第3話 除け者

 嘲笑が聞こえる中、俺はやっとの思いで立ち上がった。

 整列した子ども達の顔ぶれを見ると、俺より小さい子もいれば、大きい子もいる。女子は2割くらいで男子が多い。


 右側の列の中程に、ベアスを見つけ目で合図したが、彼はわざと違う方向を見た。どうやら、俺と目を合わせたくないようだ。



「イースといいます。 国境の村から来ました。 10歳です。 今日から騎士の修練の仲間に加わります。 よろしくお願いします」


 何とか、挨拶ができた。



「もっと大きな声を出せんのか? まあ良い、これで鼻を拭いて左端の最後列に着け!」


 渡された布切れを顔に当てると、血がベットリと付いた。

 緊張し過ぎて、鼻血が出ている事にさえ気が付かなかった。


 すごすごと列に加わると、男子も女子も、クスクスと笑っている。

 惨めで、恥ずかしくなった。



「再開だ! はじめ!」



「セヤー、セヤー、セヤー」


 教官の号令のもと、皆は再び剣を突き始めた。だが、俺にはその剣もない。


 何をしたら良いか分からず、剣も持たずに、只々、皆の動作を真似た。

 教官から指示がなかったから、それしかできなかった。


 剣も持たずに、しかも皆と違う衣装で、さぞかし間抜けに見えただろう。

 村から期待されて送り出されただけに、自分の不甲斐なさに涙が溢れた。



 この動作は、延々と2時間も続いた。

 やっと終わり、教官から解散の指示があった頃には、辺りが薄暗くなっていた。


 大勢いた子ども達は、蜘蛛の子を散らすように、どこかへ行ってしまった。

 ベアスを探したが、すでにいない。



「イース、私と来い!」


 教官の1人が俺に声をかけてきた。俺は、そのまま後をついて行く。


 長い廊下をいくつも曲がると、小さな部屋があった。教官と俺は、そこに入った。



「初日から遅刻とは、気が緩んでいるのか?」



「ここへ来るまでに迷ってしまい、時間が掛かりました」



「もしかして、建物の外に出たのか?」



「はい。 外に出て、変な門に入ったら、出られなくなりました。 そこで、知らない女の子に助けられました」



「これからは、建物の中間出口から、絶対に外に出ちゃいかん。 おまえが迷ったのは、魔法教官や上位の魔法修習生が使う門だ。 その少女は、魔法修習生だろうが、見つけてもらったのは運が良かったぞ。 でなきゃ死んでた。 まあ、年間、2〜3人は出られなくなって消えている」


 教官の話は、ビクトリアという少女の言った事と同じだった。

 本当に、運が良かったのだ。



「教官は、入った事あるんですか?」



「ある。 中に入ると道があったろ」



「はい。 どこまでも続く細い道が一本ありました」



「先に進むと道が増えていくんだ。 私は5本まで行ったが、それ以上行くと、この私でも出られん。 あれは、魔法使い以外入ってはならんのだ。 だから、我々騎士は、惑わされないように眼力を鍛える必要がある」


 教官は、諭すように語った。


 俺を放り投げた教官と違い、この人は優しそうだ。少し安心した。



 その後、ムート騎士修練場の説明を受けた。

 俺が入るのは、初等クラスで7歳〜17歳までがいる。

 50名程度のクラスが5つあり、俺は実力が最下位のEクラスに配置された。年齢に関係なく、強くなれば最高のAクラスまで上がれる。

 さらに上に、天才や神童を対象としたSクラスがあるが、今は、該当者がいないとの事であった。


 15歳になった時点でCクラス以下の場合は、高等クラスに進めず、雑兵として軍隊に入れられる。

 つまり、騎士になれない。


 俺を助けてくれた少女を思い出し、魔法使い養成所の事も尋ねたが、仕組みは騎士養成所と同じだと言われた。

 また、素質を見誤った場合、中途で魔法使い養成所に移る者もいるそうで、また、その逆もあるとの事だった。



「これから、服と剣を貸与する。 それに、食堂と浴場、就寝場を案内するが、一度で覚えるように! 建物は大きく複雑な作りだから、特に田舎から来た修習生は迷うようだ。 ここは厳しい修練場だ。 修習生が消えても探す者はいない。 また、修習生の中で争いがあっても仲裁はしない。 だから、負けないように、早く強くなりなさい。 それと、唯一禁止されている事がある。 おまえは、まだ子どもだから心配ないが、女子を妊娠させた場合、相思相愛であっても男が罪に問われ重罪となる。 覚えておきなさい」



「はい」


 返事はしたが、教官の話を聞いて不安で堪らなくなった。

 また、最後の妊娠の話だが、どうしたら子どもができるのか分からず、ピンと来なかった。



 その後、各部屋に案内され、自分の持ち物を就寝場においた。



「おい! 新入りの癖に、そこに道具を置いちゃダメだろ! 一番端の隅に置きな!」


 背後から、声がした。


 振り向くと、俺より少し背が低い、目つきの悪い少年が立っていた。



「すみません、初めてで分からなくて …」


 謝って荷物を移動しようとした、その時である。



「おまえが、教官に放り投げられた時は傑作だったよな! おまけに、鼻血まで出してよ! 運動神経が鈍そうだが、そんなんで騎士になれるのか?」


 少年は、悪意タップリの目で俺を睨みつけた。



「これから、頑張ります。 よろしくお願いします」



「誰が、よろしくするかよ!」


 次の瞬間、相手は手のひらを俺の肩に当てた。俺は、不思議な力で押され尻もちをついた。



「足腰が弱え〜な! よろしくって言うんなら、これから鍛えてやろう! そうだ、そこで屈伸を千回やりな!」



「何で、そんなこと …」



「つべこべ言わずにやれ!」


 今度は、不思議な力で背中を押された。

 すると、息ができなくなりしゃがみ込んでしまった。



「早く、やれ!」


 逆らっても勝てそうにない。理不尽だが、従うしかなかった。



「おい、カザフ。 何してんだ?」


 他の仲間が集まってきたようだ。俺を見て、薄ら笑いを浮かべている。

 


(とても敵わない)


 俺は、震えながら屈伸を始めた。



「何回やったか分かるように、声を出して最初からやれ!」


 カザフが、命令した。



「1回、2回、3回 … 53回、54回、55回 …」



「体が細くて、見るからに弱々しいな!」



「顔も女見てえだな。 もし女なら、俺の好みだ」



「ひん剥いて、確認するか?」



「なんか、興奮してきた」



「ワハハハ」



 連中は面白がって、俺をバカにした。

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