第22話 琴色静音の交渉
真那芽、生徒会長である琴色さんは確かにそう言った。
その名前を聞いた瞬間、俺達三人は一瞬だが体が硬直した。
恐らく共通の思考を辿った筈だ。
──まだ自分達に手を出して来るのか、と。
俺は誰よりも早く硬直を解き、琴色さんに恐る恐る問い掛けた。
「……あいつが──マナが俺達がここに居るって言ったのか?」
琴色さんは俺の質問に顔をしかめて答える。
「ん?何か勘違いしてる?真那芽は関わってないわよ?」
「え……?でも今真那芽って……」
「えーっとね、この場所を教えてくれたのは確かに真那芽だけど、あたしがここに来た原因は真那芽じゃないわ」
『?』
何言っとんのじゃこいつは。
俺達が首を傾げると、琴色さんはドアの前で腕を組んで説明を始めた。
「報告……まぁ通報があったのよ。それも結構な数の生徒からね。何やら校舎の端から『バ要ーー!!』とか『さすが俺の天使!!そこにシビれる!あこがれるゥ!』などなど……奇声が度々聞こえるってね」
『……』
「それで、生徒会でこの問題を議題に挙げた時に副会長である真那芽が、ここに旧生徒会室なるものがあるって教えてくれたのよ。あんだーすたん?」
『いぇすあいどぅー……』
……もうぐうの音もでないくらい俺達(主に俺と佳南)が悪い。
あれだけ騒げばそりゃもうバレるのも自然だわ。
にしてもマナの奴め、黙っててくれれば良いものを……。意趣返しのつもりか?いや文句を言えた義理じゃないが。
「まぁあたしも今までこんな場所があるって知らなかったし、理不尽に第一発見者から土地を奪うようなマネしたくはないわよ?だけどここは学校の土地。分かってくれるかしら?」
抑揚もなく、淡々とそう告げる琴色さん。
彼女の言っている事は至極真っ当で、駄々を捏ねるのは間違っている。
だけど、最早俺にはこの場所にちょっとした愛着もあるんだ。
1年の頃はマナと過ごした場所で、2年になってからは佳南や筑波と、僅かだが色濃い時間を過ごした。
そう簡単には手放せない。
第一、ここが無くなったらいよいよ佳南が追い込まれてしまう。
「琴色さん──いや、生徒会長。この場所を俺達の所有物に出来ないか?」
「……カナメ君、あなた本当に真那芽から聞いた通りの男ね。あたし個人じゃなく、生徒会長としてのあたしに許可を求めるって、それどういう事か分かってる?」
「さぁね……。けどこっちはこっちではいそうですかとはいかないんだわ」
「やれやれ。さすが
「……うるせぇな」
そのせいで俺は左手を折ってるっつーの。
後悔しかねぇよ。クソ。
て言うか、マナの奴琴色さんに俺との事話したんだな。
正直意外だな……あいつがプライベートな事を他人に打ち明けるなんて。
この二人の関係が少しだけ気になる。
「んー……正直、あたし個人としてはぶっちゃけここが誰に使われてようがどうでも良いの」
「それならほっといてくれよ」
「それが無理なの分かってるから生徒会長としてのあたしに交渉を挑んでるんじゃないの?」
「……俺、あんた嫌いかも」
「ふふっ、あたしは結構好きよ。だからね、カナメ君。生徒会長としてじゃなく、あたし個人としてチャンスをあげようと思う。そもそもその為にここに来たしね」
「どういう事……?」
琴色さんは顔を強張らせている俺の表情を楽しむかのように冷たく微笑んだ後、一歩近付いてきた。
そして折れた左手ではなく、右手の方へとそっと両手を伸ばした。
『あっ!』
後ろで何故か佳南と筑波が同時に声を上げる。
ぎゅっ、と優しくも力強く俺の右手を挟んだ琴色さんは、頬を赤らめて自らの胸元に引き寄せた。
あ、ちょっと触っちゃった──
「あたしの恋を手伝って欲しいの!!」
「はい……?」
※
「……で、どういう事っすか……」
俺達は一度琴色さんの話しを聞くために旧生徒会室の中へと戻った。
机を並べ直し、俺を挟んで両脇に筑波と佳南。
そして向かい合うように琴色さんが座り、3対1という構図だ。
何だこの相談屋みたいなの……。
俺達三人は戸惑いながらも、もじもじと恥ずかしそうにしている琴色さんを待っているのだが、中々話を切り出してくれない。
痺れを切らして俺から聞いてみたのだが、彼女は頬を赤くするだけだ。
「……琴色さん……?もうこうやって5分くらい経つけど……」
さすがに我慢の限界と、佳南が畳み掛ける。
「ほんと早くしてよね。ここが使えないなら使えないで諦めるし」
更に筑波が困った表情で続く。
「そうだね……。高知君がこだわるのも分かるけどそんなに無理する事じゃないし……」
「うーむ……」
まぁ二人はそう言うだろうさ。
どうせまた俺が要らん事するんだろって思ってるだろうし。てか顔にそう書いてある。
だけどシンプルに校内にプライベート空間があるって捨てがたいもんだぞ?
