第17話 答えが出たから
筑波がぼろぼろに泣いてしまってからどれくらい経ったろうか。
彼女は涙が徐々に止まり始めても、俺の体から離れる事はなく、その間も頭を撫で続けていた。
──筑波に一体何があったのか。
それをきちんと聞かなくちゃならない。
だがしかしだ。
(こいつ、めっちゃ良い匂いするんだけど!?)
俺の心は先程までのシリアスな雰囲気の揺り戻しのせいか、筑波の体を抱き締めているこの状況に頭が冷静になりつつあった!
正直役得過ぎる!!
だって筑波って超俺のタイプなんだもん。
黒髪で可愛らしい小動物系ですげぇ優しくて!
たまに怖ーい時もあるけど、それが癖になりつつもある。
む、胸は佳南には敵わんけど、それをたまに気にしてるみたいでまた可愛い!
てか筑波さん、もう泣き止んでるのに何で離れないんだろ。
もーそろそろ良い筈なんだけど……。
俺は少しだけグイ、と筑波の肩を押してみた。
「……」
「?」
何故か彼女は力を入れて、俺が離そうとする力に抵抗をする。
グイ、ぎゅっ、グイ、ぎゅっ、という感じで何度か離れたりくっついたりを繰り返した。
すると、
「じゅ~な~?も、もうそろそろ良いんじゃないかしらぁ??」
「……」
顔面をピクピクさせ始めた佳南をよそに、筑波は依然として俺の体にしがみついている。
それを見て、また佳南から黒いオーラが出始めた。
「お、おい佳南さん?何時間でも待ってやるって言ったし、筑波が落ち着くまでは──」
「この子もう泣いてないじゃない!要……あんた珠奈の体に触れてたいだけじゃないの……?」
「いやそんな事ないよ?」
僕はキメ顔でそう言った。
「どーだか!あんた私の時はずっとおっぱいの所に力入れ──」
「わーーー!!バカお前!筑波の前で何て事言うつもりだ!!」
「あんたの事はこれからムッツリーニって呼ぶから」
「それだけはどうかご勘弁を」
俺は筑波を抱えながら全力で頭を下げた。
と言うかお前結構サブカル好きなのね。俺もだけど。
「……ふふっ」
『!』
俺達がくだらない、いつものやり取りをしていると、堪えきれないといった様子で筑波が笑った。
……ようやく、お前の笑顔がみれたよ。
「もう……平気か?」
「……」
筑波は無言で首を横に振った。
チロ、と佳南の方を見た後でな。
「じゅーなー!?この子、絶っっ対わざとよ!?要、今すぐ珠奈を離して!!」
「い、いや知らんけどお前がとやかく言う必要なくないか?」
「! い、いや……だ、だって……」
「んだよ……」
佳南はそこで言葉が詰まって俯いてしまった。
はぁ……嫉妬してくれるのは嬉しいけどな。
今の佳南はあれだ。初めて出来た友達にひっつくぼっちのような、いわば構ってちゃんモードなわけだ。
俺が好きでこういう態度を取っている訳じゃない。
そして筑波も。
今は何かが原因で弱っていて、寄る辺が無いから俺にすがっているに過ぎない。
俺は決して勘違いはしない。
じゃないと──
「高知君……顔赤いよ」
「!」
「……ムッツリーニ」
「……うるさい」
──二人の美少女が俺に好意を寄せているかも知れないなんて勘違い、キモすぎるだろう……。
もし仮に、それが例え好意だとしても彼女達が抱く俺への好意の正体は愛じゃない。
俺は普通だから、人が持つ感情を敏感に感じ取って生きてきた。
相手の顔色を窺って、望む行動を取ってきた。
生きていく上で最も大切なもの。適応力。
俺はそれを信念にしている。
今までの人生でも、何度か窮地というものの類いはあった。
ある日突然普通にいじめられてぼっち飯を敢行した事もある。
それでも俺は一人でそれを解決して普通に今日まで生きてきた。誰も助けてはくれなかった。
今にして思えば、マナは本当に手を差し伸べてくれなかった気がする。
他人は信じられない。すぐに裏切ると知ってるから。
