幼馴染みざまぁを見届けた俺、自分も幼馴染みざまぁをしたかったので感想を聞いてみた。

棘 瑞貴

第1話 幼馴染みざまぁしてみていかがでしたか?


「僕達別れよう。君のモラハラのせいで僕は入院までしたんだ。もう十分だろ……それに僕には僕の事を好きだって言ってくれる人が既に居るんだ」

「……はい……?そんな急に……私何かした……!?なに?構って欲しいの……?」

「さよなら。君のやってきた事、自分の胸に手を当ててよく考えた方が良いよ」

「……っ!」


 うわぁー……本当にフったよあいつ……


 俺の目の前で繰り広げられて居るのはいわゆる"幼馴染みざまぁ"という奴だ。


 7月初旬の放課後の校舎、2年Fクラス。

 現在この場所には彼ら2人と、覗き見をしている俺の3人しか居ない。


 何やら彼らは幼馴染みという間柄らしく、長年付き合っていたが彼女──桜庭さくらば佳南かなみさんのモラハラが酷すぎて、彼氏──倉橋くらはしりく君の堪忍袋の緒がきれたという感じらしい。


 いやぁとても共感するものがあるね。

 ぜひ倉橋君にはこのまま幼馴染彼女さんをどん底まで突き落として欲しいものだ。

 そして彼女には諦めず喰らい付いて、ざまぁにざまぁを重ねて欲しい!!


 ……と、まぁそれは冗談としてだ。


 こんなモブの観察レポートのような事をしている俺だが、きちんと了承を得た上でこの状況を観察している。

 あ、でも倉橋君に許可を貰ったけど、桜庭さんには貰って無かったな。


 この後倉橋君が教室を出た後感想を聞こうと思ってたんだけど、出来れば桜庭さんの感想も欲しい所だ。


 言うなればモニ○リング。自分で言ってて悪趣味にも程があるとは思っている。


 それに倉橋君には事情を説明してあるから良いとして、桜庭さんに何て聞こう……


『自分がモラハラで追い詰めた彼氏に捨てられて今どんな気持ち?ねぇ今どんな気持ち??』って???


 聞ける気がしねぇー……


 ──だが俺には俺で2人に感想を聞いておかなくちゃならない理由がある。


『じゃあね』

『ま、待って!!もう一度話し合お──』


 ガララ、とやや立て付けの悪いドアが音を立てて開いた。


 出てきた倉橋君は少し顔の引きつらせしまっている俺の顔を見て、苦笑いを溢した。


「……約束とは言え、情けない所を見せちゃったね」


 本当に申し訳ない、って顔をしている。

 どちらかと言うと悪いのは俺なんだがな……


「倉橋君が謝る必要はないよ。むしろ俺の方こそ変な事頼んで悪かった」


 俺の謝罪に倉橋君は首を横に振って優しく微笑んだ。

 

「僕達幼馴染みに振り回された者同士じゃないか、そんな気を遣わないでよ。共通点の多いかなめ君とは仲良くなりたいんだからさ」


 高知こうち要、それが俺の名前だ。


 倉橋君とは2年になってすぐ、お互い幼馴染みの事で悩んでるという話で盛り上がり、仲良くなり始めている所だった。

 名簿順の席が前後だったのも大きかったな。

 我ながらなんちゅー話で盛り上がってるんだとも思うが、俺達2人からすれば大きな問題だったんだ。


 だから「僕、佳南ちゃんの事フるよ!!」と言い出した倉橋君にこんな"幼馴染みざまぁを見届けさせて欲しい"なんて頼みをしたのだが……


「……で、どうだった?見事フってみてさ」


 俺は恐る恐る聞いてみた。


 長年付き合った相手だ。

 いくら相手が酷くても、それだけの付き合いがあれば情の一つも有るかもしれない。

 無神経な発言だけに気を遣った聞き方をしたのだが……

 倉橋君の言葉を聞くと、そんな必要はこれっぽっちも無かった。


「それがね、すっごくスッキリしたよ!!よく新しいパンツをはいたばかりの正月元旦のような朝のようなって言うじゃん!?マジでそんな感じ!!」

「……お、おぉ……」


 倉橋君の熱意の籠った感想に思わず引いてしまう。


 お前声出けぇよ!まだフったばかりの相手が教室にいんだぞ!?


