第33話 魔道具とダンジョン

 マサンは、何かを考え込むように押し黙った。そして、気まずそうに俺を見た後、魔術の理論について尋ねてきた。

 しかし、正直に言って、俺にはさっぱり分からなかった。そんな戸惑っている姿を見て、彼女は、机の上に置いてあるポーチを拾い、その中に手を入れた。



「これだ、あった!」


 マサンは大きな声で叫ぶと、ポーチの中から取り出した本を、俺に差し出した。



「エッ、なに、この分厚い本? それに字がビッシリだ。 かなり古い本だな」


 革製の表装には白い粉のような物が付いており、少しカビ臭かった。



「それは、古い魔導書だよ。 普通一般には手に入らない貴重な書物だ。 イースにあげるから、読んでみな! 様々な魔法の事が書かれてあるぞ」


 そう言うと、マサンは俺の肩をパチンと叩いた。



「エッ、俺が貰って良いのか? マサンは読まなくて良いのか?」



「全て頭に入ってるし、そこに書いてある魔法はマスターした。 恐れ入っただろ!」


 マサンは、大きくない胸を張った。



「ありがとう。 頑張って読むよ。 でも、かなり分厚くて重いな …。 持ち歩くのに難儀するぞ」


 俺は本を手に取って、上下に動かして見せた。



「漬物石になるような本を、持ち歩く必要はないさ」



「えっ、マサンのポーチに入れてくれるのか?」



「いや、別のポーチをあげる。 この中に、魔導書以外に師匠から貰った長剣も入れるんだよ! 手ぶらになって、スッキリするだろ」


 マサンは、自分の物とは色違いのポーチを、俺に渡した。



「マサンが持ってるポーチと同じような物なのか?」


 

「ああ。 魔法のポーチの予備だ。 それは、使う者の魔力量に応じて、入る容量が変わるんだ。 例えば、私の魔力量なら …。 な~んと、この家が入っちゃうのさ。 なあ、早速、魔導書と長剣を、そのポーチに入れてみな! その程度なら、入るだろ」



「ああ」


 マサンに言われポーチの口を開いたが、どう考えても大きすぎて入らない。入る訳がないのだ。

 俺の困った顔を見て、マサンは愉快そうに笑った。



「まず、ポーチの口に、入れたい物を近づけるんだ。 そして、袋に魔力を注入しながら収納するイメージを思い描いてみな」



シュッ


「あっ、入った …」


 風切り音がしたかと思った瞬間、剣と魔導書がポーチに吸い込まれた。俺は、心底驚いた。



「今度は、出してみな」



「ああ」


 ポーチに手を突っ込んだが、何も無かった。魔導書と剣はどこに行ったのだろう?



「中には、何も無いんだが?」


 マサンは俺の困ったような顔を見ると、また、愉快そうに笑った。



「入れる時とは逆だ。 ポーチの中にある物を感じ取り、出したい物をイメージしてみな! コツは、頭の中で、具体的な形をイメージすると良い」


 マサンに言われたように、具体的な形をイメージしてみた。すると、剣と魔導書が、俺の手元に出現した。



「すげえ…。 これは、いったい?」


 俺が不思議そうな顔をすると、マサンが、また愉快に笑った。



「そのポーチはな …。 魔空間に、倉庫を作って、そこへの出し入れを行う、とても便利な魔道具なんだ。 但し、注意点もある。 ポーチを無くすと魔空間の倉庫の位置が分からなくなるから、それを探さなくちゃならない。 だから、無くさないように気をつけるんだぞ!」



「そうなのか …。 分かった」


 俺の驚いた顔が可笑しかったのか、マサンは、また、愉快に笑った。



「なあ、イース。 魔空間の理論は、さっき渡した魔導書に書いてある。 だから、よく読んで理解するんだぞ!」



「分かったよ。 ところで、この魔道具は何処で手に入れたんだ?」



「魔力を練りながら、私が作ったのさ」



「えっ、自分でか? 魔道具は、自分で作る物なのか?」



「いや、店で購入する者もいる。 未開の地の最奥にあるダンジョン周辺に、街がある事は知ってるよな?」



「未開の地って、魔物が多く居る場所だよな。 そこにダンジョンや街があるのか? 俺は、知らなかった」


 俺が正直に話すと、マサンは少し呆れた顔をした。



「そうか、知らなかったか。 その街の中に、魔道具を扱う店があるんだ。 ダンジョンには、腕に覚えのある剣士や魔法使いが秘宝を求めて探索するんだが、その影響から、多くの人が集うようになった。 それで、街ができたんだ。 未開の地にあるから、国の影響を受けない治外法権の街なんだ。 だから、様々な人がいる。 ギルドもあり、そこに雇われる冒険者もいるんだ」



「そんな街があるのか。 外の世界は広いんだな …」


 俺は、自分の知らない世界がある事に驚いた。そして、ダンジョンの街を見てみたいと思った。



「ダンジョンは深い地下構造で、下層に行くほど価値のある秘宝が多くあるんだ。 いにしえの先人が作った魔道具や神が人に与えたと言われる伝説の魔道具なんかもある。 ちなみにイースの長剣は、師匠がダンジョンで見つけた秘宝なんだぞ!」



「そうなのか …。 どんな力があるんだ?」



「それは、イースが自分で見つけるしかない。 もっと修行する必要があるな! ダンジョンには人智を超えた強力な魔物がいる。 まさに修行の場になるぞ!」



「そこで、修行がしたい」


 思わず口から出た。



「分かった。 だけど、ダンジョンは危険なところだ。 地下へ行くほど強力な魔物が出るから、制覇した者はいない。 また、最下層には、決して近づいてはならない。 そこには、いにしえの魔王の住む居城に通じる道があると言われている。 魔王の前では、人は無力だ」


 マサンは、何か思い出したのか、少し声が震えていた。



「なあ、マサン。 俺は師匠から剣術と魔術を教わったが、まだ中途半端

だ。 マサンの教えがほしいんだ!」



「分かってる。 最初から、ダンジョンに行くつもりだったさ」



「エッ、ベルナ王国に潜入するんじゃなかったか?」



「実は、ダンジョン内の特定の場所には、空間移動できるポイントがいくつもあるんだ。 そこから一気に空間移動すれば、厳しい警備を搔い潜ってべルナ王国に潜入できるから、一石二鳥なのさ」


 マサンは得意げに、大きくない胸を張った。

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