第34話 未開の地へ

 小鳥のさえずりが聞こえ、窓から朝日が眩しく差し込んでいる。そんな中、俺は心地よい眠りに支配されていた。



「イース、起きな!」


 マサンに叩き起こされて、心地よい眠りを奪われてしまった。そして、いきなり外に出された。

 俺は寝ぼけてボーッとしていたが、しばらくして、突然、大きな風切り音と共に、家1棟が、マサンのポーチの中に吸い込まれるのを見た。

 あまりの事に、眠気が吹っ飛んだ。



「マサン! 朝から、どうしたんだ?」


 

「サイモン伯爵の追っ手が近づいている。 直ぐに、出かけるぞ!」



「エッ、そうなのか? でも、着るものが …」


 家と一緒に、俺の服は、マサンのポーチの中に収納されてしまった。



「代わりに、これをやる。 それから、ポーチは肌身離さずに持っておけよ」


 マサンから、魔道士が着るフード付きの衣装一式と、俺のポーチを渡された。



「私とお揃いで嬉しいだろ。 在庫が沢山あるんだ。 チームの衣装にするぞ!」


 そう言うと、マサンはニヤっとした。服は少し小さかったが、我慢して着た。



「これから、このまま西へ向かい国境を目指す。 良いな、イース!」



「エッ、このままって …。 かなり深い森だが、その中を進むのか? 方向が分からなくなって遭難するぞ」



「おまえはバカか、迷う訳ないだろ! 我々は魔道士なんだぞ」


 そう言うと、マサンは魔杖を取り出し、地面に円を描いた。俺は、何をしているのか不思議に思いながら見ていた。



「この中に入れ!」


 マサンは、面倒くさそうに手招きをした。

 俺は、何事かと思いながらも、円の中に入り、マサンの横に並んだ。



「イースよ。 準備は良いか?」


 そう言った後、マサンは何か呪文のような言葉を唱えた」



「エッ?」


 次の瞬間、周りの景色が何処かにすっ飛んで行った。

 ハッと我に帰ると、森を抜けて2人は草原に居た。しかも不思議な事に、マサンの書いた円も移動後の地面に書かれていた。



「ここは、いったい何処なんだ?」



「さっき居た場所から、50キロ程度西に行った所だよ。 これを3回繰り返せば、国境を抜けて未開の地に出るぞ。 この魔法は、案外魔力消費が大きいから、次は、イースがかける番だよ」


「エッ …。 俺は、そんな魔法はかけた事がない …」


 師匠のジャームから習ったのは、攻撃と防御に特化した魔法のみであった。だから、それ以外の魔法については、無知としか言いようがなかった。



「そうなのか? 移動魔法は、必須と言える魔法なのだが。 それなら、イースは何ができるんだ?」



「相手と戦う事に関しては自信がある。 でも、此処には敵が居ないし。 役に立てなくて済まない」


 俺は、正直に謝った。魔道具の事と言い、まだまだ知らないことがある。



「移動魔法は攻撃魔法と通じるところがある。 敵の間合いに入るとき瞬間移動するだろ。 その方向を変えて、自らを遠くへ飛ばすんだ。 この魔法の欠点は、他の魔法を扱える者から感知されやすい。 つまり、カモにされやすいと言う事だ。 魔導書に書いてあるから、読んでおけ。 明日は、イースにも頼むからな」



「分かったよ」


 その後、移動魔法を11回繰り返し、最初と合わせ600キロほど西に移動したことになる。すでに、国の影響が及ばない未開の地に、深く入っていた。


 2人は、巨岩が多く点在する荒野に居た。



「早速、イースの出番だぞ。 あいつを始末しろ。 今晩の夕食がやってきた。 爬虫類は、案外美味いぞ!」


 前方を見ると、全長が10mはあろうかと思う、ワニのような魔獣が待ち構えていた。マサンは、よだれを垂らしながら見ていた。


 俺は長剣を構え、魔獣の前に立ちはだかった。魔獣は巨体と思えない速さで、地を滑るように来ると、いきなり尻尾を俺に向けて振った。



ビュン


 実践は初めてだったので少し焦ったが、何とか避ける事ができた。普通の人間がまともに受けたら即死するレベルだ。


 俺は、剣から魔力を放ち、自分にシールドを掛けた。



「呆れた、やっと防御かよ。 あの魔獣はキングカイマンだ。 奴の皮膚はめっぽう硬いぞ!」


 マサンの揶揄うような声が聞こえたが、気にせずに剣を下段に構えた。魔獣は低い位置から攻撃してくると思ったからだ。

 俺は、負けないように集中した。


 

◇◇◇



 その頃、サイモン伯爵の執務室に憲兵隊長のアトムが入室していた。



「昨夜から徹夜での捜索、ご苦労であった。 でっ、どうなった?」



「伯爵、申し訳ありません。 マサン様に逃げられました。 敷地の西側にある森に居たことまでは突き止めたのですが、すでに逃げられた後でした。 同行した魔導士の話では、移動魔法を使い西へ行ったとの事です。 恐らくは、未開の地にあるダンジョンの街に向かっているものと思われます」



「まだ国境を出ていないだろ。 我々も、移動魔法を使って直ぐに追うんだ!」



「いえ …。 マサン様の魔力なら、既に国境を越えて未開の地に到達したと思われます。 移動魔法というのは、普通の魔導士で一回の移動は2キロ程度で、一日に3回かけるのが関の山です。 しかし、マサン様のレベルになると、一回の移動は50キロ程度で、しかも、1日に15回はかける事が可能かと …。 経過した時間を考えると、恐らくは数百キロは移動しているでしょう」



「うーむ、そうなのか …。 仕方あるまい。 国都の官僚には、未開の地にあるダンジョンの街に向かったようだと報告しておく。 下がってよい」


 サイモン伯爵は、気落ちした様子で、アトムを見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る