第40話 命のやり取り

 ナーシャは、マサンに固辞された時の事を考えて準備し、ありったけの兵を投入していた。

 魔道士ごときのリクルートに失敗したとなると、国家の恥になると考えたのだろう。それとも、上層部からの指示があったのか? 

 とにかく、知り得た者の口を封じようとしている。俺とマサン、ベスタフの3人が対象だった。


 ナーシャは、安全な場所に離れ、激しい憎悪の目で、こちらを睨んでいた。



 部屋になだれ込んだ兵は、素早く隊列を分け、俺とマサンには25名が、ベスタフには12名が来て、それぞれを取り囲んだ。

 抜いた剣先から、オレンジ色の光を発し殺気をみなぎらせている。



「おい! なんで、俺まで取り囲むんだ」


 ベスタフの、悲痛とも取れる叫び声が部屋に響き渡ったと思ったら、次の瞬間、何人もの敵兵から切りつけられていた。

 彼は丸腰だったが、何とか、それをかわした。



 敵を見ると、取り囲んだ連中から結構離れた場所に、10名の兵士が杖をこちらに向けて立っていた。魔法使いの後方支援のようだ。

 そして、その横には、剣を構えた15名の兵士が、こちらを一身に睨んでいる。剣先からは、赤色の光を発していた。騎士の上位者のようだ。

 この、離れた場所にいる10名の魔法使いと15名の騎士は、ムートのAクラスを卒業した士官に間違いない。だとしたら侮れない存在だ。

 そして、ベアスは、15名の騎士の中にいた。



 しかし、こちら側にも変化があった。マサンの態度である。

 彼女は、ポーチの中から剣を取り出すと、ノーモーションで、一人の兵士の首を、いきなり刎ねてしまった。剣の軌道に合わせ、金色の光の残像が目に焼き付く。


 首を刎ねたというのに、そこには、何の躊躇いもなかった。


 取り囲んだ兵士たちは、何が起きたのか分からず混乱していた。俺も、ひたすらに驚き、首の無い兵士の亡骸を茫然と見ていた。



「何をしている! 離れた所にいる連中が来る前に、こいつらを切り伏せろ!」


 マサンが、低く声を発した。

 怒気を孕む、今までに聞いたことが無い恐ろしい声だ。これが本当のマサンなのかと思うと、俺の身はすくんだ。

 


(殺らなければ、殺られる。 これが戦いなんだ)


 俺は、ポーチから長剣を取り出し、上段に構えた。



「おい、早く来い! 餌食になるぞ!」


 ハッとして声のする方を見ると、マサンが、いつの間にか、離れた所に立っていた。



 俺は、直ぐに向かおうとしたが、身体が何かに弾かれて進めない。10名の魔法使いが一斉に杖を向け、それぞれの魔力を合わせ放っていた。

 敵の魔法使いの、集合体による強力な結界術だった。


 周りを見ると、ベスタフと逃げ遅れた敵兵の数名が、結界の中に閉じ込められていた。


 マサンの方を見ると、15名の騎士と剣を交えていたが、とても、こちらに力を振り向ける余裕はなさそうだ。



「まずいな …。 あそこに居る10名の魔法使いのギルドカードは、皆、Sクラスなんだ。 俺達を、結界に閉じ込めて窒息させるつもりだ」


 ベスタフが、諦めたように呟いた。


 俺は、それを聞いて、一瞬、思考が停止したが、命の危険を感じた身体が、無意識のうちに動いた。


 長剣の切先を、敵の魔法使いの一人に定め、魔力をできるだけ細く絞り放ったのだ。



ブーン


 蜂が飛ぶような音と共に、紫色の光が結界に細い孔を開けると、狙った魔法使いの頭を貫いた。



「何が起こった!」


 倒れた者を除く9名の魔法使い達は、訳が分からずパニックに陥った。



「今だ! 結界術が解けた」


 ベスタフに声をかけるのと同時に、俺は、9名の魔法使いを目掛け、素早く走り、跳躍して勢いよく切りつけた。


 一度に、3名の胴体を一刀両断してしまった。


 初めて、剣で人を斬った。


 俺は、一瞬だが呆然と立ち尽くした。また、その時、激しい動きにより、被っていたフードが勢いよくめくれ上がっていた。

 


 魔法使いが殺られた異変を察知し、マサンと戦っていた数名の騎士がこちらに目を向けると、その中の一人が大声をあげた。



「イースなのか?」


 その騎士は、目を見開き、驚きの表情で俺を見た。


 それは、ベアスだった。

 彼は、何かを言いたげだったが、今は、それどころじゃない。



「早く加勢をしろ!」


 マサンの声を聞き、ハッとした。

 そして、我にかえり直ぐに合流すると、敵騎士に容赦のない剣撃を浴びせた。

 しかし、相手は怯まない。隙の無い隊列を作り応戦してきた。


 最初は、相手の鉄壁の守りと攻撃に難儀したが、俺とマサンの攻撃が徐々に効いてきたのか、隊列に綻びが生じ、隙ができてきた。

 そして、その隙をついて数人の敵騎士を切り伏せると、俺達は、この場から離脱した。


 部屋を出ると、これまでのように強い敵はいなかった。俺とマサンは、待ち伏せる兵士を切り捨てながら建物の外に出て、そして、周りに目もくれず、雑踏の中に走り去った。


 ひたすら走った。



「ここまで来れば、一安心だな」

 

 マサンは、周りに注意を払いながら俺に声をかけた。

 しかし、意外なところから返事が返ってくる。



「まったくだ。 酷い目にあった」


 俺の後ろから、声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはベスタフがいた。



「ベスタフ殿も、逃げおうせたようだな。 それで、これからどうするんだ?」


 マサンは、笑みを浮かべながら聞いた。



「あのナーシャって女は、とんだ食わせ者だったよ。 ここに居たら殺される。 だから、故郷のタント王国へ逃げるさ。 ダンジョンの空間移動ポイントから近道をするが、そこまで一緒に行ってもらえないか?」


 ベスタフは、心細そうに頭を下げた。



「ああ。 私らも、空間移動ポイントに行くのさ。 途中までだが同行してやる。 なっ、イース」


 マサンは、俺にウインクした。

 さっきまでの冷たい口調は消え失せ、いつもの、お茶らけたマサンに戻っていた。

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