第4話 高知要の幼馴染み②


 警察からの説明によると、何やら俺が万引きをしたとの通報があったらしい。


 窃盗があったのは2日前、盗られたらしいカメラの映像は荒く、誰が盗ったのかわからなかったらしい。

 ただ商品を盗ったという事実のみが残り、通報があった為に駆け付けた、と。

 

 当然俺はやってないって猛抗議したが、お袋に部屋を調べられ、俺のカバンからタグの付いたままの口紅が見付かった。現金にして10,500円。


 決定的な証拠が出て来てしまった為、その後俺は見事に御用となり、警察署へと連行された。

 時刻は午後7時。俺の人生で初めて本気で終わったと思った瞬間であった。


 その後の取り調べで話したのはとにかく俺は何もやってないという事だ。

 男の俺が化粧品を盗るなんて変だろ!?そう抗議もしたが、転売目的で盗む奴も最近は多いらしい。


 しかし事実として決定的な証拠上がっていたから警察が納得する事はなかった。


 ただ捨てる神が入れば拾う神も居た。


 何やら店側がきっちりと反省しているのなら商品を返してくれるだけで良いと言っているらしい。何の処罰も無しで学校にも報告の必要はないとな。


 それならば警察もこれ以上の介入はせず、お互いが納得行く形で終わらせても良いとの事で。


 家族に迷惑も掛からないし正直これ以上は望めない結末だろう。


 ……だったら俺のやれる事は一つだ。


「……すみません。本当は俺がやりました……ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした……」


 そして俺は誰かの罪を被って家へと帰った。


 家に着いてからはそりゃあもう大変だったよ。


 お袋にはめちゃめちゃ叱られたし、何があったのかの説明とかで俺が風呂に入る頃には日付が変わっていた。

 ただ、叱られたと言っても「どうして自分がやったって認めたんだい!あんたはやってないんだろう!誰に嵌められたの!?」って言ってくれたのが救いだった。


 親父は「生きてたらこういう理不尽もある。事なきを得たんだ、ひとまず今日はゆっくり寝なさい」との事だった。


 俺は結構家族に恵まれているのかも知れない。

 信じてくれる人達が居るってのはこんなにも良いものなんだな。


 俺はその日、初めて両親に泣きながら頭を下げた。

 心配掛けて悪かった、と。





 怒涛の1日を終え、俺は幼馴染みのマナに電話を掛けていた。


「……もしもし?今ちょっと良いか?」

『……えぇ、どうしたの?』

「ちょっと直接話したい事があるんだ。オオヤマまで来てくれるか?」

『……構わないけれど。すぐ行く方が良い?』

「頼む」


 どうやら彼女は、俺のいつもと違う感じを察してすぐ来てくれるようだ。

 ちなみに、オオヤマと言うのは近所にある公園の俗称だ。

 大きな山のような形をしており、その頂きからはこの町一番の夕日が見えるから、近場の奴は皆こう呼んでる。


 俺とマナはすぐにその公園の頂上で落ち合った。


「お待たせ、どうしたの?」


 昨日とは違い、息を切らせず冷静な彼女。


 俺はこれから彼女にある大事な事を聞かなくちゃならない。


 そして、その答え如何では俺とマナの関係は大きく変わるだろう。


 俺はこの短時間で出来る限りのオシャレをしてきてくれたマナの目を見て、微かに震える唇を開いた。


「……昨日、さ……俺んちに警察来てたろ……?」

「えぇ、驚いたわ。何があったの?」


 あくまでも冷静に、淡々と答えるマナ。

 俺は目を見ていられなくなり、伏せ目がちに言葉を続けた。


「……俺……捕まってたんだよ……任意同行だったけど、万引き……の疑いを掛けられて」

「……大変だったのね」

「……何とか事なきを得たけどな。店側も許してくれるってさ」

「あら、良かったじゃない?」


 あくまでも他人事のようにそう言うマナに、俺はついに決定的な言葉を口にする。


