ただひたすら剣を振る、そして俺は合成魔獣と戦う。(2)

「げほッ、ごほッ……!」



 水に濡れて重くなった制服の上着を脱ぎ捨て、乱れた呼吸を整える。

 顔を上げた俺の目に、一心不乱に向かってくる魔怪獣まかいじゅうが映る。やはり片翼を失った状態では飛べないようだ。



「…………」



 キマイラはもうすぐそこまで迫ってきている。

 が、俺は剣を構えて瞑目めいもくし、静かにその時を待った。



「ふッ――!」



 弾かれたように目を見開き、放たれた鉤爪かぎづめの一撃を受け――斜めにした刀身に滑らせ流す。


 けれどそれで終わりではない。キマイラは俺を切り裂かんと猛攻を仕掛けてくる。


 俺は後退しつつ鉤爪の軌道を全て見切り、壊れかけの長剣ロングソードでいなし続けた。攻撃を受ける度にピキッという嫌な亀裂音が聞こえてくる。



「はぁッッ!」



 ここで勝負に出る。少しだけ大振りになった剛脚をかいくぐり、獅子頭の首元に狙いを定めて剣を引き絞る。



「アーサー流剣術――雷剣らいけん……」



 だが、必殺の突きを繰り出そうとした瞬間、脳裏にデュークの顔がよぎり、剣を止めてしまった。

 その隙を見逃すキマイラではない。四足を素早くさばいて、蹴爪けづめの踵落としを叩き込んでくる。



「ッ……!!」



 間一髪だった。俺はなんとか反応し、下から斬り上げるようにして防ぐ。



「ぐぅッ!?」



 即死はまぬがれたが、状況は最悪だ。キマイラはその巨体を生かし、体重をかけるようにのしかかってくる。


 俺は温存していた魔力を一気に開放し、圧し潰されないよう身体能力を強化した。

 しかし、それでも徐々に両足が地面にめり込んでいく。壊れかけた剣が悲鳴を上げている。


 と、その時だ。



「っ――!?!?」



 三頭の蛇尻尾が噛みついてきた。

 無論、こんな状態ではどうすることもできない。首筋、左脇腹、右太ももにそれぞれ喰らいつく。



「力いっぱい噛みつきやがって。覚えてろよッ…………ん?」



 何故かはわからないが、急に頭上からの圧力が弱まった。

 今しかないと魔怪獣を押し返し、俺に噛みついていた三頭の蛇尻尾を斬り落とした。



「自己再生能力も高いのか。笑えないな」



 バックステップで一気に跳び下がり、完全再生した蛇尻尾を睨みつける。

 ひとまず窮地きゅうちを脱した俺は、下段に剣を構えてキマイラの出方を見る。



「……なんだ?」



 おかしい。キマイラは震えるばかりで襲いかかってこない。



「……タ、タス……ケ……」



 先ほどまでとは明らかに様子が違う。たどたどしい発音で必死に何かを伝えようとしている?



「……タス、ケ……テ……」

「っ!? お前、意識があるのか……?」



 俺は確かに聞いた。キマイラが口にした「助けて」という言葉を。



「――おいおい、せっかく盛り上がってきたんだ。冷めるようなことはしないでほしいねぇ」



 ダンタリオンの無感情な声が空から降ってきた。

 空中に浮遊していた奴はキマイラの隣に移動してきて、獅子頭のこめかみに手を当てる。



「キミに余計な感情はいらないんだよ? デュークくぅん」



 ダンタリオンがドス黒い魔力を注ぎ込み始めると、魔怪獣は全身を激しく痙攣させて苦しみ出した。悲鳴を上げてのたうちまわる。



「何をしているダンタリオン! やめろッ!」

「少し待っていてくれたまえ。すぐ、終わるからねぇ」

「ぐ……ッ!?」



 変だ。手足が痺れて力が入らない。

 今すぐにでも斬りかかりたいのに、身体が言うことを聞いてくれない。

 俺の異変を察して、ダンタリオンは「おやぁ?」と底意地の悪い笑みを浮かべる。



「アハハハハッ。邪蛇バジリスクの毒が回ってきたみたいだねぇ。なかなかキクだろう?」

「……毒、だと……?」



 急激に体調が悪化している

 視界も狭まり、目の焦点が合わない。



「これくらい、どうってことはない……!」



 それでも俺は何とか剣を握り直し、一歩ずつダンタリオンに向かって行く。



「興味深い! その状態でまだ動けるのか。大した精神力だねぇ。けど、無理はしない方がいいと思うよぉ?」

「……ッ」



 足がもつれて倒れてしまう。すぐに起き上がろうと力を振り絞るが、思うようにいかない。



「ほら言わんこっちゃない。もうすぐ終わるからさぁ、今は少しでも身体を休めておく方が賢明……んん?」

「影は鎖となりて地に縛りつける――」



 突然、詠唱を口ずさみながら目の前にリリアンが現れた。



「……はあ。あのさぁ、リリアンくん。キミはお呼びじゃないんだ。をわきまえたまえよ」

「【影縛鎖シャドウ・チェイン】ッ」



 魔人の言葉に耳を傾ける気はないと言わんばかりに魔法を発動するリリアン。

 すると影の鎖が次々に地面から突き出て、キマイラとダンタリオンの自由を奪う。

 だが、それで終わりじゃなかった。息つく間もなく次の詠唱に入る。



「万物凍てつく地獄の底で、犯した罪を悔い改めよ――【氷山牢獄アイス・べルグ・コキュートス】ッッ!」



 途端、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がり、見る見るうちに天をくような氷山が形成されていった。



「はぁっ、はぁっ……、ギルバート大丈夫?」

「ああ、なんとかな……」



 リリアンの手を借りて上体を起こす。

 ふと顔を上げると、彼女の肩越しに氷漬けになったキマイラとダンタリオンが見えた。



「すごいなリリアン。三節魔法も習得しているなんて知らなかった」

「奥の手ってやつよ。好敵手ライバルの貴方にまだ見せるつもりはなかったんだけど、まあそんなこと言ってる場合じゃないしね」



 リリアンはそう言って笑うが、汗ばんだ顔は幽鬼ゆうきのように青白い。立っているのも辛そうだった。三節魔法は強力だが魔力の消費も激しい。それほど余裕はないのだろう。



「だいぶ苦戦しているみたいね」

「まあな……うっ」

「きゃっ」



 立ち上がろうしてバランスを崩し、リリアンに倒れかかってしまった。



「ちょ、ちょっと、本当に大丈夫なの?」

「動けないほどの怪我ではないんだが、尻尾の蛇に噛まれてしまってな。全身に毒が回っている」

「毒!? それは大変です! 見せてくださいギルバート君!」

「この声は……リトナか?」



 どんどん視力が低下してきている。目を凝らしてもリトナの顔がよく見えない。

 ……気持ち悪い。吐き気と頭痛がきついな。



「ごめんなさいリリアンさん。少し手を貸してください」

「わ、わかったわ。で、どうすればいいの?」

「このまま横たえます。ゆっくり、ゆっくりいきますよ」



 彼女たちが俺を地面に寝かせてくれる。

 これはいよいよまずい。世界が酷く歪んで見えていた。

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