第18話 ラスボス


「……眠い」


 午前8時。旧生徒会室前。

 筑波をうちの近所の公園で発見した次の日の朝は異様に体が重たかった。


 昨日はあの後コンビニで買っていた手持ち花火をしたり、佳南と筑波が抱き合って泣き出したりで家に着く頃には日付が変わろうとしていたしな……。


 結局筑波はマナと何があったのかは教えてはくれなかった。

 ただ「新京さんとの約束を破ったら高知君に何があるか分からないよ……」とは言ってくれたので、俺は笑ってこう返した。


 ──「任せろ」と。


 それを聞いた筑波はまた泣きそうな顔で謝り出してしまったんだよな。

 きっと筑波は俺の為に自分を犠牲にしようとしたんだ。


 そんな事しなくて良いんだよ。

 これは俺とマナとの問題だ。

 筑波はもしかしたら恩返しをしようとしてくれたのかも知れない。もしくはマナに脅されたのか。


 正解は分からないけど筑波が居なくなっちゃ困るんだよ。


 ──あいつは俺の天使だから。


「……うぃーす……」


 俺はふらつく体で旧生徒会室のドアを開けた。

 そこには久々に感じる仲睦まじい二人の美少女がやいのやいのやり合っていた。


「珠奈……あんた一年の勉強終わったんでしょ……?もしかしてそもそもおばかなの……?」

「ち、違うもん!佳南ちゃんが賢すぎるのぉ!」

「へへぇ~まぁ私頭だけは良いの~」

「……頭良い人ってどこか欠けてるって本当だったんだ……」

「今なんて言った?」


 俺はそんな二人のやり取りに思わず笑ってしまう。

 筑波が居ない間の佳南と来たらそれはもう寂しそうで。

 何回お前はウサギかって言ったことか。


 それにしてもこいつら寝不足じゃないの?朝から元気なこって。

 俺に気付いた二人が本当に快活な笑顔を俺に向けるんだもん、すげぇわ。


「あ、要!あんたもようやくギリギリ癖直って来たわね」

「おかげさんでな……もう辞めて良い?」

「辞めても良いけどマジで毎日迎えに行くわよ?」

「お前は俺の彼女か」

「っ! あ、あんたはすぐそういう事言うんだから……」

「おっと……」

「バ要……」


 俺達が少しほんわかした空気を出した時だった。


 満面の笑みを浮かべた筑波が、タタッと俺の方に駆け寄って来た。


「おはよ高知君」

「お、おぉ……おはよ筑波。あの、笑顔が超怖いんですけど」

「そう?気のせいだよ」


 その割に声に温度が無いんだよなぁ。

 仕方ない。ここは馬鹿正直に謝っておこう。ヘタに言い訳くさい事言って機嫌損ねるのも嫌だし。


「朝からイチャついてごめんね?」

「うん。ぎゅーしてくれるなら許す」

「珠奈!?」

「ぐほぉっ」

「要も死ぬな!」


 て、天使が……俺の天使が聖天使──いや性天使に……!


「つ、筑波さんや……昨日からちょっと攻勢強くないですか……」

「しょうがないよ。高知君が悪いもん」

「へ?何でだよ」

「はぁ……高知君は本当どうしようもない人だね」

「わっつどぅーゆーみーん」

「さてね」


 筑波はそう言うと表情をすっと真剣なものに変えた。


「で、高知君。この後どうするの?」


 その質問には様々な意味が込められている。


 筑波は言っていた。

 もう俺達の前に姿を現すつもりは無かったと。


 それはつまりマナとそういう取引をしたという事だ。


 今日登校を始めた事で一体何が起こるのやら。

 だが何が起こったって良いさ。


 あいつは佳南だけじゃなく筑波まで追い詰めようとしたんだ。

 きちんと俺もケジメをつけるさ。

 いい加減うじうじ悩むのにも飽きたしな。


「どうするかなんて決まってるだろ?」

「一応、教えてくれる?」


 俺は答え如何では本気でぶっ飛ばすとういう顔をしている佳南に一瞬視線を移した後、再び不安な顔をしている筑波を見つめ、答えを告げた。


「幼馴染みにざまぁするんだよ」

『マジですか……?』





 俺達は朝のホームルームが始まる5分前に教室に戻った。

 この教室に戻る瞬間だけは、今でも佳南は少しだけ元気が無くなる。

 クラスの皆も若干ピリついた空気を作る気がするし。まぁ気にしすぎなのかも知れないが。

 

 だが佳南がドアを開けた瞬間、俺達を待ち受けていたのはいつもと違う空気だった。


「え……なに……?」


 そう口に出してしまうくらいには、いやにクラス全員が俺達を見ていた。


 そしてその問いに一番に答えたのは倉橋君だった。


「要くーーん!!ちょいちょい!!」

「んだよ……」


 バカデカイ手招きで呼ばれたので、戸惑う二人を置いて俺は自分の席へ向かった。


 ……まさか、またマナが何か手を出してきて悪い噂でも流れてるのか?

