ただひたすら剣を振る、友人たちの門出を見送る。
朝早く――
俺、リリアン、オーガスト、エリカ、リトナの五人はEクラスの教室に来ていた。
「……お世話になりました」
リトナは自分の机を名残惜しそうに撫でて、
「寄り道しちゃってごめんさい。いきましょう」
ゆっくりと俺たちの方を振り返った。
心境の変化があったのだろう。長かった髪をばっさり切り、昨日までとは別人のようになっていた。
「もういいのか?」
「はい、ギルバート君。あまり長い時間をかけると……つらくなってしまいますから」
そう言って、リトナは寂しげに笑う。
「……うぅ、リトナぁぁ」
「わっ」
抱き着いてきたエリカを受け止め、リトナは「エリカちゃん泣かないで」と背中をさする。
「こらエリカ。笑って見送ろうって、みんなで約束したじゃない。あたしだって我慢してるのよ」
「だってぇ……」
リトナの胸に顔を埋め、エリカは声を上げて泣き出した。
「あなたばかり、ずるいわ……!」
目に涙を浮かべたリリアンも彼女たちに抱き着く。
「オーガスト、お前はあの中に飛び込むなよ」
「ばっきゃろう! 言われなくてもわかってんよ!」
おいおい男泣きするオーガストの肩に手を置き、俺はしばらく彼女たちのことを見守っていた。
「さて、そろそろ行こうか」
頃合いを見て声をかけ、俺たちは教室を後にする。
校舎の玄関口を目指し、
「なんか嘘みたいに平和だよなぁ。あんなことがあったってのに、夢を見ていた気分だぜ……」
中庭で花に水やりをしている学院職員を見て、オーガストが小さく呟く。
「しょうがないわよ。わたしたちしか真実を知らないんだから」
「そりゃそうだけどよ」
「と、に、か、く、
とエリカが声を抑えて
オーガストは眉間にしわを寄せて押し黙った。
「あれからもう一週間か……」
七日間の学院閉鎖を経て、今日から授業が再開する。
急きょ臨時休校になった理由は、魔素溜まりの異常発達による魔物の大量発生ということになっている。あくまで表向きはな。
国の上層部から指示があったらしく、
まぁ、それも仕方のないことだ。魔道機関〈
そうなれば他国に付け入る隙を与えることになり、最悪戦争になりかねない。
それだけは何としても避けるべきだ。国の対応は理解できる。
「――あっ、ここまでで大丈夫ですよ」
言ってリトナは走り出し、校門の手前で俺たちの方を振り返る。
「これで、お別れなんだな」
「はい」
と、リトナが晴れやかな顔で頷いた。
「あなたなら、きっと優秀な治癒士になれるわ。元気でね」
「ふふっ。リリアンさんにそう言ってもらえると心強いです」
リリアンとリトナは笑い合い、最後に軽く抱擁を交わす。
「この学院から去っても、リトナちゃんはEクラスの仲間だからな! 応援してるぜ!」
「ありがとうございます。お互い頑張りましょうね、オーガスト君」
固く握手を交わし、楽しそうに話す二人。俺が知らないうちにかなり打ち解けていたようだ。仲のよさが伝わってくる。
「……リトナ、またすぐに会えるよね?」
「うん、会えるよ。同じ王都に住んでいるんだもの」
リトナは優しく言って、エリカをもう一度抱きしめた。リトナとは同室だったし、エリカはやっぱ辛そうだな。少し心配だ。
「みなさん……短い間でしたけど、本当にありがとうございました」
俺たちの顔を見回して、リトナが頭を下げる。
「私は来週からオル・ヴェーヌ大聖堂の修道会に入り、見習い
言いながら視線を横滑りさせるリトナ。彼女が望むその先には、真白の大聖堂が小さく見えている。
「一昨日、王都に着いたお母さんに初めて自分の気持ちを――自分の夢を伝えることができました。これも、みなさんのおかげです」
思い悩み涙していたリトナが、今はこんなにもやる気に満ちた顔で前を向いている。俺はそれが本当に嬉しかった。まぁ、寂しくもあるがな。
「……あの、ギルバート君。ちょっといいですか?」
リトナがちょいちょいと手招きしてきたので、俺は「どうした?」と近づいていく。
「ひとつだけ、私と約束してくれますか?」
「約束?」
「はい」
俺の耳元に顔を近づけて、背伸びしたリトナが小声で言う。
「将来、私が立派な治癒士なったら、その時は――――いえ、やっぱりなんでもありませんっ」
「え?」
右頬に軽く口づけされた。その事実だけは理解したが、突然のことに思考が停止する。
頬を赤らめ、恥ずかしそうに微笑むリトナの顔は、いつもより少しだけ大人びて見えた。
「あああぁぁ! リトナあなたっ、抜け駆けなんて酷いじゃない!」
叫びながらリリアンがすっ飛んで来て、俺とリトナの間に割って入る。
そしてどさくさに紛れて俺の顔を両手で挟み込み、キス顔で迫ってきた。
と、その時――
「ははははっ。キミたち、面白そうなことをしているね」
学院校舎の方から涼しげな女性の声が聞こえてきた。
「「え?」」
俺とリリアンは顔を見合わせ、ほぼ同時に振り返る。
「ボクも仲間に入れてもらいたいところだけど、あいにく今はそんな時間なくてね」
吹きつける朝の風に、彼女の内巻き髪がふわりと舞う。
そこにいたのは銀髪の女子生徒――リディエ・シルバーゴート先輩だった。
