ただひたすら剣を振る、小鬼討伐の課題を出される。(2)
「いやっ、いやぁあああああ!?!?」
もはや剣術になっていない。耐え難い恐怖によりパニックを起こしていた。
俺はリトナのもとへ走り出し、長剣を腰だめに構える。
「それはいけないねぇ! ギルバート・アーサーくぅん!」
次の瞬間、燃え盛る炎の矢を三本――視界の端に捉えた。こちらに向かってきている。
「ッ……!」
俺はその場で急停止し、飛来する炎の矢を斬り落とした。これは魔法の矢だ。
「課題の手助けは認めないよぉ?」
「しかし!」
「落ちこぼれのEクラスとはいえ、君たちはこの
フランツ先生を取り囲むように何本もの炎の矢が燃えている。
俺がリトナを助けようと動けば、またあの魔法で妨害してくるだろう。
「……先生! アドバイスするぐらいなら問題ありませんよね!」
エリカの声だった。横を向くと、課題を終えた彼女と目が合った。
「アドバイスぅぅうう?」
フランツ先生が片眉を上げる。
「はい。フランツ先生のおっしゃる通り、わたしたちEクラスは落ちこぼれですから。他のクラスと同じようにはいかないのです。認めていただけませんか?」
睨み合うエリカとフランツ先生の間に沈黙が流れた。
「……ふんっ。はいはいわかったよぉ。勝手にすればいい」
「ありがとうございます!」
エリカが頭を下げる。一拍遅れて俺も頭を下げる。
「ギルバートさん」
「ああ」
顔を上げ、頷き合った俺たちは、回れ右をしてリトナの元へ急ぐ。
少し目を離していた間に第三教練場の隅に追いやられていた。
「いいかい? 手を出したら問答無用で減点にするからねぇ!」
背中でフランツ先生の言葉を聞きながら駆けてゆく。
素早く周囲に目を配ると、すでに半数以上の生徒が課題をクリアしていた。
「リトナちゃんの様子はどうだ? いけそうか?」
課題を終えたオーガストが合流する。顔に紫色の返り血を浴びていた。
「……今のままだと厳しいな」
俺がそう返すと、オーガストの表情が暗くなった。
「リトナ! 俺の声が聞こえるか? まずは落ち着け!」
近づきすぎぬよう距離を取りながら、俺はリトナに向かって叫ぶ。
「い、いやっ! もうやめて!!」
……やはりダメか。俺の声が届いていない。
「あー、くそ見てらんねぇ! 俺がやる」
「やめなさいオーガ! それは認められていないわ」
「んなこと言ってもよ!」
「落ち着け。喧嘩してる場合じゃないだろう」
焦りで苛立つ二人を宥めつつ、俺はフランツ先生の様子を窺う。彼は嗜虐的な笑みを浮かべて、こちらを監視するように見ていた。
これでは下手に動けない。結局、俺たちはリトナの戦いを見守ることしかできなかった。
「……妙だな」
ゴブリンの動きを見て、俺は首を捻る。
脅威ランクこそ高くないが、ゴブリンは凶悪な魔物だ。リトナが上手く逃げ回っているとはいえ、ここまで戦闘が長引くだろうか。いや、普通ならすでに決着はついているはずだ。
「どうしたの? ギルバートさん」
エリカからの問いかけに、俺は前を向きながら答える。
「あのゴブリン……おかしいと思わないか?」
「え?」
足がもつれてリトナが転んだ。その隙に距離を詰め、ゴブリンが棍棒を振り上げる。
しかし、その棍棒が振り下ろされることはなかった。突然、ゴブリンは低い呻き声を上げ、棍棒を床に叩きつける。
「今の見たか? エリカ」
「う、うん。言われてみれば確かに変ね」
俺は目を凝らし、魔力の流れを探る――見つけた。
「……なるほど、あの首輪か」
黒い首輪から伸びる魔力の痕跡を辿っていくと、フランツ先生に行き着いた。
「
ぽつりと、エリカが呟きをこぼす。
俺は「隷属の首輪?」と聞き返す。