 だがそんな心配をよそに倉橋君は止まらない。


「いやぁ~……ほんっっとに僕耐えたよ!?入院するまで気付かなかった僕もどうかしてるけど、佳南ちゃんはもっとどうかしてるよ!!普通彼氏に『陸君はブサイクで息も臭いから人と喋ったりしないほーが良いよ』とか言う!?」

「い……いや言わんな。普通は」

「だよね!?」


 倉橋君はブレ○ケアを片手に持ちながら涙目になっている。

 うん。気持ちは分かるんだよ気持ちは。

 だけどもーちょっと俺の事考えてくんない?

 俺、この話聞かれたまま桜庭さんに感想聞きに行くんだよ?死にそうだよ馬鹿野郎。


「要君も早く幼馴染みの新京しんきょうさんだっけ?別れた方が良いよ!ストレスから解放されるって素晴らしいもん!!」

「あ、あぁそうするよ。ありがとう」


 倉橋君は俺の肩をバシバシ叩いて激励を送った後、スマホを確認して焦ったように声を上げた。


「うん。っとと!それじゃ僕はエミちゃんが待ってるからそろそろ行くよ!」

「そ、そっか。それじゃ倉橋君の感想は"ざまぁ最高!もう全部遅いんだよ!"でOK?」

「もちOK!!」

「りょ、りょーかい……ご協力感謝します」

「いえいえ!じゃあね!!」

「おー……」

 

 俺は満面笑みで走り去る倉橋君を見送った。


 あいつ、すっげぇ嬉しそうだったなぁ……


 まぁ倉橋君からすれば最高な気分になるのも頷ける話だ。

 彼からすれば、今まで自分を散々虐げて来た女を捨てて、ちゃんと自分の事を愛してくれて認めてくれる子が出来たんだ。

 それに最近の倉橋君はクラスの皆からの評判も良く、髪を切ったらイケメンになったとか言われている。

 確か倉橋君を認めてくれたエミちゃん──七宮ななみや絵美えみさんに切った方が絶対似合うよって言われたんだって言ってたな。


 これからの倉橋君にはさぞや素晴らしい高校生活が待ってる事だろう。

 モラハラ幼馴染みを捨てて、自分には素晴らしい人達が周りに出来て。


 羨ましい……そう思わないとは言わない。


 事実俺もあの女・・・に対しては、今目の前で起こったような事をしてやろうと思っている。


 だけど、それは彼女の感想を聞いてからでも遅くない。


 きっと俺は今から酷い目に遭う。

 彼女からすれば意味が分からない事この上ないからな。


 それでも俺は聞かなくちゃならない。

 人と人との縁を切る事の意味を、少しでも好きだと思った相手の事を捨てる意味を。


 酷い事をされた。信じていたのに裏切られた。


 ──それでもだ。


「……失礼します」


 俺は教室の真ん中で意気消沈としている桜庭さんにそう声を掛けながらドアを開いた。

 足音を極力殺し、このドアも出来るだけガタつかせない配慮もして。


 今考え得る全ての誠意を見せながら教室へ入った俺を出迎えたのは、夏なのに凍え切った空気と殺意とも呼べそうな雰囲気を放つ彼女。


 そんな彼女は俺の顔を見る事もなく、小さく呟いた。


「……ねぇ、大好きだった彼氏にフられて今どんな気持ちだと思う?」

「心中お察し申し上げます……」


 ……これ、絶対俺が言っちゃいけないセリフだろ。

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