とりあえず俺たちはリディエ先輩に挨拶した。オーガストとエリカとリトナが緊張している。
……ああそうか。リディエ先輩は公爵令嬢で学院の生徒会長だし、面識なかったらこうなるよな。
「やあ、キミがリトナ・メルフィーだね」
「は、はい。そうです」
「先日の一件では大活躍だったそうだね。ララ先生がキミのことをとても褒めていたよ」
周囲には俺たち以外誰もいないが、リディエ先輩は気持ち声を抑えて言う。
「いえいえ、私なんてそんな……」
「謙遜するのはやめたまえ。キミのおかげで被害は最小限に抑えられたんだ。本当に、ありがとう」
言ってリディエ先輩は、深々と頭を下げる。
「せ、生徒会長さん!? どうか頭を上げてください!」
「ちょっとリディエさん!? 公爵令嬢のあなたがそんな簡単に頭を下げてはいけませんわよ! もしこんなところ誰かに見られでもしたら――」
リリアンが慌てて周囲に視線を巡らせる。動揺してお嬢様口調になっていた。
「……おっといけない。急ぎの用があったんだ」
しかし、リディエ先輩は特に気にした素振りも見せず頭を上げて、
「アーサー、そしてリリアン、キミたちをさがしていたんだ。二人を連れてくるようジェシカ学院長に頼まれていてね」
制服の襟を正しつつ、俺たちに向けて爽やかに微笑んだ。
◆◆◆
「ジェシカ学院長、二人をお連れしましたよ」
リディエ先輩に連れられてやって来たのは、学院敷地の南端にある裏門だった。
十分に立派だが、王立ルヴリーゼ騎士学院の顔とも言える校門と比べると見劣りする。
「おお、ようやく来たな。遅かったじゃないかリディエ生徒会長」
「はっはっは。よくそんなこと言えますね。いきなり【
「君のことだ、どうせ生徒会室で紅茶でも飲んでいたのだろう? 別にいいじゃないか」
顔を突き合わせる両者の間で、目に見えない火花が散っていた。二人とも笑顔だが目が笑っていない。……あれ? もしかして仲悪いのか?
ちなみに、【思念会話】は声に出さず直接脳に語りかける無属性魔法だ。術者の魔法練度によって話せる距離が変わるらしい。もちろん俺は使えない。
「……えっ、デューク?」
リリアンが驚いて声を上げる。
デュークは何故かジェシカさんに首根っこを掴まれた状態でぐったりしていた。
「あの、ジェシ――学院長? 彼が苦しそうなんですけど……」
「おお、忘れていた」
ジェシカさんはパッと手をはなし、デュークを解放する。
咳き込む彼の背中を「大丈夫?」とリリアンがさすっていた。
「君たちが見送りに来ると伝えたら逃げ出そうとしてな。やむなく足止めしていたというわけさ」
やれやれと首を振って、ジェシカさんはさらに続ける。
「デューク・ザナハークはね、今日をもってルヴリーゼ騎士学院を去るんだ。転校手続きも済ませてある。彼は来週から王都にある別の騎士学院に通うことになった」
「転校手続き? しかし、彼は停学処分だったはずじゃ――」
「これは自分で決めたんだ。ギルバート君」
俺の言葉を遮るようにデュークが言った。
そして立ち上がった彼は、俺の前まで歩いてきて――深く頭を下げた。
「迷惑をかけて、本当にすまなかった。もう僕の顔なんて見たくはないだろうから、このまま何も言わずに学院を去るつもりだったんだけど……いや違うな。君たちに会うのが怖かっただけだ」
「デューク……」
あのデュークが平民の俺に頭を下げている。試煉の森での事件を経て、彼なりに反省したのだろう。
「頭を上げてくれ。俺はもう怒ってない」
「ギルバート君……」
顔を上げたデュークの肩を軽く叩き、俺は親しげに笑いかける。彼はきっと大丈夫だ。もう同じ過ちは繰り返さないだろう。
「デューク」
俺をずずいと押しのけ、リリアンがデュークと向かい合う。彼女は優しい笑みを浮かべていた。
だが。
「っ……」
何故かデュークは顔面蒼白で震えていた。
と、次の瞬間――
「ぶふッ!」
突然、リリアンがビンタを喰らわせた。
デュークはわけもわからず尻餅をつく。
「ほんっとあなたは何やってるのよ! みんなに迷惑かけて! 心配かけて!」
「ひぃ!? ごめんリリちゃん!」
「あと部下を使ってアタシを誘拐しようとするとか最低! 女の敵!」
「そ、それはあの、すみませんでした……」
「フンッ。まあいいわ。今回だけは許してあげる!」
「……罰金刑だけで済んだのも、君の
深く、深く頭を下げるデューク。
リリアンはふっと表情を柔らかくすると、強引に彼の顔を上げさせて――そのまま抱きしめた。
「でも、無事でよかったわ……」
「……リリちゃん」
デュークは虚を突かれ、呆然としていたが、
「だめだよ。好きでもない男にそんなことしちゃ」
リリアンを回れ右させて、両手で前に押し出した。
「おっと」
俺はしっかりとリリアンを受け止める。彼女はすぐに離れるかと思ったが、遠慮がちに抱き着いてきた。
「ギルバート君、彼女のことをよろしくね」
そう言って微笑むデューク。彼はまるで、
四月の終わりの朝――俺は、友人たちの新たな門出を見送った。
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