第2話 幼馴染みざまぁされていかがでしたか?


「……」

「……」


 教室に入ってから5分が過ぎようとしていた。

 あまりにも長い5分だった。

 この先、少なくともこれ以上長い5分を感じる事はないだろうな。


 なぜこんなにだんまりを続けてるかって?

 

 聞きづらすぎるからだよ!!


 大好きだった彼氏にフられたばかりの女の子に掛ける言葉なんて、どしたん話聞こか?しかないだろ!?あれ、違う?違うか、これはヤリチンの発言でした。テヘッ。


 ……俺の脳はこんなくだらない事を考えるくらいには疲弊していた。


 ずっと言葉を探してるんだ。

 だけど見付からない。

 仕方ないだろう……だってあまりにも桜庭さんが儚くて、今にも消えてしまいそうだったから──


「……何が悪かったんだろ……」

「!」


 唐突に口を開いた彼女は、両手を胸の上に置いた。


「……私、胸大きいから手を当てても何が悪いか分かんないやぁ……」

「……」


 深く、沈み込んでいく両手を見ても興奮はしなかった。出来なかった。

 まるで自らの心臓をえぐり出して、倉橋君の言った言葉の意味を探そうとしているから。


 正直見ていられない程に痛々しい。

 だけどせっかく彼女から言葉を発してくれたのに、いつまでも黙っている訳にはいかない。


「……それで、今、どう思ってるんだ?」

「……」


 今度は桜庭さんの方が黙ってしまった。


 当然だ。

 彼女からすれば自分がフられる所を全然関係のない人間に覗かれて、果てはその感想を聞かれている。

 逆の立場なら一回殺している自信が俺にはある。


 桜庭さんは視線を落とした後、唇を微かに震わせた。


「……心中っ、お察し……してるんじゃ……なかったの……!」

「……!」


 彼女は床に涙を落とした。

 俺にはそれを少し離れた所から見ている事しか出来ない。


 俺は彼女の彼氏でも無ければ、同情を抱いている訳でも無いからだ。

 倉橋君の話を聞いていた俺には彼女に同情する事は出来ない。


 俺に出来る事は一つだけ。


「……ごめん、あれ嘘。分かる訳ねぇよ……自分の好きな相手に暴言吐きまくるような奴の事なんて」

「っ……!」


 俺の無遠慮な言葉に桜庭さんが俺をきつく睨んだ。


「あんたが陸君に変な事吹き込んだの……!?」

「え……!?」

「だからあんたが陸君の髪を切らせて、私の事をまるで仇みたいな目で見るような人にしたのって聞いてるの!!」

「ま、待て!お前は何か誤解してるぞ!?」


 まずいまずい!俺本気で酷い目に遭いそう!

 桜庭さんの殺気がマジでものすんごい!!


「そもそもあんたなんなのよ!!なんでここに居るの!?」

「そ、それは……」


 うん、これは彼女が正しい。


「それにさっきの会話!!全部聞こえてるし、大体私そんなに酷い事した!?」

「いやしてるよ。そこに関しては全部お前が悪いよ」

「うっ!!……うぅ……あぁ……ヤだよぉ……別れたくないよぉ……!!」


 げっ、今度は声出して泣き始めたぞ!?

 

「私……陸君が目立たなくなったらずっと私を好きで居てくれるって思っただけなのに……!どうして……どうしてよ……!!」


 床にペタんと座り込んで声を上げて泣く桜庭さん。

 座り込んだ瞬間舞い上がったスカートの中は覗いてないからね。


 それにしても……顔は文句無しに可愛いし、スタイルも抜群。勉強も出来て友達も多い。


 そんなパーフェクト美少女の内面が"彼氏が好き過ぎて人格否定したら一生自分だけを見てくれる"なんて思い込んじゃう残念なオツムをお持ちだなんてなぁ……。

 

 俺は桜庭佳南という女の子を大して知らない。

 2年になって同じクラスになっただけの、本当にただの知り合いだ。

 あ、向こうが俺の事を認識してるかは分からないけどね。悲し。


 さて、現在の俺の正直な感想は「参ったな……」と言ったとこだ。


 桜庭さんの感想なんて未練たらたら、別れたくないって感じだろうし、もうあんまり用は無い。

 ただ泣きわめいてる女の子を放っておくのも気が引ける。


 ……はぁ、仕方ないか。これは俺が撒いた種だ。


「……桜庭さん、倉橋君も言ってたろ?君の人の心を考えない物言いに彼は傷付いてたんだ。君も早く彼の事を忘れて──」

「無理っっっ!!!」

「……っ」


 桜庭さんは俺に強く叫んだ後、手をぎゅっと握り締めた。


「私陸君に謝るっ!今まで酷い事を言ってごめんなさいって!」

「……でもあいつにはもう……」

「それでもなのっ……!!」


 手の甲にぽつりぽつりと落ちる涙を見て、もう彼女に何も言えなくなってしまう。


「ちっちゃい頃からずっと一緒だったもんっ……こんなの惨めじゃん……私にだけ何も残ってないっ……きっとこうやって別れたって噂が広まって私……一人になる…………」


 尻すぼみに声が小さくなって行く桜庭さん。

 

