第41話 心の叫び(ベアス主観)

 万全の布陣を敷いたにも関わらず、3人の抹殺に失敗し、しかも取り逃してしまった。それに、あまりにも多くの犠牲を払った。もはや、軍の体を成してない。

 国都に報告すれば責任を問われるだろう。ナーシャは頭を抱えていたが、誰も彼女を支えようとしない。

 軍支部の命令系統は、崩壊しつつあった。



「おい、ベアスだいじょうぶか?」


 同僚の士官が心配したのか、俺に声をかけてきた。 



「ああ。 少し、考え事をしていたんだ …」


 俺は、受け流すように答えた。



「マサンって言う女の魔導士と、その弟子の事だが、無類の強さだったよな。 多くの聖兵と、同僚の士官を失ってしまった。 それにしても、あの2人の事だが、我が国の3傑に匹敵する強さじゃなかったか? 女の魔導士が強い事は聞いていたが、あの弟子はノーマークだった。 恐ろしい男がいたものだ …。 ところでお前、あの男の名前を叫んでなかったか? まさか、知ってるのか?」



「知り合いと見間違えただけだ …。 あんな奴は知らない!」


 俺は、咄嗟に嘘を吐いた。



 でも、本当は …。

 あいつは、確かにイースだった。背は高くなっていたが、可愛い女のような顔立ちを、見間違うはずがない。


 奴には、山ほど聞きたい事があったが、戦いの最中、それができなかった。



 死闘の興奮が冷めやらぬ中、皆、騒いでいるが、俺だけはしらけていた。


 そして、5年前の、ムートでの事を思い出していた。



◇◇◇



 イースは、15歳の時に、重大な規律違反を犯して、自らムートを去った。


 Bクラスのボスにまでなったのに、愚かにも罪を犯した。よりによって、俺の初恋の女性サーナの心を弄び、孕ませたのだ。

 しかも、重罪になるはずが、なぜか、罪に問われなかった卑怯な奴だった。


 だから、居なくなって当然だと思っていた。



 あの話を聞くまでは …。



 イースが問題を起こした事が原因で、初恋の人サーナも、ムートを去ってしまった。

 かなり落ち込んだが、周りの修習生に助けられ、何とか立ち直った。


 それから必死に鍛え、17歳でAクラスに上がった。即ち、エリートの仲間入りを果たしたのだ。


 そして、20歳の卒業を迎え、軍に配属された。


 配属先は、サイヤ王国との国境付近にある軍司令部で、小隊長として赴任した。

 近くにはパル村があるのだが、戦火を恐れ、住民の半数が国都に避難したため、何もない、寂しい赴任地となっていた。


 パル村と聞いて、ムートで名を馳せたナーゼの事を思い出した。そういえばナーゼの事は、彼女と仲が良かったイースから聞いたのだった。


 ナーゼは、故郷のパル村に近い、この軍司令部に、小隊長として赴任していたはずだった。

 本来であれば、Aクラスのトップなのだから、17歳で卒業し、子爵の爵位を与えられ 、1年の中隊長経験を経て大隊長になるはずだった。それなのに、16歳で小隊長で戦地に送られた。極めて、不遇な境遇を強いられていた。


 あれから7年も経っているから、ナーゼほどの実力なら、当然、大隊長以上になっているはずだ。だから、司令官室に呼ばれ辞令を交付されるときに、ナーゼの顔を探した。

 しかし、彼女の姿は、整列する幹部の並びのどこにもなかった。



 俺は、不思議に思った。

 だから、後で、長く赴任している部下の兵士に聞いた。彼は、ナーゼの事を、とても良く覚えていた。



「ナーゼ小隊長は、美しく非常に優秀な方で、剣術も強く、しかも魔法も高次元に使えました。 部下に優しかったから、下からの信頼は厚かったです。 でも …。 普通、こんなに優秀で強い人はいないから、上司の嫉妬が酷かったんです。 それでも …。 あまりにも強い人だったから、恐れたんでしょう。 司令官でさえ、面と向かって言えませんでした。 それが、赴任して2年を過ぎた頃、前線へ行ったまま帰らぬ人となりました。 小隊まるごと、サイヤ国軍に全滅させられたんです」



