ただひたすら剣を振る、帰り道リリアンの苦悩を知る。
「わぁー、見て見てギルバート! 満天の星よ!」
リリアンは真上を指差して声を弾ませる。
道場を後にした俺たちは肩を並べて歩いていた。
時刻はすでに二十一時を過ぎている。夜の学院は静かだ。
「あたし、こんなに綺麗な星空は初めて見たかも!」
「…………そうだな。綺麗だな」
ぶっちゃけ実家で見た星空のほうが綺麗だったが、さすがに今そんなことを口にするのは不粋だろう。喉まで出かかった本音をぐっと呑み込んだ。
「もうちょっと声を抑えてくれないか? こんな時間に俺たちが一緒にいるところを誰かに見られたら大変だ」
「うーん、気にしすぎだと思うけど。ま、バレたらしょうがないわよ。その時は責任取ってよね」
リリアンが笑いながら俺に寄りかかってくる。歩きづらい。
「思ってもいないことを言うな」
俺は逃げるように歩く速度を上げる。
しかし、リリアンは「待ちなさいよ」とすぐに追いついてくる。
「……そういえばあなたに
リリアンは何かを探るように俺の顔を覗き込んでくる。
「ああ、言ってなかったな。実は放課後――」
別に隠すことでもないので全部話した。いつもより帰りが遅くなってしまったのは生徒会室で紅茶とお菓子をご馳走になっていたからだ。
「なるほど、そういうことだったのね。それにしてもあなた、厄介な先生に目をつけられてしまったわよ。裏でデュークと繋がっているみたいだし……気をつけなさい」
「気をつけろと言われてもな」
「まあとにかく、何かあったらあたしを頼りなさい。いいわね、リディエさんじゃなくて、あたしを頼るのよ」
有無を言わせぬ迫力があったので、俺は「わかった」と頷いた。
……どうして二回言ったんだろうな。
「で、生徒会はどうするの?」
「断るつもりだ。返事は急がないから少し考えてみてくれと言われたが……なんせ、まだ入学したばかりだしな」
ため息を吐いた俺は、リリアンの顔を見てさらに続ける。
「それに一年には、俺より生徒会に相応しい生徒がいるだろ? なあ、学年首席のリリアン・ローズブラッドさん」
とびきりの笑顔でリリアンの肩に手を置いた。
そもそも生徒会なんてガラじゃないし、次リディエ先輩に会ったらリリアンを推薦しようと考えている。
だが。
「あれ、聞いてないの? あたしはもう生徒会に入っているわよ。リディエさんから入学前に誘われていたからね」
「……え」
「彼女とは昔馴染みなの。社交界の夜会で顔を合わせているうちに仲良くなってね。幼馴染、みたいなものかしら。あとデュークもそうね。子どもの頃はあんなにひねくれた性格じゃなかったんだけど……」
リリアンは「貴族って案外狭い世界なのよ」と苦笑していた。
「そう、だったのか……」
困った。俺の代わりにリリアンを生徒会に差し出す作戦が使えなくなってしまった。
「? 何よ、やけに残念そうだけど」
俺は頭を振って気持ちを切り替える――よし。
「にしても、どうしてリディエ先輩はEクラスの俺なんかを勧誘してきたんだ? 生徒会は人材不足なのか?」
「人が足りていないわけではないけれど……まあ少し事情があってね」
ふと口にした疑問にリリアンが答えてくれる。
「事情?」
「ええ。引っ越してきたばかりのあなたは知らないかもしれないけど、二年ほど前から王都の街で行方不明事件が続いていてね」
辺りを警戒するように視線を飛ばしながら、リリアンは俺に顔を近づけて話を続ける。
「これはまだ生徒会役員にしか知らされていない情報なんだけど……先日、ついにルヴリーゼ騎士学院に通う生徒の中から被害者が出てしまったらしいわ」
そんな事件があったなんて知らなかった。
「危険だから生徒会はこの件に関わるなって学院長――ジェシカさんから言われているみたいだけど……ただ、リディエさんも正義感の強いお人だからね。実力のある生徒を勧誘して回って、自警団を結成しようと動いているのよ」
「犯人はまだ捕まっていないのか?」
「そうなのよ。騎士団にいる兄さまたちも手がかりすら掴めないって嘆いていたわ」
そういえばリリアンの兄も正騎士だと言っていたな。父親も元騎士団長で今は騎士団の指南役を務めているそうだし、やっぱ剣の名門と呼ばれるだけあってすごいなローズブラッド家。
「……不気味な事件だな」
犯人逮捕どころか手がかりすら見つからないのは奇妙だ。
神隠しってわけでもないだろうし、この王都のどこかに犯人が潜伏しているはだが……ん? ちょっと待てよ。
「なあリリアン、答えたくなかったら答えなくてもいいんだが……」
はたと立ち止まり、一拍置いてから言葉を継ぐ。
「もしかして入学式前にお前が撃退した暗殺者たちって、行方不明事件と何か関係があるんじゃないのか?」
俺が思い浮かべているのは路地裏で共闘した時のことだ。
リリアンはリーダー格のフードを取り、そいつの顔を見た瞬間――明らかに動揺していた。
「…………」
リリアンの足が止まる。
そして数秒の沈黙の後、彼女は俺の方を向いた。
「これはあたしとデュークの問題だから、あなたを巻き込みたくなかったんだけど……そんなこと言ってられないわよね。もうかなり迷惑かけちゃってるし」
リリアンは困ったように「あはは」と笑い、大きく、息を吐く。
「路地裏で襲ってきた連中は、行方不明事件とは無関係だと思うわ。あたしがフードを取って顔を見た男のこと……覚えてる?」
「ああ。驚いた顔してたよな」
「やっぱり気づいてたんだ。その男ね、デュークの護衛として雇われていた傭兵なの。だから、」
俺は学食での一幕を思い出していた。あの時は俺もみんなもそれどころではなかったが、確かにリリアンは護衛の傭兵についてデュークに尋ねていた。
「あいつらにあたしを殺さず連れてこいって命令したのは――たぶんデュークだと思うわ。本当に、何を考えているのかしらね」
今にも泣きだしそうな笑顔に胸が痛くなった。
「ねえ、ギルバート。あたし……どうすればいいのかな?」
震える声で言うリリアンを優しく抱き寄せる。
「リリアン、一人で抱え込んでいたんだな……」
やるしかない。デュークとの問題は早々にケリをつける。部外者は出しゃばるなと言われるかもしれない。だが、こんな状態のリリアンを放ってはおけなかった。
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