第16話 この想いに蓋をしたくても
「要ー!早く帰ろーよ!」
「ん、ちょっち待ってくれ」
かったるい授業がようやく全て終わり、最近ではこうして佳南と一緒に帰る事が多い。
今教室には居ないもう一人も一緒に──
「……珠奈、今日は来なかったね」
「だなぁ。風邪でも引いたんじゃね?」
「LINEしても返事返せないくらい体調悪いのかな」
「まぁそういう日もあるんじゃないの?知らんけど」
「うーん……」
女の子の体調に関して、俺何て言ったらいいか分かんねぇよ。
だがどうやら佳南は筑波の体調というよりは、返事が来ない事にやきもきしているらしい。
彼女からすればクラスで唯一喋れる女子だ。
にしてもちょっと半日返信が無いからってそんなに不安にならなくても……。
「お前、筑波とほんと仲良くなったよな」
「そりゃ超良い子だもん。友達ってのは珠奈みたいな子の事を言うのよ」
「この2週間足らずで判断が早いこって」
「私、悪・即・斬がモットーなの。使い方合ってる?」
「微妙なとこだな。と言うか、俺の天使を斬るなよ」
「ム……」
え、なに。何故か佳南が俺にじと目を向けている。
「あんた、珠奈が天使なら私は何なのよ」
「え?」
何だその質問。
てか教室でその距離は駄目でしょ。ほら、まだ残ってる奴がチラチラこっち見てるし!
「あ、あの佳南さん?ちょーっと近いと言うか……」
「ムーーーー」
「なんなんだよ……」
佳南は頬を膨らませ、さらに距離を近付けた。
もう、一歩間違えたらキスだって出来る。
「お、おい、いい加減離れろ。キスすんぞこのバカ」
「!」
ようやく気付いてくれたみたいね。
みるみる顔が赤くなっていってらぁ。
……ん?あ、あれ離れないんですけど?
おーい佳南さん?あなた最近距離感が変と言うか近すぎですよ??
「や、やれるもんならやってみなさいよ……!」
「公衆の面前で何言ってんのお前!?」
「あんたが言い出したんでしょ!へ、へへ見せ付けてあげれば良いじゃない!」
「な、なして!?嫌だよ!ファーストキスはもっとロマンティックが良い!」
「意外と乙女なのね……」
佳南は俺の叫びを聞くと、「はぁ、ヘタレなんだから」と言って教室のドアの方へ体を向けた。
「さっさと帰りましょ。あ、そうだ帰りに珠奈の家寄って行きましょ。お見舞いよお見舞い」
「筑波の?お前場所知ってんの?」
「うん!こないだ遊びに行ったし!」
へぇ、俺の知らん間に本当に仲良くなってるんだな。
こりゃ佳南が俺から離れるのも時間の問題かも知れないな。
倉橋君との事が解決してからというもの、佳南は俺にべったりだ。
出来る事なら普通に女友達を作って過ごして行く方が良い。
男女が二人でずっとベタベタくっついているのもあまりよろしくは無い光景だからな。
それに──
「要っ!ほら行くわよ!」
「わっ、お前引っ張んなって!行くからさ!」
誰かに寄り掛からないと立てない奴になってはいけない。
俺達3人の関係は夏休みが始まる前に、もう少し修正が必要だと、俺は思い始めていた。
※
「全然出ない……」
「……」
俺は佳南の案内の元、筑波の家の前に着いていた。
佳南が何度も電話を掛けているが、一向に出る気配はない。
だが俺はそんな事よりも、見覚えのあるこの家に唖然としていた。
「なぁ……昨日筑波は以前不登校だって言ってたよな……」
「え?うん言ってたね。そういう事もあるわよ。私だって今なってたかもなんだから」
「……」
俺の頭には半年と少し前辺りの苦い記憶が蘇っていた。
俺はここに来た事がある。
そして不登校のクラスメイトの家庭を崩壊させた。
名字も変わったって言ってたからな。まず間違い無いだろう。
ここは、田中の家だ──
「佳南、筑波出ないか?」
「うーんダメっぽい……寝てたら申し訳ないし今日の所は帰ろっか」
「……だな」
何故か胸の奥につっかえる物を感じながら、俺達は筑波の家を後にした。
だが次の日、その次の日も筑波が学校に来る事は無かった。
※
「……はぁ」
辺りは既に真っ暗。当然だ、時刻は20時を回ろうとしてるもん。
私は何の気なしに家からかなり離れた公園まで来ていた。
大きな山のような形をしているのが特徴みたいで、少し汗をかきながらも天辺まで登るとそこそこに綺麗な夜景が見えた。
早くも既に3日も授業を休んでしまった。もう少しで期末試験なのに。
あ、いや、もう私が登校をする事は無いんだけどね。はは……。
クラスメイトは勿論、佳南ちゃんからは毎日大量のLINEが送られて来てる。
少し愛が重めの内容で、中でも一番引いたのは「珠奈が学校来ないと私死んじゃう」だった。
ふふっ……佳南ちゃんはもう大丈夫だよ。
だって高知君が居るもん。
二人は正直お似合いだと思う。
