ただひたすら剣を振る、Bクラスの侯爵家子息に絡まれる。

「おお、我が愛しのリリアン。そんなに怖い顔をしないでくれよ」



 目つきの悪い男子生徒――デュークはリリアンの前にひざまずき、



「君のプライベートにまで干渉するつもりはないが……友人は選んだほうがいいと思うよ? 婚約者からの忠告だ」



 白く美しい手の甲に口づけをしようとする。

 だが、



「誰が婚約者よ。何度断ってもあなたが諦めないだけじゃない」



 リリアンはその手を払いのけ、冷めた目でデュークを見下ろした。



「……は?」



 この反応は予想外だったらしい。デュークは口を開けて呆けていた。

 ――と。



「ふふっ」



 その時、どこかのテーブルから笑い声が聞こえてきた。

 ハッと我に返ったデュークは立ち上がり、口角泡を飛ばして喚き散らす。



「お、おい! 今、ぼぼぼ、僕のことを笑ったのは誰だ!」



 しかし誰も名乗り出ない。

 シーンと静まり返った食堂で、デュークは怒りと羞恥に顔を赤くする。



「もう気は済んだでしょ? 早くどこか行ってよ。あなたと話してると気分が悪くなるのよね」

「ぐぅッ。おいリリアン! 伯爵家の分際で……あまり調子に乗るなよ!」



 デュークは怒りのままに拳を振りかぶる。

 ……それはダメだ。これ以上は見過ごせない。



「いい加減にしろ」



 席を立ちデュークの右腕を掴むと、そのまま背中に持っていって関節を締め上げる。



「いででででっ!?」



 苦悶の声を上げるデューク。自分の身に何が起きているのかわからないという顔をしていた。

 俺はため息と同時に彼の拘束を解き、取り巻きたちの方へ突き飛ばす。



「いったん落ち着け。取り返しのつかないことになるぞ」



 デュークが鋭く睨みつけてきた。その顔は怒りに染まっている。



「……特待生だからといい気になるなよ、ギルバート・アーサー君。僕はザナハーク侯爵家の子息なんだぞ」

「いい気になっているのはお前だろう。貴族という立場の人間なんだから、もっと考えて行動しろ」

「ぐ、ぎぎ……貴様ぁ!」



 まずい。かける言葉を間違えたようだ。デュークの顔がますます険しくなっていく。



「っ。そうだ!」



 薄ら寒い笑みを浮かべたデュークは、腰に下げた剣の柄に手をかけて、



「特待生君。君は剣が得意なんだろ? 僕に稽古をつけてくれよ」



 何の躊躇いもなく剣を引き抜いた。

 周りのテーブルにいた生徒たちが悲鳴を上げ、慌てて逃げていく。



「こんなところで……正気か? 処罰を受けるぞ」

「処罰ぅぅう? ザナハーク侯爵家の僕を裁ける人間なんて、この学院にはいないさッ!」



 俺の顔に狙いを定め、デュークが剣を横薙ぎに振るう。



「……あれぇええ? 実力がある君なら反応できると思ったんだけどなぁ。僕の剣、速すぎた? 見えなかったかな?」



 刃は寸前で止まっていた。

 だが。



「ああ、ごめんね」



 ツゥ、と。出血が右頬に赤い線を描く。



「ちょっとだけ手元が狂ってしまったよ。はははっ!」



 デュークは刃に付着した血を煩わしそうに拭き取り、俺を挑発するように笑った。

 彼につられるようにして、取り巻きたちも一斉に笑い出す。



「……気にするな。でも稽古はやめよう。ここは食事をするところだ」



 笑顔でそう言ってやった。理由はわからないが、デュークは俺に剣を抜かせようとしている。安い挑発に乗るわけにはいかない。



「「…………」」



 たっぷり五秒間、俺たちは視線を交わす。

 デュークは「チッ」と舌打ちして、腰の鞘に剣を戻した。



「特待生君はBクラスの僕がよほど怖いと見える!」



 と、わざわざ周りに聞こえるように言う。再び取り巻きたちが笑う。

 本当に耳障りな連中だ。笑い声を聞いていたら具合が悪くなってきた。



