第4話 弱者の立ち回り

 カザフ達の言葉は、俺の自尊心を深く傷つけた。

 もうどうにでもなれと投げやりになったその時である。

 俺の事を自慢する妹や、期待してくれた両親や村人の顔が脳裏に浮かんだ。すると、勇気が湧いて来た。


 俺は、いきなり立ち上がると、カザフに向かって、力いっぱい体当たりをした。


 彼は尻もちをついたが、直ぐに起き上がると、見たこともない動きで近づいて来て俺の脇腹を殴った。


 俺は息ができず、また、崩れ落ちてしまった。



「おい、良い気になるな!」


 カザフは、俺の背中を蹴った。



「カザフ、そろそろ夕食に行かないと無くなるぞ」



「そうだな。 おいっ、また鍛えてやるからな!」


 彼らは、笑いながら食堂へと消えて行った。


 意気消沈し起き上がる事もできずにいると、誰かが近づいてきた。



「イース、大丈夫か?」


 見上げると、そこにはベアスがいた。



「何で、今頃だよ。 それに、何で、俺を置いて先に行ったんだ」


 俺は、悔し涙を必死に堪え、ベアスを睨んだ。



「置いて行ったと言うが、ついてこれない方が悪いんだ。 ここは弱肉強食の世界なんだ。 教官だって味方じゃない。 俺も7歳でムートに来て、沢山のイジメにあってる。 殺るか殺られるかだ。 さっき、おまえをイジメたカザフだが、背が低いがあれでも13歳だ。 あいつは、さして強くない。 だけど、同じ歳の連中と徒党を組んでるから厄介なんだ。 ある程度の実力がつくまでは、目立たず騒がずに徹するのが一番なんだ」


 ベアスは、情けなさそうな顔をした。言ってて辛そうだ。



「カザフが徒党を組んでるって言うなら、ベアスは俺と組まないか?」


 俺は、目を輝かせて話したが、ベアスは露骨に嫌な顔をした。



「俺より弱いイースじゃ、組むメリットが無いだろ。 だから無理だ。 それより、早く夕食を食べに行きな。 料理が無くなっちまうぞ」


 自分の事ばかり言うベアスだが、多少は心配しているようだ。

 


「ベアスは食べたのか?」



「ああ、俺はいつも高等クラスの修習生がいる時に紛れ込んで食べてる。 初等クラスの連中といると因縁を付けられかねない。 要領良くやらないとな」


 ベアスの話を聞いて、ここは地獄だと思った。

 俺の住んでる村では、イジメとか争いが無かったからだ。



「俺と組めないなら、ここで生きるコツを教えてくれ。 なあ、頼むよ」


 俺はベアスに、手を合わせて懇願した。



「分かった。 皆がいる前では無視するが、食堂か浴場に2人でいる時に教えてやる。 俺は、これから浴場に行くがどうする?」



「俺も行く」



「そうか、分かった。 但し、浴場に入るまでは、一定の距離を置いて関係ないフリをしろ」


 ベアスは、用心深い弱者のようだ。

 臆病者同士、親近感が芽生えた。

 

 俺は、一定の距離を置いてベアスについて行った。



◇◇◇



 ムートの施設は、どこも大きい。

 浴場もご多分に漏れず大きいのだが、大人の体格をした高等クラスの修習生でごった返していた。とても俺たちが湯船に浸かる余地はない。



「イース、早く来い」


 ベアスが手招きすると、彼は湯船の角の方にスルッと潜り込んだ。

 そして、頭だけちょこんと出した。

 一見すると、大人が入っているように見える。まるで、違和感がない。


 ベアスは早く来いと、再び手招きをした。

 俺は、周囲に誰もいない事を確認し、ベアスの真似をしてスルッと入り、頭だけ出した。



「イース、うまいじゃないか?」


 ここまでする必要があるのか疑問だが、ベアスから真顔で言われ、少し可笑しくなった。



「浴場では、暖まったらサッと上がるんだ。 あまり長くいると、見つかって殴られる時がある」



「えっ、大人が子どもを殴るのか?」



「ああ。 虫のいどころが悪い連中がいるからな。 最も、あの連中に本気で殴られたら、陽気を使えないと死ぬぞ。 だから、イースは特に気をつけな」


 ベアスの話を聞いて、宮殿で魔法使いの教官が、陽気の事を言ったのを思い出した。



「なあ、陽気ってなんだ?」



「体の中を巡る、不思議な力とでも言おうか …。 達人と呼ばれる騎士は剣ではなく陽気の力で切るんだ。 凄い人だと神殿の石柱も切断するんだぞ!」



「本当なのか? 俺も、早く陽気を身につけたい。 どうすれば良い?」



「まずは、体を鍛えて筋肉を付ける事だ。 教官が良いと判断したら、魔法使いが解放魔法をかけてくれる。 そこで発現したら、修練で大きく育てるんだ。 俺の陽気はまだ小さいが、それでも、おまえを倒したカザフに負けない」


 そう言うと、ベアスは立ち上がった。確かに、彼の身体は筋骨隆々で少年のものでは無かった。

 俺は、それを見て、ひ弱な自分が恥ずかしくなってしまった。



「何をボサボサしてる。 上がるぞ!」


 ベアスは、言葉を投げ捨てて、サッサと上がってしまった。




 次に、俺とベアスは、目立たないように、誰もいない修練場に入った。


 暗がりで顔も見えないが、ここで、さっきの続きを話す事にした。



「なあ、イース。 おまえは就寝場に行かない方が良いと思う。 多分、カザフ達のイジメで寝かせてもらえないぞ。 それに、食堂に行っても、料理は全て無くなってるはずだ」



「えっ …。 夕食抜きで、ここで寝るって事か?」


 ムートに来る道中、2〜3日食べない事や野宿した事もあったから、正直に言って、そんなに苦ではなかった。



「これも、ここで生きるコツだ。 明日、ここで修練するから、遅刻する事もないし丁度いいんじゃないか?」


 ベアスは、無責任に笑った。



「分かった。 君が言うなら、そうする」



「おまえ、…。 素直だな」


 ベアスの口調が、少し柔らかくなった。

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