第13話 異変は唐突に

 その瞬間、悲鳴を上げる紗南の姿があった。


 「あぁぁぁぁ!……。頭が、割れる……。」


 頭を抱え悶絶する彼女は、右に左に体を揺らしながら、痛みが過ぎ去るのを待っていた。


「お、おい。紗南、どうしたんだよ。おい紗南……。」


状況が呑み込めない僕は、紗南に呼びかける事しか出来なかった。


 少しずつ落ち着いてくると、紗南は起き上がり脱力していた。


 しかし混乱状態なのか、顔色が真っ青だった。


「いいか、深呼吸だ。心を落ち着かせて……。」


 僕は紗南に促して遂行させた。すると次第に顔色が良くなっていく。


 僕はその様子を見て、少し安堵した。


「あり、がとう……。落ち着いたよ……。」


 紗南は息が辛い中で、そう僕に伝えた。


僕はゆっくりと背中を擦った手を退け、黙って紗南を見守った。


 息もようやく落ち着きを取り戻し、話せる状態になったのを確認してから、僕は紗南が悶絶するまでの経緯を聞いた。


「一つ目は何とも無かったんだけど、二つ目を聞いた瞬間に割れるような激痛がしたんだ……。」


「二つ目のメモに何か心当たりでもあるのか?」


単純な発想で僕は紗南に問うたが、紗南は首を横に振って言った。


「いいや、全く無いよ。」


 あと、僕が残る心当たりとすれば、消えた記憶だけになる。

 

 もし関係しているとしたら、大きな発見であることは間違いない。


 僕は期待感に胸を膨らませながら、紗南に提案した。


「とりあえず、一旦基地に戻ろう。話はそれからだ。」


 足取りが覚束ない紗南に肩を貸してひとまず屋内に入る。なにせ気温が高い。


 極力日陰を目指し、そこで暑さをしのぐことにした。


 とりあえず今は報告しないでおこう。多分各々が活動中だから実りのある話し合いは出来ない。


 昼間再集合してから、しっかり時間を取って情報交換しながら議論する方が、賢明だと僕は思った。


 「真道、ありがとう。もう大丈夫、一人で歩けるよ……。」


 しかし、紗南の顔に『大丈夫』なんて文字は書いていなかった。


 真っ青で、汗も滝のように流れている。やせ我慢にも程があると、僕は思った。


「まだ顔色悪いぞ。無理するなって。」


「ううん、ありがとう。お前はこんな奴にも、優しくするとはね。」


「こんな奴って……。別に女子に優しくするのは当然だろ。」


 僕は、彼女に卑下しないで欲しかった。一日半しか時間を共にしていないが、紗南の性格には好感が持てた。


 だからこそ、そんな立派な人が自分を下げるような言葉を発して欲しくない、僕はそう思った。


「まったく……。真道ってば……。何となくあきの言ってたことが分かったよ。」


「あきが? なんて言ってたんだよ。」


再び、紗南はいじめっ子のような笑みを浮かべて、そう言った。


「やだね。教えてやるもんかよ~だ。」


紗南はこの後、何度聞いても口を割らずに、誤魔化し続けられた。


 諦めて、彼女の感じたことを聞いたが、『何一つ収穫は無かった』との事だった。


 時間も二時を回り、そろそろ会議の時間が近い。


 急ぎたいところだが、紗南の体調を考えると無理は禁物だ。出来る限り早いペースで基地に戻ろう、そう僕は意識するのだった。



 「で、収穫はあったのか?」


 心なしか朝に比べ元気がないように見える。作ったような平然に少し違和感を覚えた。


 僕らは基地に戻り、日陰で汗が引くのを待った。


 当然、エアコンという文明の力が存在する筈もなく、すぐに乾く事はなかった。


 汗に対する嫌悪感を抱き我慢を強いられながら、ただ時の経過だけを待っていた。


「ああ。三枚見つけてきたよ。」 


 午前中をフルに使い、労力を大量に消費してようやく掴み取った三枚の希望。それをポケットから取り出すと、無造作に机に並べた。


 各々が自由に紙を眺めている。


「どれどれ、五月……、か。」


 そのうちの一枚を司令官は手にとると、そうぽつりと呟いた。


「なにか、思い当たる節とかないか?」


「あ、ああ……。特には無いかな。」


言い方、悪化した白い顔。


 その確固たる証拠を突きつけられて、その違和感をどうして心に留めておく事が出来るだろうか。僕は堪らずに問いかけた。


「大丈夫か?」


「ああ……、朝からちょっと頭が痛くてな。」


 何のためにそんな嘘をついているのか分からないけど、もっとマシな嘘にしてくれ。


 というか嘘をつく程のもんでもなんだろうに。


「昨日見た紙きれからなんだろ?」


「どうして……。それを……。痛いっ……。」


 僕は、紗南の行動から察して考察してみたが、読み通りだったようだ。


 しかも司令官の向こう側でもう一人、頭を抱えて倒れこんでいる。この状況に少しだけ危機感を覚えた。


 でもどうしてこのメモが、彼らを苦しめているのか。多分、この事件の関係者という事は間違いなさそうだが、書いた人は誰だろう。


 頭の靄が邪魔で記憶をたどれないから、被害者を割り出すことは不可能だと思う。


 このメモの記述とどう関わっていたか、今後の課題になるのは間違いなさそうだ。


 僕はそんな思考回路で、今後の方向性を少し考えていた。

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