幼い頃から一緒だった筈のマナですらそうだった。
──だけど、この二人だけは違う気がする。
佳南に俺は恩がある。
筑波に俺は借りがある。
だから俺はこの二人を裏切りたくない。
信じられるかと言われるとまだ少し怪しい。
それだけの傷が俺にはある。
それに俺が愛と呼べる感情を抱いたのは一人だけだ。
この気持ちに踏ん切りを着けるまでは前に進めない。
な?二人の事を考えるだけでもこんな気持ち悪い思考をしなきゃいけないんだ。
だから、これは勘違い。今はまだ。
大体今はそんな事より筑波に何があったのかきかなくちゃいけない。
「筑波、何があったか教えてくれるか……?」
「……それは」
筑波は随分落ち着きを取り戻したように思う。
なのに頑なに事情を話そうとしない。
こいつの家庭環境はよく知ってる。
そっち方面かと最初は思ったが、さっきこいつは俺を助ける為と言った。
なら答えは一つだろう。
「マナ……か?」
「……!」
俺がその名前を口にした瞬間、筑波は顔を青ざめさせた。
今から少し前、佳南のDMの件を一緒に色々嗅ぎ回ったからな。
俺も俺で旧生徒会室からカメラやらが出てきた時余計な事を言ってしまったし。
筑波が俺を想ってマナと事を構えたというのはあってもおかしくない話だろう。
それに筑波の反応を見るにビンゴって所か。
「……お前、あいつと一体何を……」
「い、言わない。絶対言わない……!」
筑波は再び俺を拒絶するように、俺から離れようとした。
さっきは全然離れなかったくせに……。
俺は胸の中で抵抗を続ける筑波を見つめた。
「だったら本人に聞くまでだ」
「駄目っ……!それじゃ意味が無くな──」
「要」
筑波の言葉を遮るように佳南が俺の名前を呼んだ。
「ここは私に任せて。女の子同士じゃないとしづらい話ってあるでしょ?」
「……今回は違うみたいだけど?」
俺が少し抵抗すると、佳南は呆れたように言った。
「あんたそんな察し悪かったっけ?それに言いたく無いなら良いとか言っといて無理矢理聞こうとするんじゃないわよ」
む。
……今回は俺の負けか。
「……分かったよ。俺は下に降りてるから頃合いを見て戻るよ」
「えぇ。ついでに飲み物でも買って来てよ」
「りょーかい」
「あんがと」
俺がそうやって筑波から離れようとした時だった。
筑波が俺の腕を引っ張った。
「ま、待って!私、佳南ちゃんにだって言うつもりは──」
「言わなくて良いわよ。少し珠奈と話しがしたいだけ」
「……?」
俺はそっと筑波の手を離し、佳南にバトンを託した。
すぐにオオヤマを降りて、コンビニへ向かう。
ゆっくりとした歩幅で歩くと、さっきまで熱くなりかけだった頭が少し冷静さを取り戻した。
それでも冷静じゃ居られない部分もある。
マナ……もしも筑波が居なくなる事を条件に何かしたなら、俺は──
※
「さてと、バ要も居なくなったことだしちょっとお話しよっか!」
「……私、言わないよ?」
「良いわよ。珠奈に何があったか知りたいけど、知ったからって私が何か出来るとも限らないし」
私は地面に座り込んだ珠奈に視線を合わせる為にしゃがんだ。
あーあーせっかくの可愛い顔が涙で台無しよ。
全く……あの幼馴染みと何をやらかしたのやら。
それは分からないけど、一つ間違いのない事はそれが要の為だったって事。
……少しだけ、胸が痛くなる。
「ねぇ珠奈……要は良い奴だよね」
「……?う、うん」
珠奈は何を言いたいのか分からない、そんな様子で曖昧に頷いた。
私も何が言いたいのか纏まってはないんだ。
だけど、はっきりと口にしておきたい事があった。
「私さ、要の事好きなんだと思う」
「……うん」
知ってるよ、そう言わんばかりに短く返事をくれた。
「要は私のヒーローなの。陸君──いや……倉橋君以外で出来た始めての、ね」
