第14話 孤独の思考
「マー君。司令官さん、凄い痛がり様だったけど大丈夫なの?」
司令官。今日の朝に俊也が言い出した呼称である。
なんでも、「俺が全体の流れを決めるから、これからはそう呼ぶように。」
と、誰の許可を得た訳でもなく勝手に決めてしまった。
勿論、友花と紗南は大ブーイング。昼間の毒舌はこのせいである。
そんな司令官を心配して、あきは気にかけている様子だった。
「心配ない。すぐに収まるはずだから。」
そりゃ心配にもなるよな。尋常では無い悶絶の仕方を間近で見ていたんだから。
不安に思わない奴の方が、逆に普通の人じゃない。
不安げな面持ちで二人を見つめるあきは、ゆっくりとした頷きを僕らに披露した。
それはどこか、無理やり感情を押し込めているように僕の目に映った。
二人が回復するのを待つ間、机に向かって思考を巡らせた。
もしかして見落としがあるかもしれないと、目を皿にして探した。
分かった事とすれば、書き主は周りから酷い扱いを受けていて、しかも内容はかなり理不尽極まりない。
しかも何らかの形であの三人が関わっているはず。
あの痛がりよう、僕が感じたものの上位互換と考えれば彼らが失った記憶に関わりがあると考えるのが自然だ。
ただ確証がない。僕の考えは一仮説でしか無くて、ゲームマスターが仕掛けたミスリードの可能性もある。
こんな初期段階で重要な手がかりを残す、なんて馬鹿げた誤りを犯すはずがない。
とりあえず、考えうる可能性の中で結論めいたものを出してみた。その正誤判定は今後の様子次第だ。
ひと段落し、僕は紙を机の上に並べて元に戻すと、教室の扉近くにしゃがむあきの隣で同じ体勢をとった。
「あきは何ともないのか?」
僕は自然な感じに声をかけた。
「う、うん。私は大丈夫たけど……、なんで?」
「いや、なんか変化があったら、教えて欲しかっただけ。まあ……心配ってのも、無くは無いけど。」
「えーー。それは持ってて欲しかったなー。」
あきは冗談っぽく言った。フグのように頬を膨らませ、空っぽの不満感を僕に提示した。
それから他愛もない話を続けひと段落した頃、僕はおもむろに立ち上がった。
「どこ行くの?」
「少し風に当たってくるよ。」
「そっか。じゃあ、また後で。」
僕は適当に相槌を打つと教室を後にした。
ゆったりとした速さで、昇降口の階段に向かった。
何となく居心地が良くて、時間が出来ると足を運んでしまう。
三段目の左端に腰を下ろす。そして視線を上にむけた。
雲一つない澄み渡る青空、疲労感に襲われる僕を撫でるように吹く風、人の手が一切加えられていない森林。
これだけ穏やかな世界が、惨劇の舞台に変貌を遂げている。
その事実に、まだ日の浅い僕は信じられないでいた。
二日目も陽が傾き出す時間帯。
分からない事も多く、慣れも進んでいないけれど、この惨劇が他人事で片付くような簡単極まりない事件ではないと、僕は思っている。
まだ何か黒い感情が随所に蠢いているはず。僕はそんな予想を持っていた。
今後、捜索活動に尽力していれば、何かしらの形となって僕らの前に現れる。
その時が来るまで、根気強く続ける事が必要不可欠だ。僕はそう思った。
階段の一番上に上がり、その一番端に腰かけると壁に寄りかかって目をつぶった。
風が気持ちいい。僕の温度の上がった脳を冷やしてくれるような、そんな心地よい風が吹き抜けていた。
懐かしい感じがしていた。確か、高一で誰かと体育館裏の階段でこんな事をしたような……。
うっ、痛っ……。
やっぱり記憶には頑丈な鍵が施されているようだった。
簡単には解かれないよう、厳重な大金庫のような鉄壁の防御で守られていた。
せっかく記憶の片鱗が垣間見えたというのに、すぐに遮断されてしまうだなんて。
もう手の出しようがないじゃないか。
頑張って痛みに耐えれば、こじ開けられるのか?
いや駄目だ。痛いだけで霧は一切晴れそうにない。
やっぱり、あいつらの回復を待つしか手立てはなさそうだ。
不意にあくびを浮かべて、僕の視界は暗闇に包まれた。
夢を見ていた。
どんな夢なのか。簡単に言えば昔話が脚色されて、その映像が永遠と流れているだけの至ってシンプルな夢。
でもそこには死も恐怖も無い平和で平穏な日々が描かれている。はっきり言ってこの世界とは真反対だ。
「……」
声が聞こえる。楽しげに笑う女の子と騒ぐ男の子二人が、遠くで話に花を咲かせているのが微かに耳に届いた。
混ざりたいな……。
僕もその平和的風景の一員になりたい。そして青春を謳歌して、思い出だけで記憶を埋め尽くしたい。
「真道。」
あれ? 僕の名前を呼んでるようだ。
なぜだろう。
あの三人、顔も見えないし人物を特定するのは困難だし、あの声色も聞いた覚えのないものだ。
そんな人たちがどうして僕なんかを……。
「おい、真道起きろって。」
「ん? ここはどこ……、って紗南、お前。何してんの……?」
紗南は上から覗き込むような形で僕を見ていた。
彼女は、なぜか当たり前のように「膝枕だよ。」と言い放った。
「なんで?」
「んーー……。何となく。顔見てたらやりたくなった。」
紗南はノリ的な感じだったと思うが、冷静になって考えれば誰でも分かる。
これはノリでやっていい行為ではない事を。
「僕を困らせてそんなに楽しいか?」
僕は嫌味混じりで聞いてみた。
「うん! 最高に楽しいね。」
僕はその返答に対して「最低。」と低めのトーンでいった。
現実世界の僕がどんな人格だったか知る由も無いが、この胸の高鳴りは、最低でも女性経験が豊富だった訳では無いようだ。
心臓の動悸が止まらないのが、確固たる証拠だった。
僕はその事を紗南に悟られないよう、別の話題を振る事にした。
「というか、二人の様子はどうだった?」
「うん。もう平気っぽかった。」
状況から考えると大方、僕を呼びに来たってとこだろう。
それで、自分で言うのもあれだが気持ちよさそうに寝ていた僕を見て、からかいついでに膝枕をしたくなった。
そんな予想を勝手に巡らせていた。
折角、賢くて常識のある女子がいて安心していたのに……。
紗南をどう見ていいか分からなくなったよ。
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