 仕事が早すぎんだろ……。


 しかし後から分かったのだが、どうやら俺の推理の的中率は50%程だったようだ。


 倉橋君が口を開くのと同時に、何やら筑波も友達の安達さんに質問をされていた。

 クラスの全員があまりにも静かに成り行きを見守るので、倉橋君と安達さんの声が教室中に響く。


「要君っ!君──」

「珠奈ちゃん──」


『筑波さん(高知君)と付き合ったの!?』


 その言葉を聞いた俺と筑波、そして佳南が同時に叫ぶ。


『はぁーーーーー!?』

 

 その絶叫は、他クラスの──最端のAクラスまで届いたという。





「……で、どういう事?」

「それは僕のセリフだよ」


 その日の昼休み。

 俺は起こっている事態の意味が分からず、佳南には悪いと思ったが教室で倉橋君と昼飯を食べる事にした。

 念の為にマジで筑波と付き合ってないとは佳南にLINEしおいたぞ。


「要君、佳南ちゃん──桜庭さんと付き合うんじゃなかったの?」

「そんな訳ねーだろ?俺、今は別に誰とも付き合う気ないって」


 ……少なくともあいつとのケリをつけるまでは、な。


「いやいや、なら君何の為にあそこまで……」


 なんと言うか、ここでちゃんと説明してもこいつには結局また別の形で誤解されそうだな。

 これだから鈍感系主人公様は……。


「ただの気まぐれだよ。それより、筑波と俺が付き合ってるって何なんだ……」

「んーそれがね──」


 倉橋君の説明いわく、筑波が休んでいる間に何度も俺が彼女の家に足を運んでいる姿を見た奴が居て、昨日夜景を見ながら告白をしたとのストーリーであった。


 うん、その全てに佳南も居たけど。あいつの事認識されてなかったの?シュレーディンガーの佳南さん状態なの?語呂悪ぃな。


 と言うか、もしもこの噂の犯人がマナだったとして、一体何の意味が──


「にしても要君……佳南ちゃ──桜庭さんの事どうするの?君、二股掛けてるって思われてるよ」


 こいつらの名字呼びで詰まるのもそろそろうざいんだが、まぁもっと時間が必要なんだろうな。


 そんな事よりも、俺にも不遜な尾ひれが付き始めてるな。

 それ狙いなら確かに効果はあるんだろうが俺には微妙な攻撃力と言うか……。


「へっ、なら俺はハーレム王か。悪くないね」

「冗談でもそういうこと言うから悪い噂が立つんだよ……?」


 俺は事性の話題においてはオープンな態度を取っていた。

 今さら変態だの二股野郎だの言われようが気にはしないし、友達にも気にする奴はいない。


「……ムッツリーニのくせに……」

「誰だ!?今俺の事をとんでもない呼び方したバカは!?」


 それはとてつもなく小さな声だった為、その呼び方に敏感な俺以外には聞こえてはいないだろう。

 俺は心当たりの方へ視線を向けた。

 佳南め……ボッチ飯してるなら黙っとけよ……。


「要君……?」

「わ、悪い何でもない。にしても俺と筑波がねぇ……」

「実際のとこ、どうなのさ」

「付き合ってる訳ねーだろ?もし筑波と付き合ってましたーなんて言ってみろよ」


 俺の声に反応した、クラス中の男子が俺に殺意を込めた視線を浴びせた。


「な?俺抹殺だよ」

「筑波さん男子人気高いもんねぇ」

「さすが俺の天使」

『俺達のだ!』

「……お前ら、女子が引いてるぞ……」


 筑波も顔を真っ赤にしてるし……。


 ともかく。

 まぁ筑波の可愛さが改めて分かった所で、だ。

 結局こんな意味の分からん噂に何の意味が?

 

 マジでマナじゃないのか……?

 

 ……まぁ誰でも良いか。

 答えは今日の放課後にはっきりする。


 あいつは友達が居ない。

 帰りはどうせ一人だ。


 俺が傷付いた後の、つまりはメンタルのアフターケアには二人が居る。

 ほんと、俺には身に余る強力なサポートだよ。


 あいつは……マナは俺を裏切った。

 それに飽き足らず、俺の大事な二人をも貶めた。だからもう待っていられない。筑波が何をされるかも分からないからな。

 朝、筑波にはしつこく止められたよ。傷付く俺を見たくないってさ。

 だけど終わらせなきゃいけないんだ。もう十分苦しんだしな。


 俺にはあいつの心の内がさっぱり分からない。


 話し合って解決するとは思ってない。

 だけど話し合わなくちゃ何も分からない。


 マナに裏切られたあの日、俺はもっと聞くべき事があった。

 淡々と俺を嵌めようとした理由を語る彼女には、もっと聞くべきものがあったんだ。

 言い訳も、深い事情がなくったって。


 そこに至るまでの過程を聞かなくちゃいけなかった。


 それを聞いて、ようやく俺は前に進める。


 ──睡魔が襲う地獄の午後授業を終え、放課後。


 俺はホームルームが終わると同時に教室を飛び出し、自宅へ向かった。

 そして玄関に座り込んであいつを待つ。

 マナとはご近所だ、来たらすぐ分かる。

 後から佳南と筑波も来るだろう。


 心配事は何もない。


 俺にはあの二人が居るから。

 だから、もうこれで終わりにしよう──


「……」

「……」


 まだ太陽が照り付ける熱い日差しの中、久方ぶりに彼女と目が合った。


 その視線は日光とは正反対に冷たく、恐怖か、はたまた武者震いのせいか、俺の体を強張らせる。


「……何の用かしら?」


 俺は玄関先から立ち上がり、不敵に笑って右手を彼女へと差し出した。


「久々にデートしようぜ。今日こそ完璧にエスコートしてやるよ」


 さぁいってみようか。

 これがラスボス戦だ──

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