ただひたすら剣を振る、授業を受けに試煉の森へ行く。

 あれから一週間が経った。


 デュークのもとに出向いて話をつけようと息巻いていたが、残念ながらいまだ解決には至っていない。


 彼は今、資料室での騒ぎが理由で二週間の停学処分を受けている。なんとも歯がゆいが、停学が明けるまで待つしかない状況だった。


 また、フランツ先生――いやフランツもBクラスの生徒たちをたきつけたとして、一ヶ月間の停職処分を受けているらしい。まあ自業自得だな。


 ザナハーク侯爵家とアルニム伯爵家から学院に苦情という名の圧力がきたらしいが、それでも学院長のジェシカさんは処分を取り下げなかったそうだ。


 俺たちにはそんなところ見せなかったが、あんなに怒っているジェシカさんは初めて見たとノーラ先生が言っていた。きっとその影響もあるのだろう。あっという間に処分が決まった。



「おーい、ギルバート。なにボーっとしてんだ?」



 オーガストが俺の顔の前で手を振っている。

 いけない。また考え込んでしまった。最近どうもダメだ。無理して明るく振る舞っているリリアンが頭にちらついて授業に身が入らない。



「ああ、すまない。で、なんだ?」

「いや、なんだってお前……二限目の授業は野営基礎アウトドアだから移動するんだよ」



 席に座ったまま視線を横滑りさせると、続々とクラスメイトたちが教室から出ていく。



「そうだったな。すぐ準備する」

「お、落ち着け。今日の授業は教科書も荷物になるから必要ないぞ。持っていくのは剣だけだ。試煉しれんの森には魔物が発生するからな。まあ先生が倒してくれるけどよ」



 オーガストの言葉に、俺は取り出した教科書をまた机の中に戻す。



「ギルバートさん大丈夫? 一週間ほど前から様子がおかしいけど。顔色も悪いし」

「心配です……。具合が悪いようでしたら、回復魔法をかけてみましょうか?」



 エリカとリトナがオーガストを押し退けて顔を出す。



「いや問題ない。それより早く移動しよう。俺のせいで遅刻してしまったら、それこそ具合が悪くなりそうだ」



 明るい口調で言って、先導するように歩き出す。さすがにあからさま過ぎただろうか。だが、あまり暗い顔もしていられない。


 それから俺たちは校舎を出て中庭を通り、広大な学院敷地の東に位置する巨大な区画エリア――試煉の森に辿り着いた。



「遅くなってすみません」



 エリカが四人を代表して、門扉の前に立つ正騎士せいきしに言う。

 高い鉄柵に囲まれた試煉の森には北と南にある門扉からしか出入ではいりできない。



「はい、一年Eクラスの学院組章クラスバッジを確認しました。君たちはちょっと急いだほうがいいかもね。授業はじまっちゃうよ」



 若い男性正騎士が森の中に視線をやる。優しそうな見た目をしていた。



「ありがとうございます」



 エリカのあとに俺たちも頭を下げ、先を急ぐ。

 まだ授業開始のチャイムは鳴っていない。が、一刻の猶予もないはずだ。



「うげっ、昨日の夜に雨降ったから結構ぬかるんでるな――あ」

「きゃ!? ちょっと何してくれてんのよオーガ! あんたが水溜まり踏み抜いたせいで泥水かぶっちゃったじゃない!」

「へへっ……わりぃ」

「あぁもう最悪……ほんとにバカなんだから」

「っ。なんだよ、俺だって好きでやったんじゃねーよ!」

「は?」

「あ?」



 また始まった。わーぎゃー口喧嘩しながら、二人はさらに走る速度を上げる。

 こうなったら何を言っても無駄だ。気が済むまでやらせたほうがいい。

 俺はリトナと顔を見合わせて苦笑した。



「ふぅ、着いたな」



 踏み固められただけの土の道を進んでいくと、ひらけた草地に出た。ここが野営基礎の屋外授業を行うところだ。来るのは今日で三回目になる。


 前回、前々回の屋外授業はみんなで森の中(入口付近。奥部は魔素濃度が高いので強力な魔物が発生する)を散歩した。生育している木々や草花が故郷の森とはまるで違うので楽しかった。



「っ……!?」



 その時、俺のすぐ横を一陣の風が通り過ぎる――否、風のように駆け抜けていったのは金髪縦ロールだった。



「はぁっ、はぁっ……。なん、とかっ、間に合っ、たようね……!」



 膝に手をつき息を整えると、リリアンは乱れた髪をかきあげる。

 そんな仕草でさえ美しく、思わず見惚れてしまっ……いや待て、そうじゃない。



「リリアンお前……何やってんの?」



 ジト目でそう問いかけた瞬間、授業開始のチャイムが鳴った。

 リリアンはただニヤリと笑って、何も答えず前を向いた。



「おはよう、一年Eクラスの諸君。全員揃ってるかー」



 古びた資材小屋からマルクス先生が出てくる。両肩に何本もの斧を担いでいた。


 そういえば、今日の授業は学んだ野営技術を実際に体験してみるんだったな。となると斧は薪割り用か。



「いてて……」



 生徒たちの前に担いできた斧をおろし、マルクス先生は腰をぐぐーっと伸ばす。

 言ってくれれば手伝ったんだがな。無理はしないで欲しい。



「じゃあ授業をはじめるぞー。まずは五人グループを……」



 生徒たちの顔を見回していたマルクス先生の動きが止まる。



「んん?」



 マルクス先生は目をこすり、しまいには首を捻った。



「……なあローズブラッド。どうしてAクラスのお前がここにいるんだ?」



 その言葉にEクラスの生徒たちが一斉に振り向く。

 だがリリアンは堂々としていた。胸を張り、喉の調子を整えてから、



「クローディア先生と話し合った結果、一日一回だけEクラスで授業を受けていい権利を手に入れました。ですのでマルクス先生、あたしのことはお気になさらず」

「ふーむ? クローディア先生からそんな話は聞いていないが……まあ、お前が言うならそうなんだろう」



 マルクス先生は腑に落ちない顔をしていたが、最終的にはなんか納得していた。

 さすが学年首席。先生からの信頼が半端ない。



「うっし。一人多いが全員出席、と」



 出席簿を開き、マルクス先生が記入しながら言った――まさにその時。



「……何者だ?」



 マルクス先生は出席簿を投げ捨て、腰に下げた剣の柄に手をかける。

 突然のことに生徒たちが動揺していた。何が起きているのかわかっていない。



「リリアン」

「ええ」



 俺とリリアンはマルクス先生が睨む先、暗い森の奥へ鋭い視線を向ける。

 魔物のものではない、しかし人の気配でもない、得体の知れない気配が俺たちのもとに近づいてきていた。



「――やあ、マルクス先生。私だよぉ」



 草花を踏み潰し、白衣の男が現れた。口元には不自然な笑みを貼りつけている。

 それを見た瞬間、何故かはわからないが背筋に冷たいものが走った。

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