第39話 3傑の悪評

 ナーシャは、普段から人前で話す事が多く、弁が立つため、誰であろうと説得できる自信があった。マサンの反応は薄かったが、そんな事は気にしない。雄弁に話す自分に、マサンが引き込まれているものだと思い込んだ。


 そもそも、ベルナ王国が将軍として迎える名誉な話を断る理由は、どこにも無い。しかも、伯爵の身分まで与えられるのだ。勿体ぶった態度を取ってはいるが、それはポーズであり、本音では、話に飛びついて来るものと確信していた。


 その上で、ナーシャは、最後の締めくくりの言葉を伝えた。



「マサン殿は、これから出立するとの事であるが、ちょうど良いタイミングであった。 これは、神が導いてくれたと思うぞ。 直ぐに、我らが用意した飛行艇に乗って、ベルナ王国に向かおう。 魔石を動力とする最新の飛行艇だから、国都まで2日で行けるぞ! 新たな英雄の到来に、国を上げて歓迎させていただく。 弟子も来て構わない。 マサン殿は伯爵となるのだから、養えば良いだけの事」


 ナーシャは、これまでに無い笑顔で話すと、マサンも初めて笑顔で返した。

 2人の姿は、側から見れば不気味にしか見えない。



「私から、聞きたい事がある」


 マサンは、笑顔のまま質問した。少し不気味だ。



「何なりと申せ」


 ナーシャも、上から目線ではあるが笑顔だった。



「ナーシャ殿が言うように、3傑の名声は、遠く離れた国にも及んでいる。 そこで聞くが …。 シモン宰相の事だが、無類の女好きで、権力や魔法の力により、他人の女を寝取る性癖があると聞いた。 また、ガーラ参謀とビクトリア将軍の2人の美女を前に我慢できず、手をつけたとの話だ。 3傑は身体で結ばれた、汚らわしい関係なのか? ビクトリア将軍に至っては、付き合っていた恋人を捨て、シモン宰相になびいたと聞いたが、そんな、ふしだらな女なのか? 私も女性の身であるから心配なのだ。 3傑たちは、ハッキリ言って気持ち悪い!」


 マサンは、俺の復讐の事を考えて探ろうとしたのか、とんでもない質問をした。

 これに、ナーシャは戸惑った様子だが、ベスタフは驚きのあまり、マサンを何度もチラ見していた。



「そんな事が気になるとは …。 マサン殿は、美しい容姿に負けない乙女の心をお持ちのようだ。 それでは、真実をお答えしよう。 英雄、色を好むと言うが、根も葉もない噂だ。 シモン様は、現在26歳だが、数年前に宰相にまでなられたお方だ。 魔法使いとしての実力もさることながら、我が国の頭脳とも言える優秀なお方だ。 おまけに、背も高く見目麗しい。 多くの女性から憧れ慕われておるが、それだけに批判めいた事を言う男がいるのだ。 男の嫉妬は見苦しいと言うが、そんなデマがあるとは嘆かわしい限りだ。 ガーラ参謀は23歳、ビクトリア将軍は21歳になるが、シモン宰相と同様に、嫉妬めいた変な噂が立つのだろう。 噂と言うものは、歪曲されるものと思った方が良い。 ビクトリア将軍の件だが、彼女は絶世の美女だ。 すでにシモン宰相と婚約をしており、とてもお似合いのカップルなのだ。 過去に恋人を捨てたという話は、嫉妬した連中がデマを流したのであろう。 笑い飛ばす程度の話よ」


 ナーシャは、反論めいた話をツラツラと述べた。

 それをマサンは、相手の目の奥を覗くかのように、瞬きもせずに聞いていた。この行動に、俺は、何か違和感のようなものを感じた。べスタフも同様に思ったのか、彼も不思議そうに見ていた。

 しかし、覗かれているナーシャは、全く気付かない様子だった。



「マサン殿。 繰り返し言うが、世間という …」


 ナーシャが、何か言おうとしたが、それをマサンが遮り、嫌悪感を隠そうともせずに言い放った。



「もう結構だ! ベルナ王国からの誘いは断る。 3傑に私が加わるなぞ、ありえない。 正直に申して、気持ち悪いのだ。 これにて失礼する」 

 

 マサンの予想外の言動に、ナーシャは唖然として固まったが、直ぐに我に返ると、帰ろうとする彼女を必死に引き留めた。



「短慮は良くない。 3傑への誤解が判断を誤らせているようだ。 今日、一日、十分に考えてはいかがだろうか? 滞在にかかる費用は、全てこちらで負担させていただく。 マサン殿を我が国に招く件は、ベネディクト王が強く望んでいる事なのだ。 こんなチャンスは二度とないぞ。 良く考えてほしい」 


 ナーシャは、マサンを縋るような目で見た。その必死さを見ると、これまでのプライドは、どこかに消し飛んでしまったようだ。 



「正直に申すと、断る理由は3傑の事だけではない。 こちらの問いかけに、平然と偽りを述べるナーシャ殿にも辟易としている。 心眼により、嘘を見抜いている事に気づかないとは …」


 そう言うと、マサンは立ち上がり、俺の手を引いて部屋を出ようとした。



「ベルナ王国の誘いを断って、このまま帰れると思うてか! この建物は、冒険者としてギルドへ送った聖兵100名が包囲している。 その中には、ムートのAクラスを卒業した騎士と魔法使いが30名も含まれているのだ。 いかにマサンといえど、勝ち目は無いぞ!」

  

 ナーシャは、不敵な笑みを浮かべた。



「どういう事だ? 治安部隊としてギルドに配置した、ベルナ王国の冒険者を使ったのか? それは、目的外の行動だ。 契約違反だ!」

 

 ギルド長のベスタフが、ナーシャを見て声を荒げた。



「寝ぼけた事を言うな! これだけ、我が国の冒険者を多く引き入れておいて、乗っ取られる事を考えなかったのか? ダンジョンの街が治外法権などと言うのは過去の話よ。 今では、ベルナ王国が実効支配している。 者ども、かかれ!」


 ナーシャの号令と共に、武器を携えた屈強な男達が、多数なだれ込んできた。

 

 俺は、その中の1人に見覚えがあった。大人になっていても見間違うはずがない。忘れる事などできない …。

 その男は、俺を見捨てた親友のベアスだった。

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