「――悪いことは言わない。君は今すぐリリアンから身を引くべきだ。貴族と平民では身分が違いすぎる」



 デュークは俺の耳元に顔を寄せ、底気味の悪い声でささやいてくる。

 俺は何も答えず、ただ彼の顔を見返した。

 それを肯定と見て取ったのか、デュークは大きく頷き、



「ではまた会おう。Eクラスの特待生、ギルバート・アーサー君」



 踵を返して歩き出した。取り巻きの生徒たちも後に続く。



「待ちなさいデューク」



 遠ざかるデュークを呼び止めたのはリリアンだった。



「なんだい? リリアン。僕の婚約者になる決心がついたのかな?」



 足を止めて振り返り、デュークは品のない笑みを浮かべる。



「まさか、あなたと結婚するくらいなら死んだほうがマシよ」

「お、お前はどこまで僕を侮辱すれば……ッ」

「そんなことより――あなたが護衛として雇っている傭兵について、少し聞きたいことがあるんだけど」



 リリアンがそう口にした瞬間、デュークの顔色が変わる。



「ぼ、僕の護衛がどうしたと言うんだ!? 君には関係ないだろう!?」

「名前はキース……だったかしら。元気にしてる? 今は何をしているの?」



 何かを探るような目で、リリアンは問いを重ねる。



「あいつのことは知らない! が、学院の中で連れ回すわけにもいかないだろう!? 今は父上のもとで仕事をしているはずだッ」



 デュークは顔を赤くして声を荒げた。明らかに様子がおかしい彼を見て、取り巻きたちも困惑している。



「僕はもう行くぞ! 君と違って忙しいんだ!」



 と一方的に叫び散らし、デュークは逃げるように去っていった。

 置いていかれた取り巻きたちも口々に「デューク様!」と慌てて追いかけていく。



「やっぱりあたしの思っていたとおり……だったわね」



 デュークたちが姿を消した後、リリアンは真剣な顔で呟いていた。

 彼に護衛のことを尋ねていたが、何か気になることでもあるんだろうか。



「ん?」



 昼休み終了五分前の予鈴が鳴る。



「そろそろ教室に戻らないとな。ステーキ美味しかったし、またみんなでこよう」



 俺は努めて明るい口調で言う。みんなの表情は暗かった。



「あっ」



 思い出したように顔を上げて、リトナが俺の前までやってくる。



「ギルバート君、ちょっと傷を見せてもらってもいいですか?」

「? ああ」



 頷いて、頬の傷を見せる。深い傷ではない。ほうっておいてもすぐ治るだろう。



傷痍しょういを癒す聖なる光――【癒光ヒール】」



 俺の傷に手をかざし、リトナが回復魔法を唱えてくれた。もともと軽い傷なので、あっという間に完治した。



「ありがとうリトナ。でも、すごいじゃないか。回復魔法が使えるなんて」



 回復魔法が使えるということは並外れた才能があるということだ。魔法の素質があっても聖属性は扱いが難しいと聞く。


 複数の属性魔法を扱えるリリアンでさえ、特異な聖属性と無属性は使えないと言っていた。それだけ習得が難しいのだろう。



「えへへ。剣術は苦手ですが、回復魔法は得意なんです」



 そう言って、リトナは嬉しそうにはにかんだ。



「さあ、みんな急ぐわよ。食べ終わった食器を持ってあたしについてきて」



 お盆を持ったリリアンが早口に言う。もう歩き出していた。俺たちも頷きを返し、彼女の背中を追いかける。


 それにしてもデュークという男、Bクラスに振り分けられただけのことはある。剣の腕は確かなようだ。手元が狂ったと言っていたが嘘だろう。


 最初から寸止めするつもりはなく、薄皮一枚わざと俺の頬を斬ったんだ。

 将来有望な騎士候補生なのは間違いない……あの歪んだ性格はどうかと思うがな。

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