特に男子は分かるだろ?感覚としては秘密基地的なあれだ。
確かに無理をする事じゃないんだけど、とりあえず話くらい聞く価値はあると俺はそう思う。
何やら恋愛相談らしいしな……。
「……え、えっと……あたし……ね」
「! お、おぉ……」
ようやく口を開いた琴色さんは、ぎゅーっと目を瞑って叫んだ。
「あ、あたし
『……!』
俺達三人は思わず面食らってしまった。
だ、だってこいつ今、倉橋君の事が好きだって……。
「~~っ……!!」
好きな人を暴露した、先ほどまで鉄面皮な女のだった琴色さんは、顔を真っ赤にして伏せてしまった。足までバタバタさせちゃってまぁ……。
おぉ……これがクーデレって奴?ハッ、ちょっと良いじゃん。
「もうっ……!恥ずかしい~……!!」
「可愛いな……」
俺は思わず、正直な感想を口にしてしまった。
すると、
「ぐほっ、いてっ!?」
俺の脇腹に肘打ち、そして右腕にはちょっと強めのツネリ。ちなみに肘打ちが佳南、ツネってきたのが筑波だ。
地味にいてぇ……。
「ちょ、二人とも何すんの!?」
「うっさい」
「高知君、ちょっと静かにしててね」
「……理不尽だ」
俺が闇討ちを受けている間も、琴色さんは自分の世界で悶えている。
……そろそろ本題に入りたい。
「……あの、いい加減良いっすか。これ以上琴色さんの悶絶に付き合うと俺が滅ぼされそうなの」
「だ、だってぇ~……うぅぅ~……!」
「! おかわわ──」
……今度のはマジで骨に響いた。
「ごめん……ほんとそろそろお願いします……」
「う、うん……何かいつの間にかくたびれてない?」
「気にしないでくれ……。んで、倉橋君の事が好きなのは分かったけど、それで俺に何を言いたいの?」
「それが──」
彼女の相談と言うのは、やはりと言うべきか倉橋君とのいわゆる仲人役を頼みたいとの事だった。
彼女は俺が倉橋君と仲が良い事も知っており、恋が成就しなくとも、とにかく引き合わせてくれればそれで良いと言った。
更にたったそれだけで旧生徒会室を生徒会管轄とし、俺達だけが使えるように融通するともな。
……職権乱用もいいとこだぞこれ。
それに俺達には都合が良すぎる話だ。
少しだけ裏があるのではと疑ってしまう。
「──話は分かったけど、本当に信じて良いのか?」
他人を信じるという点において、俺は少々懐疑的な方である。
それを知ってか知らずか、琴色さんは少しだけ表情を引き締めた。
「うん。あたしは嘘をつかないよ。生徒会長だもん」
「うわぁすげぇ嘘つきそう。そりゃもう政治家並みに」
「あたし、これでも掲げた公約は全部達成したよ?副会長の力が大きかったけどね」
「……そうっすか」
生徒会副会長、それはマナの役職だ。
他の生徒なら今のセリフを聞けば説得されるかも知れない。
だが、学校で唯一俺だけは不安が募ってしまうセリフだ。
「そんなに不安かしら?これは約束と言うより取引よ?ま、それ程までに疑うならこれをあげる」
そう言って琴色さんがポケットから取り出したのはボイスレコーダーだった。
「あたしがあなた達の願いを叶えなければこのやり取りを教員にでも言えば大問題に出来るわ。どう?これでもまだ不安?」
正直ここまでするとは思わなかった。
……それだけ、本気で倉橋君が好きだということか。
「……分かった。やれるだけやってみる。だけどあんま期待すんなよ?あいつには──」
「
「知ってたのか……」
七宮
倉橋君との事を消化したとは言え、七宮さんは佳南にとって恋敵だ。
今、心穏やかではないだろう。
「……正直勝算は薄いぞ?」
「分かってる……。だけど、諦められないの……!」
「……!」
それは今から少し前、俺と佳南が協力関係を結んだ日に聞いた言葉とよく似ていた。
俺は横目で佳南を見た後、すぐに視線を琴色さんに戻した。
先ほどまでの恥ずかしがった様子とは違い、かなり真剣な顔つきだ。
「さすが、主人公様はおモテになるね……。一体どこに惹かれる要素があるのやら」
俺の少し嫌みな言い方に、琴色さんはムッとして言い返してくる。
「倉橋君はね、優しくてカッコいいんだよ。それでいて守ってあげたくなるくらい可愛いの!」
「わ……分かる……!」
ちょっと佳南さん?
