ただひたすら剣を振る、怪しき白衣の魔人が嗤う。(1)
飛び回るクレイヴブラッドを次々と斬り落とし、着地すると同時に剣を横一閃してスケルトン二体をまとめて薙ぎ払う。
「ふぅ……」
俺は大きく息を吐いて、右頬に浴びた返り血を手の甲で拭った。むせかえるような血のにおいに気が
「魔力の消費が激しいな」
刃引きした剣の切れ味を鋭くするため、刀身に絶えず魔力を注ぎ続けている。そのせいで俺の魔力量はもう半分近くまで減っていた。
そしてそれは、リリアンや他の生徒たちも同じ。余裕のある者は誰一人としていなかった。
「だが、もう一息だ」
俺も数多くの魔物を討ち取ったが、リリアンをはじめクラスメイトたちも頑張ってくれた。俺が言うのもなんだが、みんなやればできるんだ。
「ローズブラッド流剣舞――【
隣にリリアンがやってきた。超高速の三連刺突がクレイヴブラッドを撃ち落とす。
「さがしたわよギルバート。あなた、こんな遠くまで来ていたのね」
「ん? ……言われてみれば、みんなの姿が見えないな」
「当たり前でしょ。だいぶ離れてるわよ」
「片っ端から魔物を倒して回っていただけなんだが……」
「まぁ、あなたが頑張ってくれたおかげで助かったけどね」
「ならよかった。で、被害状況はどうだ?」
「怪我人はいるけど、みんな無事よ」
すかさず彼女と背中合わせになり、魔物を倒しながら会話を続ける。
「そうか。なんとか耐え抜いたな」
「……ねえギルバート、変だと思わない?」
「? どうした」
俺とリリアンはすれ違い、迫りくるスケルトンを斬り伏せた。
今のが最後の二体だ。これでひとまず魔物は
「これだけ大きな騒ぎになっているのに、どうして誰も助けにこないのかしら」
確かに妙だ。目の前の魔物という脅威に頭がいっぱいで考える余裕もなかったが、かれこれ四十分近く戦い続けている。
ここは森の最奥部ではなく入口付近。門扉の前に立っていた正騎士たちが、この異常事態に気づかないはずがない。
そう思った瞬間――ぱちぱちぱち、と。どこからか手を叩く音が聞こえてきた。
「素晴らしいぃ! あれだけの魔物を相手に死者が出ないとはねぇ。いやはや、君たちのことを過小評価していたようだ」
フランツだった。奴は肩を揺らして笑っている。
「あっ、そうそう。助けを期待しても無駄だよぉ?
俺は一歩前に進み出て、フランツを睨みつける。
「どういうつもりだ! 他の生徒たちを巻き込んで……それでも学院の教師か! お前は停職処分の原因になった俺に恨みがあるんだろう!」
「学院の教師ぃ? 君に恨みぃ? ……ふはっ、あははははは!」
何がそんなに面白いのか。フランツはまた笑い出す。
こいつはどこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ。
ギュッと握りしめた拳が怒りで震えた。
「ああ、ごめん。そうだよねぇ。君たちからしたら、突然フランツ先生が
「…………何が言いたい」
「本物の"フランツ・アルニム"はすでに死んでいる。ワタシはあの男から
奴がそう口にした瞬間、白衣に包まれた
気づいてしまった。フランツは、いやフランツの皮を被ったこいつは――おそらく人間ではない。
「ヒヒッ、いいねぇ! その顔! ゾクゾクするよぉ」
「……お前、魔物なのか?」
「魔物? アッハハハハハハ! そんな低劣な存在と一緒にしてもらっては困るねぇ。ワタシはれっきとした人間だよ。否、元人間と言うべきか。キミたちとは生物としての格が違うんだ。我々は研究の末、"
魔人、だと? 聞いたことがない。ただ、こいつが人間でも魔物でもない、未知の気配を放っていることは確かだった。
「それなら目的は……あたしたちを襲う理由はなんだって言うのよ!」
叫びながら一歩踏み出し、リリアンは
「ククク……いい質問だねぇ。わざわざ答えてやる義理もないが、まあ冥土の土産に教えてやろう。キミたち二人だけ特別だぞぉ」
顔面に爪を立てた手を食い込ませ、フランツの――借り物の顔を歪めて
俺は今まで感じたことのない恐怖に息を呑む。
「ワタシは魔道機関〈
「奈落の叡智、ですって……?」
力のない、弱々しい擦れ声だった。咄嗟にリリアンの方を見ると、彼女は信じられない面持ちでダンタリオンを眺めていた。
「リリアン、何か知っているのか? 奈落の叡智ってなんだ?」
俺がそう問いかけると、リリアンはごくりと喉を鳴らして、
「……奈落の叡智っていうのはね、危険な思想をもった魔法士たちによる闇組織よ。彼らは深淵に近づきすぎたことで理性を失い、〈
「若いのによく勉強しているねぇ。だが、大いに間違っている点があるぞ……」
ダンタリオンの顔から笑みが消えた。右の瞼が激しく痙攣し始める。
「異端認定されて追い出されたぁ? 誰だね、そんなくだらぬことを言いふらしているのは。魔法教導会からは我々が、自らの意志で、脱退したのだ。そこを履き違えてもらっては困るよぉ」
糸目のように細い目が、ギギギと開かれていく。白目と黒目が反転した瞳だった。
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