第15話 狂躁の幼馴染み②


 特進クラスと言う割には私達と変わらない教室の雰囲気。

 それでもやはり、どこか張り詰めたものを感じながらAクラスに入った。


 彼女を除いて誰も居ないこの場所で、私は少しだけ冷や汗を流しながら口を開く。


「私の事……分かるんだね」

「? おかしな事を言うのね。元クラスメイトじゃない」


 心底不思議そうに顎先を指でなぞる新京さん。


 その所作は不気味な程に美しく、艶やかな黒髪が大人の魅力を醸し出している。

 派手な佳南ちゃんとは正反対の、日本人形のように精巧な顔立ちの美人。


 彼女は冷たさを感じる視線で私の全身を隈無く見回した後、何か思い出したのか少し口角を上げて不敵に笑った。


「ふふっ……そうね、"カナメに助けて貰った"元クラスメイトと言った方があなたには良いのかしら」

「……!」

「あら、そんなに怖い顔してどうしたの?」


 彼女が口にしているのは今から半年以上前の事。

 つまり、まだ高知君と彼女が普通の幼馴染み同士であった頃だ。


「……あなた、どこまで知ってるの……?」

「どこまでって……それはもうカナメの事なら何だって知ってるし、知りたいと思ってるわ」

「……っ」


 高知君は覚えてるか分からないけど、私は高知君には返しきれない恩がある。

 佳南ちゃんと同じようにね……。


 けど今はそれは関係ない。

 彼女に過去を知られていようがいまいが、しなくちゃいけないことがある。


 彼女も別に私の過去に言及するつもりは無いようで、私の用を問いただしてきた。


「それで、一体何の用なの?昼休みにいきなり生徒会室に来るから驚いたわ」


 彼女が生徒会役員である事は大体の生徒が知っている。


 優秀な副会長で、去年は1年生でありながら歴代最高の仕事効率で前生徒会を支えたらしい。

 学業優秀で、生徒会での実績があり、教師からの信頼も厚い。

 そんな傑物のような彼女は、昼休みにいつも一人生徒会室で過ごしているらしいと友達が言っていた。


 そこを狙って放課後のアポを取った。

 私の目的を遂げる為に。


「急に悪いとは思ってる。だけどどうしてもあなたには聞いておかなくちゃいけない事があるの」

「……。まぁ、一応聞こうかしら。どうぞ?」


 私はスマホを取り出し、自分にも届いていたあのDMの画面を彼女に向けた。


「これ……やったのは新京さん、あなただよね?」


 彼女はじっと私のスマホ眺めた後、笑みを絶やさないまま呟いた。


「さぁ?知らないわよそんなの。何か証拠があるの?」


 嘲笑うように笑顔を続ける彼女に、私は首を横に振った。


「そんなのは無いよ。あなたのスマホにもこれと同じものがあれば確定だと思うけどね」

「あら、あったとしても私にも同じものが送られただけよ。それとも何?カナメが私だって言ったの?」

「! 高知君は……」


 私が「高知君はあなただって思ってる」と伝えようとした途端、彼女の嘲笑は恍惚なものへと変わっていった。


「カナメってば……やっぱり私の事ずっと引きずってるのね、フフ……ねぇつまり、カナメは私だって信じてる・・・・って事ね?」

「そ……そうだよ。その口振り、あなたで間違い無いんだね……!?」

「全くカナメってば……ほんといつまで経っても私にこだわって……可愛いんだから」


 何でだろう。彼女が高知君の名前を出す度にお腹の奥がムカムカする。

 佳南ちゃんが呼ぶのとは違う、受け入れがたい何かを感じる。


 それに段々と話がずれてきてる。

 私は強く睨んで声も荒げた。


「聞いてるの……!?」

「え?あーそうね、そうそう。そんなのも送ったかしらね?で?それが何か?」

「! な、何でこんな事を……!?」


 驚く程あっさりと認めた彼女に違和感を感じつつも、聞かずにはいられなかった。

 あれは一歩間違えれば、それこそ高知君が居なければ佳南ちゃんが再起不能になるものだった。


 何ならそんな佳南ちゃんに手助けする高知君も。

 タイミングだって嫌らしい程に効果的だった。


 まるで、佳南ちゃんを連れ出した高知君がどこで何をしてるのかを知っていたかのように。


 私の問い掛けに彼女はこう答えた。


「何でって……カナメの為だけど?」


 さも当然と言わんばかりに答えた彼女は、私に一歩近付いた。


「私にはカナメがこの世の全てよ?他の何も要らないくらいに。そんな私がカナメに迷惑を掛けようとする女を遠ざけようとするのはそれ程変かしら?」

「っ……!あ、あれはもしかしたら高知君だって孤立してたかも──」

「すれば良いじゃない。孤立」

「は…………?」


 会話をしていて私は段々と自分の怒りがどこを向いているのかを見失い始めていた。

 そう、気が狂いそうになる程、この人の心が理解出来ない。


 だってこの人は、高知君に自分の罪を擦り付けて、裏切ったって……。


 なのに、自分には高知君が全てで、それで居て孤立しろ……?