「分かるの桜庭さん!」
「うっ……ま、まぁちょっとね……」
「きゃー!やっぱり倉橋君ってモテるのね!しかも髪の毛を切ってからさらにカッコよくなっちゃったし!」
「……うぅーー……」
過去の傷をえぐられる佳南は頭を抱えて突っ伏してしまった。
ぷっ、これはこれで面白い。
幼馴染みざまぁとはよく言ったものだ。
……俺の幼馴染みざまぁはクソだったけど。
それにしても、琴色さんは佳南と倉橋君の関係は知らないのか?
好きになったのがつい最近で調査が足りてないとか……?
「はぁ……まぁとにかく琴色さんの気持ちは分かったよ。そっちがこの部屋を確保してくれるなら俺も協力は惜しまない。取引成立って事でいいか?」
「え、えぇ勿論よ。これからあたし達は協力者同士、期待してるわよ!」
そう言うと同時に右手を差し出してきた琴色さん。
俺と佳南は思わずお互いの顔を見て笑い合った後、その手を取った。
「よろしく頼むよ琴色生徒会長」
「こちらこそ、カナメ君!」
強く握手を交わす。
同時に彼女はコロコロと変わるその表情の中で、唯一見せなかった眩いばかりの笑顔で旧生徒会室を後にした。
もしかすると、あの冷たい鉄面皮のような顔が作り物で、本来の彼女はあんな風に笑う魅力的な女の子なのかも知れないな。
※
「それにしても……あんた……あんなの引き受けてどうするつもりよ」
時刻は14時過ぎ、嵐のような生徒会長の登場を終え、俺達はようやく帰路へとついていた。
筑波はこの後友達と用事があるらしく、俺と佳南二人での下校となったのだ。
「……しょーがないだろー……あれ引き受けないと旧生徒会室使えなくなっちゃうし……」
「……それってさ……」
「ん?何だよ」
「……なんもない」
佳南は不機嫌そうに口をつぐんだ後、不意に俺の右手を取った。
「か、佳南……!?」
「……」
「おい……?」
俯いてしまっているせいで表情は窺えない。
だが右手はしっかりと佳南と繋がっており、それはいわゆる恋人繋ぎというものだった。
「……二人きりって久々だから、たまには良いでしょ」
「い、いや……久々だからってこれは……」
「良いじゃん……前もこうやって登校したじゃんか」
「そう……だけど……」
あまりにも唐突過ぎて、佳南の思考が分からない。
俺も動揺してるみたいだ。
対して佳南は動揺はしておらず、何か俺を繋ぎ止めようとしている、ような……。
「……何か、あったのか……?」
別に何かに気付いた訳じゃない。
しかし倉橋君絡みの話の後だ。
佳南の心に何か芽生えたものがあっても不思議じゃない。
佳南からの返事は無かった。
しばらくの間、俺達は無言で歩き続ける。
だが沈黙は唐突に破られ、不意に俺を見上げた彼女は火照った顔でこう言った。
「……今から、うち来ない……?」
心臓が激しく、ドクンッ、と脈を打った──
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