第15話 推論から方向性を

「戻ろっか。」


「ああ。そうだな。」


 そう言っても、もう空は夕焼け一色。今から創作活動に移行するのはリスクが高い。


 今日はこれ以上の活動は出来ないだろう、僕はそう思った。


 そして僕は今日の活動を半ば諦めたような形で基地へ戻った。


「休めたかー。」


 教室入るとすぐさま司令官が話しかけてきた。落ち着いたように口調も落ち着きを見せ、血色も随分と回復していた。


 教室の奥の方では、友花とあきが笑顔を浮かべながら会話を弾ませている。


 その姿が微笑ましかった。


「ああ。おかげさまで体が軽いよ。」


僕は本調子を取り戻した司令官に合わせるようにして言った。


「それは何よりだ。」


 司令官は微笑みながらそう言うと、「活動はまた明日。」と言う旨を全員に伝えた。


 普段なら反論する紗南達も理由を理解しているようで、異論を唱えることはしなかった。


 紗南と友花が教室を後にし、三人になった教室でふと神妙な面持ちで司令官が歩み寄ってきた。


「真道、ちょっといいか。」


「いいけど、どうしたの?」


「この日記についてなんだが……。」


 司令官はそう言って、今まで集めた日記のカケラ達を持ってきた。僕はその右手に視線を落とし、司令官が言葉を紡ぐのを待った。


「……記憶についてのもので間違いなさそうだ。」


 そして司令官は、冗談のトーンとは到底思えない声色でそう言った。この口ぶりからすると何か確証を得たのだろう。


「そうなのか? なんで分かるんだよ。」


 そして再び、司令官は間を取った。その間に僕の不安感が増していくのは、言うまでもない事だった。


 三度口を開いた司令官から飛び出した言葉は、自分の推理力に自信をつけるのだった。


「……俺の記憶が少し戻ったからだ。」


「やっぱり……。」


 僕は無意識のうちに返していた。


 やはり激痛と失われた記憶には、何かしらの関係があって、もしかするとこの世界の根幹に関わる部分なのかもしれない。


 根幹まで行かなくとも、重要な手掛かりであることはまず間違いは無さそうだ。


「ああ。だがほんの僅かだけだがな。」


 それでも大発見だと思う。


 今後どんな道筋を辿るのかを示す、一つの可能性が見えたことは大きな一歩に違いないと、僕は思った。


 その事実が示すもの、それは痛がった三人が記憶を刺激されたということだった。


 つまり三人の記憶の中に日記に描かれた頃のものが存在する。


 言い換えれば何かしらの形で携わっている、という事になると僕は踏んでいるのだ。


 「だったらゲームマスターの正体って……。」


 どうやら僕と同じくあきも気が付いたようだ。


「ああ。日記を書いた本人だろうな。多分動機も今後明らかになるはずだよ。」


 恐らくだけど、いじめからくる憎しみが動機になるだろう。


 日記の内容から察すると、おそらく理不尽な理由で精神的かつ肉体的な攻撃を、長期間にわたって受けていた。


 当たり前だが、ストレスや疲労も大きくなる。心中を察すると、僕には一概に責める事が出来そうになかった。


「マー君と私は、なんで連れてこられたんだろうね。」


 そこで疑問として浮上するのが、僕とあきが連れてこられた理由だ。


 なぜか唯一記憶を持つあきに、僕らがいじめを働いた過去があるか尋ねても、思い当たる節はないらしい。


 もしかすると、ゲームマスターの手違いなのか? いやそれはありえない。これだけ綿密に練られた計画なのに、そんなミスを犯す訳がない。


 そう考えると、今後違う形で三人みたく頭を抱えて倒れ込むんだろうな……。


 ある種の恐怖心に駆られながら、僕は司令官の記憶について質問した。


「俺の戻った記憶は中一の夏休みまで。その間に二人とは会っていないぞ。それと、重大な問題があってな。」


「重大?」


「ああ。いじめていた奴の身なりや顔、名前まで何一つとして思い出せないんだよ。」


 どうやらいじめていた事は、司令官の記憶に残っているらしい。


 素直に言うと司令官達三人の神経を疑いたくなる。


 でも、ここでその気持ちをぶつけるのは、今後を考えるとあまりにリスクが高い。だから、その事について触れられなかった。


「んー……。そういやぁ、なんか分かんないんだけどさ、さっきからずっと胸糞悪い気がしてんだよな……。なんでかは分からないけど。」


「胸糞悪い、か……。」


 何か不愉快な出来事があったのだろう。今にまで引きずるほど嫌な気分になるような何かが。


 それが心の奥底にこびりついて取れなくなってしまった。その結果を招いたのかもしれない、僕にはそう思えてしまった。


 司令官の記憶はここまで。本人もあまり役立つ情報を持っていないと、困ったように笑いながら言った。

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