「本で読んだことがあるの。隷属の首輪を一度つけられてしまうと、首輪をつけた人――主人に絶対服従を強いられる。命令に逆らおうとしたり首輪を外そうとした時は激痛に襲われるとも書いてあったわね」
「そんなものがこの世に存在していたのか。知らなかった」
命の危険が伴う授業だと考えていたが、死傷者が出ないよう配慮はされているらしい。ひとまず安心した。
このままいくと授業時間内にゴブリンを倒せず、評価は悪くなるかもしれないが、その分は他の授業やテストで挽回すればいい。それほど悲観的にならなくてもいいだろう。
「お、おいギルバート! あれヤバくねぇか!」
オーガストが声を荒げる。
「ッ。フランツ先生!」
弾かれるように振り返り、俺は叫んだ。
しかし、フランツ先生は笑っているばかりで動こうとしない。
不測の事態が起きてしまった。リトナが振り回していた剣が運悪く隷属の首輪に当たって壊れたのだ。
そんなに簡単に壊れるものかと疑問に思ったが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「逃げてリトナぁ!」
エリカが悲鳴にも似た声を上げる。
「ぅ、ぁ……」
だがリトナは動かない。いや動けない。恐怖で体が硬直していた。
「はぁッッ!」
悩んでいる時間はなかった。飛び出した俺は抜刀し、ゴブリンの首を斬り落とす。
「大丈夫よリトナ。もう大丈夫だからね……」
優しく声をかけるエリカ。彼女は青ざめた顔で震えるリトナを抱いていた。
「おいおい君たちぃ! 何をやっているのかねぇ?」
フランツ先生の声が飛んでくる。
無視するわけにもいかないので、俺は「ふぅ」と息を吐いてから彼の方を向いた。
「私は言ったよねぇ? 課題の手助けは認めないと」
やれやれと首を振り、フランツ先生はわざとらしく肩をすくめる。
「まったく、これだからEクラスの授業は嫌なんだ。私の言うこと一つ守れやしない」
静かな第三教練場にフランツ先生の声だけが響いている。生きているゴブリンはいない。クラスのみんなも課題を達成したようだった。
「……リ、リトナ!?」
背後から聞こえたエリカの声に振り向く。フランツ先生がまだ何か言っていたが、そんなことはどうでもよかった。
「エリカ、リトナがどうかしたか?」
「気を失っちゃったみたいで。それに手も冷たいし……だ、大丈夫かな?」
エリカが不安そうに俺を見上げてくる。
だが、俺も医術の心得があるわけではない。今リトナがどんな状態にあるのか見当もつかなかった。
「とにかく医務室に連れて行ったほうがいいな」
「そ、そうね」
「リトナは俺が運ぼう」
ぐったりしているリトナを抱き上げる。
エリカとオーガストも心配そうな顔をしていた。
「フランツ先生、リトナを医務室に連れて行ってもいいですか?」
「はぁあ? あのねぇ、ギルバートくん。まだ私の話が終わっていない――」
「俺の成績は好きなだけ減点してくれて構いません。それとは別に処罰も受けます。ですからお願いします。行かせてください」
フランツ先生の話を遮るように声を張る。
一瞬、俺を見る目つきが鋭くなるが、彼はニタァと笑ってこう言った。
「仕方ないなぁ、よしわかった。今回は君の覚悟に免じて許してあげよう。私は優しいぃ先生だからね」
「……ありがとうございます」
嫌味な笑みを浮かべるフランツ先生の横を通り過ぎ、俺は第三教練場の出入り口へと向かう。
「処罰は追って連絡するからねぇ。楽しみにしてるといいよ」
第三教練場を出る時、最後に聞こえてきたのは、フランツ先生のそんな言葉だった。
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