 全く……そこまで頭が回るのにどうして倉橋君の気持ちには気付かなかったのやら……。


 俺は肩を完全に落として再び静かになった彼女に再び聞いてみる事にした。

 

「……今、本当にどう思ってる?」

「……わた……しは……」


 ──直感があった。


 きっと彼女は今から俺の欲しかった答えをくれる。


 俺はずっと欲しかったんだ。


 俺を裏切ったあの女に復讐をしても良いのか。

 

 一度は本気で好きになった相手だ。

 それでも傷付けて、貶めて良いのか。


 俺と彼女らとでは事情が少し違う。

 けれど共通点はある。


 だから教えてくれ。

 

 幼馴染みを捨てても良いのかを──


 桜庭佳南はこう言った。


「私はもう一度話をしたい……!あんな突然の別れなんて嫌だもん……!私、絶対諦めない!!」


 その瞳には強い意志が宿っていた。


 そうか……捨てられてもなお、もう勝ち目なんか無くても諦めないか……。

 それが聞けて満足したよ。


 俺はフッと微笑んで健気な乙女の表情を見せる桜庭さんに手を上げた。


「そっか……頑張れよ。桜庭さんの倉橋君との付き合い方に同情は出来ないけど、応援はしてるよ」

「──待ちなさい」

「ぐえっ!?」


 颯爽と立ち去ろうとした俺の首根っこを桜庭さんが掴む。

 キリキリと首が閉まっていってる……!


「ちょっ……なにっ!?」

「何帰ろうとしてるのよ。あんた勝手に覗いてたんだしもうちょっと責任取りなさいよ」

「は、はぁ!?」


 俺が振り向くと同時に首元から手を話した彼女。

 よくみると涙の筋は消えており、前を向いた明るい顔をしてるじゃないか。


 まずい……俺はさっき何としてでも逃げるべきだった。

 嫌な予感がする……あいつの──俺の幼馴染みと同種の嫌な笑みを浮かべている……!!


 桜庭さんは俺から離した腕を組み、その大きな胸元を強調させた。


「お願いがあるの。叶えてくれたら何でも一個言うこと聞いてあげるから……もうちょっと付き合って」

「……!」


 伏せ目がちに顔を赤くしてそう言う桜庭さんは、ハッキリ言って超エロかった。

 くそっ……倉橋君、君の元カノ外見だけはマジで良い女だな……!!


 思わずごくりと唾を飲んだ俺は、もう少しだけ彼女の話を聞いてみる事にした。

 決してやましい気持ちがあった訳じゃない。絶対だよ?


「お……お願いって……?」


 まぁ正直予想はつく。

 大方倉橋君との話し合いの場を設けてくれとかだろう。

 だが続く彼女の発言は俺の予想とは大きく異なっていた。


「わ、私と付き合って欲しいのっ……!」

「は???」


 思わず呆然としてしまう。

 あまりにも突拍子もない言葉だったからな。


「あっ……えと……本当に付き合って欲しいんじゃなくって……陸君に嫉妬して貰って少しでも意識して欲しいって言うか……」

「あー……そういう……」


 何で頭は良いのにコミュニケーションは苦手なんだよ……言葉足らず過ぎるぞ……。

 と、悪態はついてしまうが、モジモジする桜庭さんは可愛い。


 俺の幼馴染みも顔だけは可愛いんだけどなぁ……。


「……まぁ桜庭さんの言いたい事は分かったよ。だけどそれは無理だ。俺には俺で事情がある」

「! どうしてもダメ……?」

「うっ」


 上目遣いでおねだりしてくんな!可愛い畜生……!!


「だ、駄目だ。何でも言う事を聞いてくれるってのは魅力的だけど、こっちの事情は譲れない」

「……そう言えば、あんた何で私達の……覗いてたの?」

「あー……それは……」

「それは?」


 はぁ……言わない訳にはいかないか。

 彼女も当事者で、俺には彼女に払うべき責任のようなものがあるのも事実だろう。

 これくらいは仕方ない。


「俺も君らと同じように幼馴染みが居るんだけどさ、そいつをどうしたもんか悩んでたから覗かせて貰って参考にしようと思ったんだ。い、一応倉橋君には許可を取ってたからな?」

「ふーん……」


 訝しむような視線を向ける桜庭さんは、数秒悩んだ後急に頷いて、俺に人差し指を向けた。


「良し、ならその事情とやらを聞かせなさい。嫌とは言わせないわ」

「なっ……!」

「なに?文句があるの?あなた、自分の立場分かってるの?」

「くっ……」


 こいつ、急に強気になりやがって……。

 本当そういう所だぞ!

 あ、いや今回は俺が悪いんだけど。


「はぁ……分かったよ。話すよ」

「待ってました!」

「こいつ……」


 そして俺は彼女に語った。

 俺と幼馴染み、新京真那芽まなめとの話を──

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