ただひたすら剣を振る、天翔ける一撃に希望を託す。

「ふんッッ!」



 鉤爪の剛閃ごうせんを光剣で受け、返す刃で下から斬り上げる。

 が、キマイラは超反応でその身をさばき、俺の一撃は空を切った。


 いや、獅子頭のたてがみを剣先がわずかにかすったか。

 しかし、今のタイミングで避けられるとは――



「おっと」



 驚いている暇はない。光剣を振りぬいた直後の隙を狙って、三頭の蛇尻尾が牙を剥く。


 だが、俺は焦らずに対処する。蛇尻尾の動きを冷静に見極め、すべて斬り落とす。どうせすぐに自己再生するだろうけどな。


 キマイラは短い鳴き声を上げて、距離を取ろうと大きく跳び下がる。



「悪いが逃がさないぞ。長期戦に耐えられるほどの魔力は残っていないんだ」



 俺はすぐさま間合いを詰め、光剣で積極的に仕掛ける。

 そこから息つく間もない攻防戦がはじまった。


 荒れ果てた森の戦場を縦横無尽に駆け回り、数え切れぬほどの衝突を繰り返す。

 一撃を交わすごとに激風げきふうが吹き荒れ、草木が悲鳴を上げていた。



「がふッ!?!?」



 回避が間に合わず、鞭のようにしなった蛇尻尾をまともに喰らってしまった。

 一瞬のうちに十メートル以上もね飛ばされるが、気合で体勢を立て直し、靴底で地面を削りながら着地する。



「げほっ、ごほっ……ふぅ」



 激しく吐血した。今のはかなり効いたが、動けないほどのダメージではない。



「――お。蛇の尻尾が再生していない。よし、あいつもだいぶ消耗してきたな。傷が増えてきた」



 手の甲で口端の血を拭いつつ、喉を鳴らすだけで襲いかかってこないキマイラを眺める。

 自己再生能力も万能無限ではないようだ。いつからかはわからないが、傷の治りが悪くなっている。頭部を失った蛇尻尾もそのままだった。



「もうひと踏ん張り……いくか」



 眼前に光剣を構え直し、総身そうしんから闘気を解き放つ。

 それだけで魔怪獣は後退った。血まみれの右後ろ足を引きずっている。



「合成魔獣でも、足のけんが切れれば痛いよな」



 あとは左後ろ足だ。俺はキマイラに向かって歩いていく。

 こっちにくるなと言いたげにえているが足は止めない。



「グゥ……、ガァルアアアアアアッッッ!」



 キマイラが動いた。俺からは逃げられないと悟ったのだろうか。巨体を揺らし、一直線に迫ってくる。


 だが、相当ダメージを負っているようで、勢いがなく躍動感もない。

 怪我をした右後ろ足の影響か、速度もそれほど出ていなかった。



「……」



 俺はゆるりと光剣を振りかぶり、捨て身で突っ込んでくるキマイラを迎え撃つ。

 衝突は一瞬だった。すれ違いざまに左後ろ足の腱を断つ。

 ズシン! という大きな音を立てて、その巨体がついに倒れた。



「バ、バカなぁ!? 何をやっているキマイラ!! 立て、今すぐ立てぇぇええええ!!」



 俺たちの戦いを空中で観賞していたダンタリオンが叫んでいる。信じられないという顔をしていた。



「ああ、ありえない! 何が起きた? いつの間に形勢が逆転したというのだ?」

「気づいてなかったのか? キマイラの自己再生能力が低下していたことを」

「なん、だと? ……いや、しかしッッ」

「とにかく、お前はもう少し黙って見てろ」



 吐き捨てるようにそう言って、俺は光剣を大上段に振りかぶった。


 残った魔力のほぼすべてを黄金の刀身に注ぎ込めば、たちまち猛烈な光を放ち――天をくような極光の魔法剣が顕現けんげんする。


 灼熱する。灼熱する。灼熱する。膨大な魔力の奔流ほんりゅうが荒れ狂う。



「これで終わらせる……!」



 もはや逃げる素振りさえ見せないキマイラに狙いを定め、俺は最後の一撃に希望を託した。



「アーサー流"魔法"剣術――」



 頼むぞ魔法剣。俺の魔力でつくりあげたんだから、俺の言うことをちゃんと聞いてくれ。



「――奥義・【竜道りんどう】ッッッ!!」



 ざんッと。

 全力で振り下ろした魔法剣は、輝く黄金竜へと姿を変える。


 光の竜と化した斬撃はキマイラに到達し――体内に寄生していた小さな肉塊だけを撃ち抜いて、そのまま天高くへと昇っていった。


「なッッ!? ワタシの結界魔法を一撃で打ち破っただと!? この力は一体なんだ……!!」


 半球状の黒い天蓋てんがいにぽっかりと穴が開いており、そこから青空が覗いていた。

 ダンタリオンの張った結界魔法が音を立てて砕けていく。分厚い雲もあっという間霧散していく。



「くっ。この魔力反応――ジェシカ・デトーリか。ええい、忌々しい女だねぇ……!」



 ダンタリオンは自分の親指を嚙みちぎり、俺に背中を向けてブツブツ呟いていた。



「魔人ダンタリオン、次はお前の番だッ」



 気合で光剣をもう一度つくり、ダンタリオンに叫ぶ。

 いつ魔力が尽きてもおかしくない状況だ。でも、やるしかない。



「出でよ、繋ぐ世界の道標みちしるべ――【転移門サークル・ゲート】」



 しかしダンタリオンは俺を無視して、漆黒の渦を眼前に出現させる。



「逃がすかッ!」



 俺は光剣を振り上げ、ダンタリオンのもとへ駆ける。

 だが――



「悪いね、ギルバートくぅん。キミのことはまぁ……今回は諦めるよ。ワタシはまだ死ぬわけにはいかないんだ」



 ダンタリオンは最後にそう言って、転移魔法の中に姿を消した。

 わずかに遅れて、俺の光剣がその残滓ざんしを斬る。



「っ」



 思うように足が動かず、着地に失敗してしまった。

 と同時に、光剣が消えて無くなる。魔法剣を維持できるほどの魔力を供給できなくなったようだ。



「……そうか。これが魔力切れってやつか……」



 酷いめまいに襲われ、思わず片膝をついてしまう。手足が嘘のように重い。まるで自分の体じゃないみたいだ。



「ふぅ……」



 魔力切れ寸前だったことを悟られていたら、俺は今頃ダンタリオンに殺されていただろう。命拾いしたな。



「それより、あいつは無事か?」



 俺は最後の力を振り絞り、つい先ほどまでキマイラが倒れていた場所へ向かう。



「……生きてる。うまくいってよかった。やろうと思えばやれるもんだな」



 デュークは気を失っていたが、ちゃんと息をしていた。

 安心したのも束の間、どっと疲れが押し寄せてくる。



「はは、安心したら眠くなっ……て……」



 俺はデュークの隣に仰向けで寝転がった。照りつける太陽の眩しさに思わず目を細める。

 そして、俺の意識はそこで途切れた――……

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