ただひたすら剣を振る、小鬼討伐の課題を出される。(1)

 後味悪い学食デビューを果たした、その翌日。

 俺たちEクラスは一限目の授業を受けるため、第三教練場に訪れていた。

 そこそこ広いが、第一教練場ほど大きくなく、観客席はない。



「ふあーあ……なぁ、ギルバート」



 あくびまじりの声に振り向くと、オーガストが眠い目をこすっていた。



「どうした?」

「朝っぱらからこんなとこに俺らを集めて、今日はなんの授業をするんだと思う?」

「んー……」



 オーガストからの問いに、俺は少し考える。


 いままで【魔物生態学モンスターエコロジー】は担当教師のフランツ・アルニム先生による座学授業だった。


 しかし、前回の授業終わりに次の授業は第三教練場に集合するよう言われたのである。



「まったく見当もつかないな」



 俺がそう答えると、オーガストは盛大にコケた。



「もったいぶった顔しないでくれよ。期待しちまったじゃねーか」



 苦笑いを浮かべているオーガストに「すまん」と謝る。



「おはよう。皆、揃っているかねぇ?」



 白衣に身を包んだ白髪の男性教師が、出席簿を片手に第三教練場に姿を見せた。彼がフランツ先生だ。



「ふぅむ、遅刻した生徒はいないようだ。まあそうだよねぇ、実力が劣る最低クラスの君たちはちゃんと授業に出て、少しでも内申点を稼がなければいけないもんねぇ。大変だぁ」



 フランツ先生は糸のように細い目で俺たちを見回し、小馬鹿にしたように笑う。



「っ……!」



 俺の隣でエリカが悔しそうに顔を伏せ、強く拳を握りしめていた。


 実家がアルニム伯爵家であるフランツ先生は、平民に対しての悪感情を隠そうともしない。『貴族こそとうとき者』だと心の底から思っている"血統けっとう主義者"だ。


 魔法の素質と魔力量は血統に依存する傾向が強いから、どうしたってそういう思想を持つ貴族は出てくる。


 だが、それはそれとして――



「授業中の空気が悪すぎる。一度ジェシカさんに相談してみるか……」



 エリカは何度も「差別発言はやめてください」と訴えたが、「ただの冗談さ」と一蹴されるだけで何も変わらなかった。


 Eクラスはそもそも貴族が少ない。ほとんどが己の才能と努力で入学を勝ち取った平民の生徒たちだ。フランツ先生はそれが気に入らないんだろう。



「では、授業を始めようか」



 フランツ先生は空中に指先を走らせ、魔法式を書き連ねていく。

 彼はこの学院の卒業生ではない。魔物生態学の世界的権威けんいである魔法士だった。



「ふぅむ。こんなものかねぇ」



 第三教練場の床に魔法陣が浮かび上がる。一つ、二つ、三つと、魔法陣は瞬く間に数を増やし、やがてEクラスの生徒と同じ数になった。



「ただ教科書を開いて私の話を聞いているだけでは、得られないものもあるのだよ。魔物生態学はそんなに甘くない」



 フランツ先生は一度言葉を切り、ニヤァッと口元を吊り上げてこう続けた。



「それに何より、お行儀よく座って受けるだけの授業は……退屈だろうぉ?」



 魔法陣が妖しく光り出す。エリカとリトナを守るように前へ出て身構えていると、その中から黒い影が這い出てきた。



「さぁ、君たちに課題を出そう。一人につき一匹、殺してみせてくれ」



 現れたのは緑肌の小鬼――ゴブリンという魔物だった。装備している武器は個体差があり、それぞれ錆びた短剣や棍棒を構えている。


 ゴブリンは人より小さく、知能は低い。国際傭兵機構が指定する脅威ランクもD相当だ。キンググリズリーと比べれば弱い。


 だが、決して油断してはならない魔物だ。毎年、ゴブリンの大群によって数え切れぬほどの死者が出ている。

 人類を一番殺しているのはゴブリンなのではないかという話も聞いたことがある。



「課題を達成した生徒から帰ってくれて構わないよ。今日の授業はこれで終わりにするからねぇ。あっ、そういえばEクラスの君たちって、魔物との戦闘経験がない生徒が多いんだっけ? まあでも、ゴブリンなら余裕だろう?」



 フランツ先生がそう言った瞬間、ゴブリンたちがおぞましい鳴き声を上げて――俺たちに襲いかかってきた。



「無論、仕留めるのが早ければ早いほど評価は高くなるからねぇ。せいぜい頑張りたまえよ。あははははーっ!」



 フランツ先生の狂ったような高笑いが響き渡る。



「きゃぁぁああああ!?」

「クソッ! 来るな、来るなぁぁあああ!」



 第三教練場が阿鼻叫喚の戦場と化した。本来の実力を発揮できればそれほど難しくない課題だが、そう上手くはいかない。

 Eクラスの生徒のほとんどが魔物との戦闘経験がない。故に、苦戦していた。



「……落ち着け。まずは自分の課題からだ」



 俺は腰の長剣ロングソードを抜き放ち、一番近いゴブリンへ走る。

 このままでは負傷者が出てしまうかもしれない。自分の課題を早々に終わらせて、必要があればクラスメイトたちのサポートに回ろう。



「ふんッ」



 ゴブリンの目の前で急加速し、その背後を取って首を刎ね飛ばす。血霞を上げ、頭部を無くした死体が倒れた。

 課題を達成したことを目視で確認し、俺は友人たちの姿をさがす。


 よし。オーガストとエリカは大丈夫そうだ。確実にゴブリンを追い詰めている。課題クリアも時間の問題だ。

 しかし――



「リトナは少し、まずいかもしれないな」



 俺の目に映っているのは、尻餅をついて剣を振り回すリトナの姿だった。

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