「……」
「チョロい女だって思うでしょ?助けてくれたからってすぐ好きになって……」
「そんな事ないよ……私も、同じだから……」
珠奈はようやくまともに返事をしてくれた。
「……私、前にね高知君に助けて貰ったの。だからそのお礼に今度は私が助けてあげたかった」
「でしょうね。あんた、要の事大好きだもんね」
「……!そ、それは──」
「見てたら分かるわよ……要の事なら私は分かっちゃうから……」
私は珠奈の目を見つめて、力強く言った。
「要は私を助けてくれた。でもね、珠奈もだよ。珠奈も私を助けてくれた。LINEで言ったでしょ?私珠奈が居ないと死んじゃう」
「……そんな事ないよ。佳南ちゃんはもう一人で──」
「無理よ。私自分で分かってるの。私は誰かに支えて貰わないと生きていけない。きっと今その相手が要と珠奈ってだけ……どう?私酷い女でしょ?」
「……」
珠奈は何も言わなかった。
きっとこの子も気付き出してたんだ。
だけどそんな酷い女だからこそ言える事がある。
「私はね、あの真那芽って女が許せない。要にはさっさと答えを出してあの女に報いを受けさせてやって欲しい」
「……私は……」
たぶん、私と珠奈の想いは違う。
この子はきっと──
「私は……答えなんて出して欲しくない」
「……」
やっぱりね……。
「高知君が傷付いてしまうような答えは要らない。私はもう新京さんの事は忘れて過ごして欲しい」
「……気持ちは少し解るよ。だけどね、それじゃダメなの」
「……そんなに駄目かな。私は高知君が苦しむのも傷付いてるのも見たくないよ……」
そんなの私だって一緒だよ……。
それでも私は私で譲れない。
「私はね……酷い女だから、自分の事しか考えられない女だからこう思うの」
「……」
珠奈は黙って私の方を見た。
私は泣き笑いのような顔で珠奈の両肩に手を置いた。私の幼馴染みがそうしてくれたように。
「要はあの真那芽って女がずっと好きなの。裏切られても、離れていても、今もずっと」
「……っ」
「私は要に私を好きになって欲しい。だからあの女と決着をつけて貰いたい。ど?身勝手な気持ちでしょ」
「うん……凄く勝手な気持ちだと思う……」
「私と珠奈は違う。今回珠奈がしたことを聞きはしないし、その資格もない。それでも──」
私はあの日珠奈にそうされたように、だけど力は込めずに、ぺちっとだけ彼女の頬に手を添えた。
「あんたが傷付くと悲しむ奴が居るの。あんたが要に言った事を要にしてどうするの」
「! それは……」
「ふふっどう?私だって結構人の気持ちが分かるようになったわよ。それもこれも全部二人のおかげ。だからね珠奈」
私は無意識の内に一筋の涙を流していた。
「居なくなんて……ならないで……!珠奈は私の大事な友達なの……!」
「……佳南ちゃん……」
私の気持ちは届いただろうか……。
珠奈は何も言わず、ただ下を向いている。
すると、後ろの方から足音が近付いてきた。
すぐ後ろまでやって来たそいつは、ぽんと私の頭の上に手を乗せた。とても優しくね。
「筑波、佳南。俺、決めたよ」
「高知君……!?」
「要……」
「筑波がきっかけをくれたからな」
要は優しく笑って私達にペットボトルのジュースを差し出した。
「マナと話しがしたい。俺一人じゃ結局なんだかんだあいつを許すだけで終わってしまうと思う……だから二人の力を貸して欲しい」
「答え……出たの?」
「……」
「あぁ、出たよ。絶対二人を傷付けない答えだ。でも……後でいっぱい慰めてくれ」
おどけるようにそう言った要が少し心配で、少し寂しくて、だけど確かに助けを求めてくれる要が嬉しくて。
──私達は要が差し出したジュースを受け取った。
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