第3話 高知要の幼馴染み①


 俺、高知要には幼い頃から付き合いのある女の子が居る。


 彼女の名前は新京真那芽。

 高校2年生になった彼女は幼い頃の快活な印象からは少し離れ、落ち着いた大人の色気を身に付け始めていた。

 長い黒髪に、慎ましやかな身体は大和撫子を彷彿とさせる。


 性格だって真面目だ。少し行き過ぎるくらいには。


 それでも俺はそんな彼女の事が好きだった。

 口にした事は無いが、恐らく彼女も俺の事を──


 だからこそ昔から信じてた彼女が俺を貶めたあの日の事が俺には信じられずにいた。


 そう、あれはまだ2年生になる少し前、春休みの事だ──





「マナ、今日一緒に映画行かね?」

『そうね、今日は何も予定が無いし良いわよ』

「お前に予定が無いのはいつもの事だろ?ぼっちだし」

『あら、余計な事を言うならこのデートを断ってあげても良いのよ?』

「デ……!?」

『そ、デート』


 スマホに耳を当てながら電話の奥の相手の顔が浮かぶ。

 きっとニヤニヤと意地の悪い顔をしている事だろう。

 俺達がこんな風に軽口を言い合うのいつもの事だ。


『どうするの?』

「す……すみませんでした。対戦よろしくお願い致します」

『それで良いのよ』


 凄くご機嫌な声色でそう言ったマナは、絶対今めちゃめちゃ笑顔だ。

 それくらい分かるくらいには俺達は関係を築き上げている。


 マナは『それじゃ準備するから1時間後、駅前で』と言って電話を切った。


「良し、俺も準備すっか」


 男子の準備なんて本気を出せば5分も掛からない。

 だが今日はで、デートだからな。それなりに身だしなみを整えて行こう。


 いつもならご近所の俺達は家の前で集合するのに、マナが駅前で集合と言ったのもデート感を出す為だろう。いじらしいやつめ。


 とは言え、そんなに良い服なんて持ってないんだよなぁ……

 俺は結局いつも通り古着屋で買った黒色のMa-1に、これまた黒のスキニーを合わせた無難な服装に小さなカバンを持って外に出た。


 少し気合いを入れたとは言え、集合時間にはまだ随分早い。

 待ってる間、不思議とソワソワしながらただ彼女を待った。


 実は今日、マナを誘ったのには理由があった。


「今日こそ告白するぞ……!」


 そう、俺はこの幼馴染みという関係に終止符を打つ為に今日という日を選んだ。

 別に今日に意味はない。

 高校生になった頃からずっと告白しようとしては勇気が出ず今日を迎えただけだ。


 ドキドキと高ぶる胸を抑えていると、小走りでやって来たマナの姿が見えた。

 スマホで時間を確認すると、5分程集合時間から過ぎていた。


「ハァッ……フゥッ……ごめんなさい、お待たせしたわね……」

「いや、大丈夫だ。5分くらいでそんな焦らなくて良いのに」

「……駄目よ。日本社会で遅刻は許されないもの……」

「あー退勤時間は守られないのにな」

「あなた……労働なんてした事ないでしょう……」


 お前もだろ。


 軽口を言い合っていると、息を切らせていたマナはようやく落ち着いて来たようで、少しだけはにかんで俺に手を差し出した。


「さ、今日はあなたの誘いよ。私を見事エスコートしなさい」

「へいへい、お嬢様」

「ふふっ──」

「わっ!」


 俺がその手を取ると、ぐいっと強く引っ張られ腕を取られてしまう。

 俺の左腕がガッチリとマナの体に固定される。


「……恥ずかしくねーの」

「恥ずかしいわ。でも、幸せだもの諦めなさい」

「! 恥ずかしい事言う奴だな……」


 そう悪態はつくが、内心俺の心はドキドキしっぱなしだ。

 な?こんな事してくるもん。絶対俺の事好きだろ!俺も大好きだ!!


 そしてその幸せな時間は映画が終わるまでずっと続く事となる。


 映画を見ている最中もずっと手を握ってたし、俺の心臓は破裂寸前まで行っていた。

 当然、帰り道もずっとくっついていた。


 なんだよー今日は随分積極的だなぁ~。

 やれやれ、マナも俺からの告白を待っていたんだな~。可愛いやつめ!

 お前から言ってくれたらすぐOKしたってのに!


「カナメ……今日は楽しかったわ」

「俺も~!いやーマナと居ると時間が過ぎるのが本当早いのなんのって!」

「……本当にそうね……」


 俺はこの時まだ気付いていなかった。マナの真意に。


 俺達はお互いの家の前に着くと、ようやく離れてお互いに手を振った。


「マナ、今日はありがと。またな!」

「えぇ……また……」


 そうして俺は幸せなまま家へと戻った。


 ベッドの中に入ると、疲れからかすぐに睡魔が襲って来る。

 こういう時、俺は抗う事はしない。

 人間眠い時に寝るのが一番だからな。


 いやーそれにしても今日1日本当に幸せだった。

 ずっとくっついて、まるで恋人のように1日を過ごしてさ。


 ん……?あれ、何か大事な事忘れてるような……恋人──


「──告白するの忘れてた!?」


 最悪だ!!あんなに良い雰囲気だったのに!!

 やっちまった!!くそぉーーー!!

 幸せ過ぎて忘れるなんてなにやってなんだ俺ぇぇえ……!!


「死にたい……」


 ひとしきり後悔した後、ベッドにうつ伏せになる。

 しばらくそうやってじっとしていると、家の外が何やら騒がしい事に気付いた。


「ん……?」


 俺が部屋の窓からそっと外を見ると、何やら赤色のランプがチカチカとしている。

 え、あれ警察じゃね……?


 しかもパトカーから降りてきた警官がうちの玄関先へ向かっている。


 何だ……?何かの事件の聞き取りでもやってんのか……?


 ま、俺には関係ないだろ。もう一眠りしよ。

 俺には次の作戦を練らないといけないんだ。


 だが、お袋が俺を呼ぶ声が聞こえた瞬間、もうそんな事をする必要はなくなった。


『要っっ!!すぐ下に降りて来なさい!!!』

「!?」


 な、なんだお袋デカイ声出しやがって……!!


 俺は急いで玄関先へ向かい、お袋と警官達の前に出た。


 すると何人か居た警官の中でも先頭に立っている30代くらいの男が俺に警察手帳を見せてこう言った。


「高知要君だね。君には窃盗の容疑が掛けられている。少し時間を頂くよ」

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