私なんか居ない方が良いよ。
それに、高知君がもう幼馴染みさんに振り回される心配も無くなった。
彼女は私と約束をした。
私が高知君と接しない限り、決して手を出したりしないと。
結局高知君には彼女に近付かないでって言えなかったなぁ。
一応説明の機会くらいあげるとも言われたんだけどね。
そんなのしたら高知君はまず間違いなく、新京さんと向かい合う事になる。それじゃ彼女の思う壺。
だから私はこのまま高知君や佳南ちゃん達には何も言わず消える。
たかが口約束で何をそこまでって佳南ちゃんとかは言うかも知れない。
でもね……たかが口約束を本当に叶えて救ってくれた人が居るから。
高知君の為なら、私は笑って皆の前から居なくなれる。
だけど……。
「……せめて、一回くらい好きだって言いたかったなぁ……!」
手すりにもたれ掛かって腕の中で涙を流す。
私に高知君を好きになる資格なんてない。
ずっとこの想いに蓋をしてた。
でもいざもう会えないと思うと、それは溢れて止まらなかった。
堪えても堪えても、止まりはしない。
もしも、今この涙を止めれる人が居るとしたらそれは──
「おい、こんなとこで何してんの引きこもり」
それは聞こえて来る筈のない声だった。
何度だって聞きたくて、でももう聞けない、大好きな人の声。
流れた涙を隠す事なく、公園の照明に優しく照らされた彼の方へと振り返る。
「ずっと佳南がLINEしてたんだぞ。返事くらいしてやれよな」
「……で……」
言葉にならない声が出る。
だってこんなタイミングで彼が居る筈ないもん。
あ、分かったきっと幽霊だ。そうに違いない。南無阿弥陀仏……。
「あの、号泣しながら拝まれる俺の気持ち分かる?ちょっと?ねぇ??」
「……悪霊退散……!」
「おいぃ!聞いてんのか怒るぞ!?」
……駄目なの。だって普通に話し出して、もしそれを新京さんに監視されていたら……!
あの人は何をしでかすか分からない……!
「……帰って」
「はい?」
私は顔を伏せながら、自分の体を抱いた。
「……私、高知君と話す事なんかない。高知君が帰らないなら私が──」
そう言って私はこの大きな山の形をした公園を後にしようと一歩踏み出した。
だけど、それを強く彼の手が引き留める。
「何があったかは知らない。見た所風邪って訳じゃないんだろ。それでも──」
高知君は力を込めて私を自分の体の方へと引き寄せた。
目と目が、零距離まで近付く。
「お前に何かあったなら助けるさ。何度だって。俺の天使だからな」
「……!」
高知君もしかして思い出してくれたの……?
少しだけ、喜びで心臓が跳ねた気がした。
……駄目。何喜んでるの私。
「……違うの」
「?」
「私はっ……高知君を助ける為に……!」
「……俺は、お前が居なくなるような助けなら要らない。話したくないならそれでも良い。だけどお前が俺から逃げるってなら──」
高知君はポケットからスマホを取り出して、とあるアプリを開いた。
「お前の位置情報、一生辿ってやる。交換しよって言った自分を恨むんだな」
私はそれを聞いた瞬間愛しい彼の腕の中で、蓋をしてた筈の想いが全身を駆け巡った事に気付く。
蓋はさっき外れてしまった。だから仕方ない、か。
涙が止まる事はない。高知君からしたらさっぱり意味が分からないと思う。
「……ごめっ……なさい……意味、分かんないよね……ごめんなさいっ……私っ……!」
「泣き止むまでずっと待ってるよ。じゃないと佳南にぶっ飛ばされそうだし」
高知君はすっと横目で後ろを見た。
私もその視線を追うと、寝巻き姿の可愛らしい友達が腕を組んでいた。
「そーよ珠奈。要を酷い目に遭わせたくないならそこでじっとしてなさい」
「佳南……ちゃん……!?」
「意外と泣き心地良いから。私が保証してあげるわ」
「おい、意外とってなんだよ……」
もうどうしてとか、何でとか、そんな気持ちは心から吹き飛んでいた。
ただただ大切なこの二人とまた一緒に居られている事に胸が熱くなった。
佳南ちゃんには悪いって分かってる。
だけど。
「……筑波、俺も以前こうして貰ったんだ。今はめいっぱい泣けよ。それが必要な時だってあるんだ」
「……高知っ……君……佳南ちゃんっ……私、私っ……!」
大好きな彼の胸の中は暖かかった。
溢れる想いに蓋をする事を許さない程に。
この熱を冷ます手段を誰か知らないのだろうか。
早くしないと、もうどうしようもない。
そう、もうどうしようもない。
「ごめんなさいっ……二人とも……あぁぁ……!!」
「大丈夫だよ筑波。俺達は何時間だって待つから」
あぁ、もうどうしようもないくらい、私は高知君が好きだ──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます