ただひたすら剣を振る、そして俺は合成魔獣と戦う。(1)

「ガルゥァアアアアアアアアアア!!」



 耳をつんざく咆哮が森を震わせる。酷い耳鳴りで吐き気がこみ上げてくる。

 しかし休んでいる暇はない。四肢を躍動させ、木々を薙ぎ倒し、魔怪獣まかいじゅうが襲いかかってくる。



「ッ……!」



 猛烈な突進を横に跳んで回避する。

 しかし――



「動きは単純だが、速すぎる……ッ!」



 その巨体に似つかわしくない機動力ですぐさま反転し、俺を喰い殺さんと飛びかかってくる。


 着地と同時に顔を上げると、キマイラは大きく顎を開いて迫ってきていた。

 これを避けるのは無理だと判断し、瞬時に防御姿勢を取って待ち構える。


 ギィィイイン!!


 凄絶な激突音が残響し、その衝撃で突風が吹き荒れた。

 長剣ロングソードが悲鳴を上げている。桁違いの一撃に耐え切れず、刀身に入ったがまた少し広がった。



「ッ――!?!?」



 勢いを殺せない。キマイラの牙を剣で受け止めた体勢のまま、後方に押し下げられていく。

 このままではまずい。頭ではわかっているが、圧倒的な暴力の前になすすべがない。


 ――と。



「かッ、は……!」



 不意に、強い衝撃と激痛に襲われ、意識が飛びそうになった。

 そのまま受け身も取れずに地面を転がっていき、気づけば木の根元に叩きつけられていた。



「っ……、」



 軋む体に鞭打って、剣を頼りに立ち上がる。

 そこでようやく自分の身に何が起きたのか理解できた。



「なるほど。アレにぶち当たったわけか。どうりで痛いわけだ」



 五十メートルほど前方に破壊された大岩が見えている。どうやらキマイラは俺もろとも大岩に突っ込んだらしい。でたらめな奴だ。



「あぁ、これは何本か折れてるな……」



 肋骨のあたりをさすって、口内にたまった血を吐き捨てる。

 致命傷ではないが、軽傷というわけでもなさそうだ。



「キマイラの姿が見えないな。あいつも頭から岩にぶつかったはず――」



 その時、悪寒が背筋を駆け上る。殺気だ。

 俺は言葉を途中で切り、すぐさま頭上を仰ぎ見る。



「……よそ見してると死ぬぞってか?」



 キマイラの姿は空にあった。低く垂れ込めた分厚い雲を背に竜翼を羽ばたかせ、悠然ゆうぜんとこちらを見下ろしている。



「完全に遊ばれているな。まぁ、このざまでは仕方がない」



 フゥと息を吐きつつ半身になり、剣の切っ先をだらりと下げる。



「せめて、この戦いが終わるまでは……もってくれよ」



 無数の亀裂が走る刀身を流し見て、祈るように呟く。

 傷だらけになった長剣がキマイラの凄まじさを物語っている。こんな状態になったのは初めてだ。



「どうだねぇ? ギルバートくぅん。ワタシのキマイラは強いだろう!」



 キマイラのすぐ隣に漆黒の渦が出現し、その中から白衣の魔人――ダンタリオンが姿を現す。耳障りな高笑いが聞こえてくる。



「……ああ、今まで戦った魔物の中で一番なのは間違いない」



 俺はダンタリオンを睨み上げながら言う。

 キマイラは脅威ランクAのキンググリズリーを遥かに凌駕する強さだった。



「それはそうさぁ! キマイラはワタシの最高傑作ッ。脅威ランクはS――否ッ! 最高ランクのSSにも届きうる魔物なんだからねぇ!」



 耳障りな高笑いが静かな森に響き渡る。



「さあキマイラ、もうちょっと遊んであげなさい。簡単に殺しちゃいけないよ? すぐに終わったらワタシが楽しめないからねぇ。アハハ!」



 突如、キマイラが荒々しい雄叫びを上げる。それだけで大気が震え、凄まじい雷鳴が轟いた。



「……このままじゃ死ぬな」



 急に降り出した雨に打たれながら、俺は誰に言うでもなく呟いた。確かにキマイラは強敵だ。それは間違いない。


 だが、それ以上に俺の動きが悪い。剣に迷いがあるせいで、本来の実力を出し切れていなかった。



「でも、どうすればいいんだッ。俺がキマイラを倒したら、デュークも……!」



 静から動へ。残像を置き去りにして、キマイラが空から降ってくる。

 いまだ気持ちの整理はついていない。しかし、負けるわけにはいかない。


 俺は歯を食いしばり、刀身に魔力を注ぎ込んだ。瞬間、金色の魔光波オーラが息を吹き返す。刃文はもんが妖しく燃え上がる。



「はぁああああッッ!」



 流星の如き突進を受け――流す。

 キマイラは勢いそのままに木々を倒して進み、小さな滝に頭から突っ込んだ。


 耳を覆いたくなるような大音響と共に森が揺れる。水飛沫みずしぶきがすぐ近くまで飛んできていた。



「はぁ、はぁ……!」



 震える膝に手をつき、肩で呼吸を繰り返す。

 思ったより肉体へのダメージが大きい。だいぶ足にきている。


 だが泣き言をもらしている時間はない。

 俺は長剣を腰だめに構え、えぐれた地面を駆けていく。



「ガルォオォオォオオオン!!」



 崩壊した滝の中から顔を出し、キマイラは飛び立とうと竜翼を広げた。



「もう思い通りには飛ばせないッ。アーサー流剣術――」



 走る速度を維持したまま跳び上がり、右肩に担ぐように剣を振りかぶる。



火剣ひけん・【裟斬華さざんか】ッッッ」



 研ぎ澄まされた剣は火華を散らし、右の竜翼を斬り落とした。

 片翼を失い、空中でバランスを崩したキマイラが、滝つぼに落下する。



「くっ」



 溢れ出した水が波のように押し寄せ、着地した瞬間その流れに巻き込まれてしまう。咄嗟に動けぬほど俺は消耗していた。

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