「そうか、戦死したのか …」


 俺は、部下の話を聞き愕然とした。あのナーゼが負けるなんて、想像できなかったのだ。



 ナーゼが死んだと聞いて、彼女の故郷のパル村の親族を訪ねた。しかし、親族は国都へ転居していると言われ、結局、会う事ができなかった。

 ナーゼの事を思うと、敵国であるサイヤ王国への強い怒りを覚えた。



 その数日後、不思議な事が起こった。ナーゼの事を調べたのが問題となったのだ。


 俺は、司令官に呼ばれ、突然、異動を命じられた。だから、ここでの赴任は、わずか1ヶ月で終わってしまった。



 次の異動先は、なんと、ダンジョンの街だった。

 ここの治安を守るため、ギルドに雇われる冒険者として派遣されたのだ。

 しかし、実態は、ベルナ王国の軍支部だった。


 ここには、70名の聖兵がおり、それを指揮する士官が30名いた。

 皆、冒険者としてギルドカードを所持していた。俺は、Sランクカードだったが、士官であってもAランクカードの者もいた。


 俺は、冒険者の格好をしていたが、実際には軍支部の小隊長として、治安維持にあたっていた。


 ここの司令官は、ナーシャだった。彼女は、ムートの統括者でもあるため、司令官と呼ばず、統括と呼んでいた。

 彼女は、たまに国都に帰るため、不在の時もある。だからと言って困ることは無かった。治安維持の仕事は、30名の士官が勝手に進めていたからだ。

 

 ギルド長のベスタフは、度々、ナーシャ統括と俺達30名の士官を接待した。

 統括に至っては、ギルドから多額の賄賂を貰っていたようだ。いわゆる、ズブズブの関係だった。



 そんな、ある日、接待の宴席での事、気になる話を聞いた。



 ナーシャは、かなり酔っており、いつものように、お気に入りの士官を呼びつけた。

 俺は、たまたま、近くの席に座っていたため、会話が聞こえてきた。


 ナーシャは、士官の耳たぶを触りながら、囁くように話しかけている。



「それにしても、シモン宰相は、抜け目のないお方なんだぞ。 カマンベール宰相を追い落としただけでなく、あの美貌の婚約者をものにしたのも、実は、彼の策略によるものだったんだ。 あの婚約者のせいで、シモン様と久しく会えてない …」


 ナーシャは、悔しそうに士官の肩を叩いた。



「ナーシャ様も負けないくらい、お美しいです!」



「そなたも、シモン宰相のように口がうまいの」



「さっきの話ですが、婚約者って、ビクトリア将軍ですよね。 昔から、恋仲だったんでしょ」



「それが違うのさ。 かなり前の話だが …。 当時、ビクトリアには恋人がおってな …。 参謀だったシモンは、その恋人に濡れ衣をきせて国に居られないように仕向けたんだ。 そして、傷心した彼女の心に付け入ったのさ」



「えっ、どう言う事ですか?」



「サーナと言う、シモンに熱を上げている子爵の娘がおってな …。 おっと、それ以上は言えぬぞ!」



「エッ、そんな。 気になります …」



「二人きりになったら、続きを話すやも知れんぞ」


 2人は席を立ちあがると、どこかに行ってしまった。


 途中までの会話ではあったが、内容を聞いて血の気が引いた。


 あの時、イースは、シモンに仕組まれた事だと言って、必死に無実を訴えていた。

 なのに俺は …。サーナが書いた手紙を見て、彼女が被害者だと信じてしまった。


 イースの悲痛な声が、俺の心に突き刺さった。



◇◇◇



(あの弟子の男は、間違いなくイースだった。 何とか、もう一度話がしたい)


 俺は、声に出せず、心の中で叫んだ。

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