第6話 高知要を拾う神


「……」

「……」


 夕陽が差し込む2-Fの教室。

 無言で向かい合う幼馴染みに裏切られた人と幼馴染みに捨てられた人。


 静寂に包まれるこの場所で俺達は顔を伏せて叫ぶ。



『死にたいっ!!』



 同時に頭を抱えて悶える俺達。

 

「ほとんど喋った事のない同級生にわんわん泣き喚いてしまうなんてぇぇ……!!」

「はっ……!!あれって陸君に対する浮気なんじゃ……!?で、でもさっきのこいつは放っておけなかったしぃ……あぁーー!!何よりただただ恥ずかしいぃーーー!!」


 あまりにも無様に醜態を晒し、今も晒し続ける俺達が落ち着きを取り戻すまで更に10分程時間を要した。

 そしてようやく冷静になった後、どちらともなく視線がかち合った。


「……ほんと、何やってんの俺達……」

「あ、あんたが悪いんでしょ……あんなの聞かされて放っておける程人間辞めてないの」

「お前意外と良い奴だなぁ……倉橋君から聞いてた印象と随分違──」

「陸君が私の事を何だって!?褒めてた!?超自慢の彼女だって!?」

「言うわけ無いだろこのバカ!その逆だよ。ストレスの塊だって言ってたよ!」

「スっ……塊っ……」


 あ、超落ち込んじゃった。まぁ倉橋君との事に関しては全部こいつが悪い。

 

 倉橋君はこいつの駄目な部分しか見て来なかったんだろうな。

 それもこのバカが駄目な部分しか見せなかった訳だが。


 でも、人の話に涙を流し優しく受け止めてくれるような奴でもあるんだよな。


 人には人それぞれに観測出来る部分、又は観測させる部分がある。

 俺が見ていたマナも別の角度、別の人間から見たら違う感想が出て来るのかも知れない。


 ……さっきまでの俺ならそう思っていたかも知れないな。


「なぁ……マナの事、どうするのが正解だと思う?」

「え~……今私後悔するので忙しいんだけど……」

「お前ほんっといい性格してるわ」

「ふふっ褒めないでよ」

「言葉の裏を読めこのバカ」

「あー!またバカって言ったわね!?こう見えても成績トップクラスなんだからね!?」

「バカと天才はなんとやらってやつだろ。あークソ、お前に相談して損したわ」

「にゃにおぉ~……」


 軽口を言い合いながら気付く。

 あぁ、こいつと話してると本当に気を遣わないでいい。

 それは3ヶ月ぶりに感じる既に懐かしいとすら思える空気。


 ──俺が本当にもう一度欲しかったものだ。


「ちょ……はぁ……あんた何回泣けば気が済むのよ……」

「う、うるせっ……これは……」

「プププ。もう一度抱き締めて欲しいから泣いたのぉー?あんたさっき私のおっぱい超堪能してたもんねぇ~陸君だって触った事ないのに!」


 ……マジで倉橋君が不憫でならん。

 あの、弾力があるのに深く包み込んでくれる素晴らしい感触を知らんとは──


「って違う!これはそんなことして欲しいからじゃなくて……!」

「分かってるわよ……ったく。大体泣きたいのはこっちなんだからね……」

「……お前も俺の胸の中で泣くか?」

「ヤーよ。私結構一途なの。そんなの浮気じゃん。でも──」

「?」


 桜庭さんは涙を掬うように人差し指で俺の頬をなぞった。


「今度……陸君と話し合って、それでもやっぱりダメだったらその胸を貸して頂戴」

「お前……」


 その悲しそうな笑顔からは、それが現実になる事を分かっているように見えた。

 全て自分が撒いた種だ。同情はしない。


「似た者同士、約束よ」

「……それさっきも言ってたけど、俺とお前のどこが似てるんだよ。共通点はあるけど──」

「私達、歪んだ愛情の持ち主同士でしょ」

「……!」


 桜庭さんは拭った俺の涙をハンカチで拭き取り、窓の外へ視線を向けた。

 俺も彼女の視線を追って外を眺めた。

 夕陽が強く差し込み、影が教室の端まで伸びている。


「……でも、確かに同じじゃないね。あんたは被害者で私は加害者……なんだよね。私ね、さっきの今でも分からないの。私は陸君に私だけを見て欲しかったの。あれのどこが間違いだったんだろうって……」


