第5話 桜庭佳南の慈悲
「泣けるーーー!!!」
「お前、このクソみたいな話聞いて最初の感想がそれ!?」
桜庭さんは大袈裟な表現ではなく、本当に子供のように泣いている。
俺の話にそこまで感情移入してくれるのは嬉しいけどさ……。
「……長くなって悪かったな。とりあえず俺が幼馴染みを恨む理由は分かったか?」
「ぐすん……わ、分かったわありがと……でもこれ、私達よりヘビーじゃない?参考になるの……?」
変な心配する奴だなぁ……。
倉橋君からはモラハラばっかりで狂った女だとばかり聞いていたけど、案外根は良い奴なのかも知れない。まぁ動機も彼氏を想ってだしな。一応。
「十分参考になるさ。桜庭さんの感想は特に参考になった」
「私……諦めたくないって言っただけだけど……?」
ようやく涙を止めた彼女は、きょとんと可愛く顔を傾けている。
本当、残念なくらいに人の気持ちが分からない奴だな。良い意味でも、悪い意味でも。
「俺も諦めずにもう一回話してみようかなって思ったんだよ」
「!? あ、あんた本気?深い事情なんて無いって言ってたんでしょ……?」
「あぁ……でもやっぱりあいつにはあいつの事情があったかも知れないだろ。もう一度信じてみたいんだ」
「い、いやいやあんたが自分でもう信じられないって言ったんじゃない!?」
……分かってるよ。だけどあいつは俺の幼馴染みなんだよ。
本当は何か言えない事情があってあんな事したんじゃないかって思いたいんだよ。
ずっと、本当に物心がついた時からずっと一緒だったんだ。
この3ヶ月、何度も顔を合わせているのに一度も話をしてない。
いい加減しんどいんだ……。
もう一度話をしたら、俺はあいつを許せるかも──
「あんた、その幼馴染みの事許したいの?」
「!」
「言っとくけど、それ間違ってるからね」
「……」
俺は何も言い返せなかった。
と言うか、何で急にこんな本質を突いて来るんだよ。
倉橋君が病んでいた事には気付かなかったくせに……。
桜庭さんは言葉に詰まっている俺に追い討ちを掛けるように続けた。
「あんたはあんたの中にある、"好きだった幼馴染み"を汚したくないだけ。それに依存してるの。分かる?」
「そ、それは……!」
「そんであんたはそんな幼馴染みを許せないあんた自身を許せないでいるの。ったく、しょうがない奴なんだから──」
「!?」
俺と桜庭さんは少し離れた席に座って話し合っていた。
彼女はスッと椅子から立って、肩の辺りまで伸びたストレートの茶髪を揺らして俺の隣にやって来た。
そしてそっと手を伸ばし、俺の頭の上に乗せた。
「!」
「いい加減あんた自身を許してあげなさい。あんたは頑張ったわよ。ずっとその幼馴染みに対する言い訳を探してこの3ヶ月生きて来たんでしょ。だから私達に感想なんて求めて来た」
優しく、諭すような声で俺の頭を撫でる桜庭さんに、俺は心臓を締め付けられそうになりながらも否定の言葉を口にする。
「ち、ちがっ……お、俺は本当にマナを──」
「もう良いのよ。どんな素晴らしい事情があったって、警察沙汰にさせるような奴の事を許しちゃダメよ。あんた一歩間違えたら学校辞めてたんだし」
「……」
「ま、全部人の事言えないんだけどね。私も陸君を追い込んだみたいだし……」
お前は……お前はどうしてそんな風に俺の気持ちを当てて来るんだよ。
ついさっきまでポンコツも良いところだったろう。
なんて、そんな風に俺が思うのはきっと彼女の言葉がずっと俺が欲しかったものだったからだ。
俺はずっと無意識にマナを許す言い訳を探してた。
あんな事をされて尚、俺の心にはマナが居たから。
報復をするつもりだった。復讐をするつもりだった。
だけど駄目なんだ。
「俺……さ……」
「うん。なに?」
俺は頭を撫で続けてくれている桜庭さんの顔を見ないように俯いた。
すると、言葉に出来ずにいた感情が結晶となって彼女の膝元に落ちた。
「……俺、好きだったんだよ……!告白、ずっとしたかったんだよ……!!なのに、なのに何で……俺を……!!」
もう自分でも何を言っているのか分からないくらい頭が真っ白になっていた。
そして、桜庭さんはそんな俺の頭に腕を回し、優しく抱き締めてくれる。
「泣きなさい……きっとそれが今あんたに一番必要な事だから……」
「っ……あぁ……あぁああっっっ……!!!」
「たぶんあんたは私と同じなの。だからあんたの気持ちだけは私分かるような気がする。今だけは泣いて良いからね」
俺はずっと溜まっていたものを吐き出した。
辛い記憶も楽しかった記憶も全部。
文字通り子供にように──
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