゃないか。 危機なんて表現、大袈裟過ぎないか?」



「では、聞くが、サイヤ王国の50万の兵に24万の聖兵で対抗するというが、これだけの数を、本気で集められると思っているのか?」



「小国といえど、我が国の人口は900万人だ。 徴兵制を敷いているから、可能だろう」



「違う! 24万に対し10万も不足しているんだぞ! どうするつもりだ?」



バンッ



 ガーラは、強く机を叩いた。

 珍しく感情を露わにして怒ったのだ。

 意外と、参謀としての職務を全うしているのかも知れない。



「徴兵制の年齢枠を広げれば良いさ。 そうすれば、簡単に集まる」



「むやみに招集すると、国民の反発を招き、国が瓦解するぞ」



「ベネディクト王から、国の存亡をかけた戦いだと言って、国民に呼びかけてもらうさ」



「言い訳だけは達者だな …」


 ガーラが呆れた顔をすると、シモンは得意げに笑みを浮かべた。



「じゃあ、もうひとつ聞くが …。 集めた民間人を、誰が訓練するんだ? 足手まといの素人を、いくら増やしても意味がないぞ!」



「実務訓練は、士官にやらせれば良い。 ムートを卒業した優秀な士官がいるだろ」



「これまでの戦いで、士官クラスが多数戦死している。 これから徴兵する人数を考えると、教育する士官が足りない」



「そうなのか?」


 シモンは、驚いたような顔をした。



「やっと、分かったか! そんな中で、ナーシャは30名もいた士官の半数を失ったんだ。 事の重大さが分かったか」



「ああ」


 シモンは、軽く頷いた。 



「そもそも、なぜ、ナーシャに30名もの士官を預けたんだ? 多すぎるだろ! 優遇された配置を、シモンが認めたと聞いたぞ!」



「それは、ナーシャから説明を受けて、必要と判断したんだ …。 でも …。 そこまで言うなら、僕にも言わせてもらうぞ! 士官が不足するなら、それを何とかするのが、参謀の仕事だろ!」


 今度は、シモンが声を荒げた。


 宰相の叱責となれば、普通の者は縮み上がる場面だが、ガーラは、涼しい顔をしている。

 得体の知れないところは、昔と変わらない。



「相変わらず、呆れた事を言う。 ところで聞くが …。 サイヤ王国には、剣聖と呼ばれるパウエルがいる。 彼が率いる50万の兵に、魔道士のマサンが味方をしたらどうなる? さらに、魔道士のワムもいるぞ。 2人は、伝説の魔道士ジャームの弟子だ。 こんな、勝ち目の無い戦いに参加する意味は無い。 おまえの態度によっては、私は、参謀を辞任させてもらう」


 ガーラは、怒りに任せ言い放った。



「待て! 僕が、悪かった。 このままでは、我が国の敗北は濃厚だ」


 シモンは、さっきまでの威勢が消え失せ、元気をなくした。

 そして、囁くような声で続けた。



「ところで、マサンに匹敵する弟子を、こちらに懐柔できないものか?」



「おまえはバカか、マサンが手放すと思うか! それに …。 奴を懐柔できない、大きな理由があるんだ!」


 ガーラは、悪戯っぽい笑みを浮かべ、大声で言い放った



「大きな理由って? 奴は、タント王国の人間だろ。 何も接点はないはず …」



「あの弟子は、おまえに恨みを抱いているぞ! 命を狙うほどにな!」


 シモンは、ガーラの話を聞いて耳を疑った。



「変な事を言うな! 何で、知らない奴に、僕が恨まれるんだ?」



「そいつは、イースって名前だ! 聞き覚えがあるだろ。 そう、あのイースだ!」


 ガーラの話を聞き、シモンはかなり驚いたような顔をした。



「今、何て言った? イースって、ビクトリアの恋人だったあのガキか? 奴は、配下の騎士に始末させたぞ。 勘違いじゃないのか?」



「それが、生きてたのさ。 ダンジョンの街での戦いの最中、ムート時代の修習生が、マサンの弟子の顔を目撃し、間違いなくイースだと言った。 恐らくは、タント王国に渡り、マサンと出会ったんだろう。 ビクトリアが知ったらどうなる? 魔法が解けるかもな。 おまえ、面白い顔をしてるぞ。 ハッハッハッハハ」


 ガーラは、愉快そうに大笑いした。

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