「……違う。俺はやってない。あの場では罪を被ったけど……なぁマナ、俺のカバンには昨日家を出るまであんなもの無かった。間違ってたら本当にすまん。だけどあれは──」

「あぁ、あの口紅?」

「……!」


 ……もうそれだけで全てを察してしまった。

 それくらい察してしまうくらいには俺達は関係を築いているから。


「本当、通報したら警察がすぐ来て驚いたわ。警察って案外暇なのかしら?私の将来の職業候補に入れておくわ」

「……」


 マナ……何で、何でそんな普通に喋ってんだよ……。

 お前のせいで俺は……!


「それで、カナメは私に何の用があって来たの?万引きの罪で学校退学になっちゃったとか?それとも私が犯人だって言えとか?後は謝って欲しいとか、かしら」


 まるでおちょくってでもいるかのようにペラペラと喋るマナに、普段の俺ならきっと怒りのままに言葉を並べ立てていた。

 だけど、人間あまりにも怒り過ぎると逆に冷静になるらしい。


「お前……おかしいよ……人に警察沙汰になるような事しておいて、何でそんななんだ……!?」


 小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた。

 それでも彼女の心の内が分からない事なんて当然何回もあった。

 だが、ここまでこいつの考えが理解出来ないのは初めてだ。


「あら、何かおかしい?私がやったって分かってて私を呼び出したんでしょ?お店も許してくれたんだったら隠す意味もないし、開き直ってあげてるんだけど」

「……なんで──」

「なんでって、私にとって都合が良いからに決まってるからじゃない」

「!」


 そう、昨日彼女が俺にずっとベタベタとくっついていたのは、あの口紅を俺のカバンに入れる為。

 そしてそのカバンに触れないように腕を取った。


「……あの口紅、お前が盗ったのか」

「……」


 彼女は一瞬下を向いた後、いつもの冷たい視線を向けた。


「そうよ。盗った後、やっぱり怖くてあなたにプレゼントしたの。通報までしちゃえばあなたは罪を被ってくれそうだし」

「……」


 気が付くと、俺は血が滲む程に拳を握り締めていた。


「俺は……ずっとお前を信用の出来る、最高の人間だって思ってたんだぞ……」

「えぇ、私もよ。今だってそうよ」

「親に迷惑を掛けたし、店の人にも頭を下げに行かなくちゃいけない」

「ごめんなさいね、私のせいで。助かるわ」

「……っ!!」


 俺は初めて本気で人の、それも女の子の顔面を殴ろうとしていた。


「それで気が済むならして頂戴」

「……!」


 ──俺の拳は寸前で止まる。

 

 こいつを今ここで殴ったって何も変わらない。

 今回の事で俺が何かを失った訳じゃないんだ。

 最初から何も起こらなかったのと、あまり変わらない。


 だけど、あまり変わらないのと、一つも変わらないのとじゃ違う。全然違う。


「あら、殴らないの?」

「……殴ったって何も変わらないからな」

「大人ね。もっとも、大人だったらあなたは今ここに居られないのだけれど」

「……」


 何故か挑発するようなその物言いに、少しばかりの疑問を抱きながらも、俺はマナに背を向けた。


「……本当にマナがやったんだな」

「えぇ。言い訳するつもりも深い事情もないわ」

「……そうかよ」

「……」


 俺は──


「お前は俺にとってずっと大事な幼馴染みだったよ。でも、もう俺はお前を信じられない」

「……」

「俺はこの事を忘れないぞ」

「……えぇ」


 そして俺は公園を後にした。

 全身に引っ掻き傷のような鈍い痛みを感じながら──




 

 ──舞台は"幼馴染みざまぁ"を見届けた直後の2年Fクラスの教室に戻る。



「泣けるーーー!!!」

「お前、このクソみたいな話聞いて最初の感想がそれ!?」

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