 意味が……分からない──


「ねぇ、そんな事より最近のカナメはどう!?ちゃんと"普通"の演技出来てるかしら!?やっぱりリアルな生の空気は分からないから知りたいの!」


 まるで、恋する乙女が自分の好きな人の話をするかのように目を輝かせている。


「初めてなの!カナメの事を共通してお話出来る女の子は!いつもは消しちゃうんだけどあなたはカナメへの想いに完全に蓋をしようとしてるから特別よ!」


 生徒会活動をしている時の、氷のような彼女からは想像出来ない興奮した様子で、高知要君という一人の男の子への歪んだ愛を叫んだ。


「あれだけ追い込んで、一時は心を閉ざしたと思ったのに、カナメってば学校では"普通"で居るんだもの!傍に居て気付かない!?彼は"異常"よ!人にはペルソナと言うものがあると言うわ。人の社交性は環境で変わるってやつ!カナメはね、ごく普通の家庭で育ってごく普通の人生を送って来たわ!だからこそかしら、何度か試したけどあの強固な"普通"というペルソナは壊せなかった!!でもそこが好き!!愛してる!!あなたはどう思う?カナメはあなたにとって"普通"の男の子かしら???」


 早口で捲し立てた彼女は少し息を切らしながらも、私の返事を待っていた。

 気付けば両肩を彼女に抑えられ、答えを出すまで逃がさないという意思すら感じる。


 私は、人生で初めて狂気という感情を知った気がする。

 彼女はおかしい。狂ってる。今まで見てきたどんな人よりも。


 そう、私の両親よりも──


「……高知君は……」

「うんうん!」


 私は綺麗な顔を狂気に染めた彼女の目を見つめて言った。


「……高知君は……"普通"だけど……私にとってはヒーローみたいな人……!」

「……そう……」


 何故だか残念そうに肩を落とした後、後ろを向いて離れていった。


 私はその背に聞かずにはいられなかった。


「あなたは……どうしてそこまで高知君を追い詰めるの……!?」

「幼馴染みだから」

「……?」

「私達は物心ついた時から一緒だったの。だけど成長するにつれ、カナメは私から離れて行った。人の心が理解出来ない私に友達はおらず、彼には多くの友人が出来たから。そんなの嫌じゃない。だったらカナメを孤立させなきゃいけないじゃない」

「……い……よ」

「え?」


 私は彼女の狂気に触れながらも、震える唇で言葉を紡いだ。


「おかしいよ……あなた。あなたがそんなだから高知君は……!」

「何かしら?」


 もう我慢ならない。

 気付けば私は叫んでいた。


「高知君はあなたが大事だったのに……!あなたの勝手な、そう独りよがりな考えのせいでずっと心を痛めてる!!お願いだからもう高知君に関わらないで!!もう、高知君にあなたを忘れさせてあげて……!!」


 涙と共に振り絞った言葉は、果たして──


「筑波さん……あなた、少し気に入らないわ」

「……!」


 彼女は再びゆっくりと私に近付き、スマホから一つの動画を再生させた。


これ・・、カナメが起こした傷害事件。何があったかあなたなら分かるわよね?公になってないこれを──ね?あなたはバラされたって困らないでしょう。でも、カナメを想うあなたの心が許さない。だってカナメが孤立しちゃ私の思う壺だものね!そこで相談」

「……!?」


 私に見せていたあの日・・・の動画を閉じた彼女は妖艶に笑った。


「あなたの願いはカナメに関わるな。そして私もあなたにはカナメに近付いて欲しくない。これって要は私達が離れたら良いと思うの!」

「ど、どういう事……!」

「あなた、元々引きこもりだったのでしょう。それに戻れば良いだけよ。そうすれば私も二度とカナメに近付かない。どう?良い条件だと思うのだけれど」


 それはつまり、私が高知君から離れたら彼女も高知君から手を引くという事だ。


 ……高知君が自分から彼女に近付きさえしなければ。


 悪くない提案だと思った。

 勉強はまた家で頑張れば良い。通信制の学校に通う手だってある。

 高知君には絶対彼女に近付かないよう約束させなければならない。彼女の事はいずれ時間が解決してくれる。

 今の高知君には佳南ちゃんが居るから……。


 それに彼女が約束を守らないのならば、私もそれ相応の手段に出るだけだ。


 あの3人で過ごす時間は失われるけど、高知君の心が守れるなら……。

 私を助け出してくれたあの人の為なら。


「私は──」


 答えは、すぐに出た。

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