 夕陽を眺めながら、まるで懺悔でもするように呟く桜庭さんを見て、俺は何て言って良いのかまた分からなくなっていた。


 俺にはハッキリとこいつがおかしいって、間違ってるって言ってやれる。

 でもそれだけだ。理解はさせてやれない。

 もしかすると本当の意味でこいつが間違いに気付く事は無いのかも知れない。


 傷付けたら一人に出来るなんて発想が絶対間違ってるなんて、誰に言われなくても分かる筈の事だとしてもだ。


 だからこそ桜庭さんは"歪んだ愛情"なんて表現したのかもな。


 でも、間違ってると俺から、倉橋君から伝えられてようやく、自分の愛がそういう物だと無意識にでも気付き始めてはいるんだろう……。


「……笑っちゃうでしょ。本気で分からないの私……」


 振り返って俺の顔を見た彼女はまた悲しそうに笑っていた。

 

 そうだよ。全部お前が間違ってて、全部お前が悪いんだよ。


 でも──


「俺はお前を笑わないよ」

「……!」


 俺の言葉を聞いてすぐ、彼女は再び窓の方を向いた。

 その際に夕陽に反射してキラキラと光るものが宙を舞ったのは気のせいじゃなかったと思う。


「ねぇ……さっき言った事覚えてる?」

「さっき……?」


 それは弱々しい声だった。

 それでも必死に諦めまいとする健気な声だった。


「……私と付き合ってってやつ」

「あ、あぁ……」


 あれ本気でやるつもりか……?

 確かにここまで来て無下にするのもなぁ……


 だが俺の心配は意味をなさなかった。

 

「あれ、やっぱ無し!」

「へ?」


 思わず気の抜けた声を出してしまった。

 一体どういう心の変わりようだ?


 桜庭さんはそんな俺の気持ちを見透かしたかのごとく、続きを口にした。


「そんな事しても陸君と仲直り出来る訳じゃないだろうし、あんたにも悪いからね」

「はぁ……」

「ただあんたと私の協力関係は継続!」

「いやそもそも始まってすら無いんだけど……?」

「はぁ?抱き締めあった仲じゃない」

「っ!」


 思わず顔が熱くなる。

 どうやら彼女は冗談でなく、本気で言っているようだ。

 

「ってかそもそも協力って何すんだよ……」

「決まってるでしょ?あんたは私のサポート。陸君と仲良いんでしょ?期待してるわよ♡」

「俺やっぱお前の事嫌いだ」

「ふふっ、私もよ。覗き魔さん」

「ぐぬぬ……」


 ほんっっっといい性格してるよこいつ。


「ん?待て、俺のメリットは?まだ何も聞いてないんだけど」

「あんたの心が決まった時に私が何でも言う事聞いてあげるよ」

「え?」

「ん?」


 彼女は、さも当然でしょ?と言わんばかりに返してくる。

 

「いや俺の心が決まった時ってどういう事?」

「え?あんたまだどうしたいのか決まってないんでしょ?さすがにそんなすぐ決まるもんじゃないだろうし。それが決まったら私が全力でサポートする。つまり言う事を何でも聞いてあげるって事だけど……」


 どうしてそういう肝心な事だけは見透かして来るのかねぇ……。

 マジで倉橋君に対してだけはポンコツなのが痛い。泣ける。


「ちょ、何その可哀想な人を見るみたいな顔!?もー!またバカにしてるでしょ!」

「いや、してない。うん。お前にも良い相手が居るよ。きっと」

「嫌なアドバイスすんな!」


 そんなくだらないやり取りの末、俺達はお互いに手を差し出しあった。

 これから俺達は協力者同士だ。

 お互いの目的の為に──俺はまだ確かな事を決めきれていないが──やれる事をやろう。

 

「ま、成り行きとは言えあんたみたいなのが居て少し気持ちが楽になったわ。ありがとね」

「それは俺のセリフだよ。これからよろしく頼む」


 俺達はぎゅっと互いの手を握り締め、強く見つめあった。


「私こそ、これからよろしくね

「……!」

「……なによ」


 こいつ、ちゃんと俺の事認識してたんだな。


 俺は「何でもない」と言ってニッと微笑んだ。


「それじゃ帰ろうぜ、バ佳南」

「今何て言った!?ねぇ要さん!?」


 大事な幼馴染みを失った俺だが、やはりまだ拾う神は居るらしい。


 頼もしいのかただのバカなのか怪しい所だけど、それでもこいつが居れば前を向ける気がした。


 ──だからありがとう。佳南。

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