ただひたすら剣を振る、みんなと初めて学食に行く。

 午前中の授業が終わってすぐ。

 チャイムが鳴り止む前にリリアンがやって来て――開口一番こう言った。



「今日は学食に行くわよ」



 最初は俺以外その提案に難色を示していたが、



「Eクラスだからって他のクラスの連中を恐れる必要はないわ。あたしとギルバートがいれば文句を言ってくる馬鹿もいないと思うし」



 結局、リリアンがそこまで言うならと、みんなで学食へ行くことになった。

 最近は俺、リリアン、オーガスト、エリカ、リトナの五人で行動をすることが多い。俗に言う"いつものメンツ"ってやつだな。



「さあ着いたわ。ここが一年生の専用食堂――〈夢追う雛鳥フェニクス〉よ」



 俺たち五人が姿を見せた瞬間、生徒たちで賑わう食堂が静まり返った。

 和やかな雰囲気は崩れ、何とも言えない緊張感に包まれる。



「うんうん。模擬戦効果は絶大ね」



 リリアンが俺を見てニヤリと笑う。

 たくさんの視線が俺に集中していた。決して好意的なものではないが、敵意も感じない。それは純粋な恐怖だった。



「……ここまで怖がられるとはな。複雑だ」



 悪目立ちしている現状に、ため息しか出てこない。



「あれだけ派手に暴れたんだ。仕方ねぇよ。俺だって違うクラスだったら近づかないだろうし」



 俺にそう言って、親指を立てるオーガスト。いい笑顔だがフォローにはなっていない。



「……とにかく昼飯にしよう。腹減った」

「それもそうね」

「で、まずはどうすればいいんだ?」

「じゃあ注文に行くからあたしについてきて」



 俺たちはリリアンからレクチャーを受け、無事にメニューを注文することができた。

 出来上がった食事を受け取り、空いているテーブルを五人で囲む。



「ん~、美味しいぃぃ!」



 ステーキを口いっぱいに頬張り、エリカはフォークとナイフを上下させる。幸せそうで何よりだが危ないからやめてくれ。



「わ、私こんなに柔らかいステーキはじめてですっ」



 手で口元を隠しながら、リトナも感動に目を輝かせている。



「…………」



 オーガストにいたってはもう無我夢中だった。慣れないフォークとナイフに苦戦しつつも、黙々とステーキを平らげていく。



「ギルバートどうしたの? 手が止まっているみたいだけど……お口に合わなかった?」

「ああいや、そういうわけじゃない。少し驚いていただけだ」

「驚いた?」

「このステーキも学院の生徒なら無料タダで食べられるんだろ? さすが天下のルヴリーゼ騎士学院だと思ってな」



 今日は全員で同じものを注文した。あまりにもメニューが多すぎたので選びきれなかったのである。


 冗談かもしれないが、一年間毎日違うやつを頼んでも全メニュー制覇できないらしい。リリアンが言っていた。



「フフン。みんな、あたしのおすすめに心を奪われてしまったようね」



 リリアンはグラスを手にとり、水で喉を潤してから、



「コールブランド王国が誇るA5ランクの国産牛――"ラトゥルナ牛"のお肉は絶品でしょう? 舌の上でとろけるでしょう?」



 うっきうきで俺たちに説明してくれる。いつになく饒舌だ。



「ちなみに、このラトゥルナ牛の生産にはローズブラッド家も携わっていてね!」



 なるほど。だからこんなに嬉しそうなのか。

 それからもリリアンの口は止まらず、彼女以外はステーキを食べ終わってしまった。



「あまり急いで食べなくていいぞ。よく噛んでな」



 俺がそう伝えると、リリアンはもぐもぐしながら頷く。



「ふぅー、ステーキうまかった。次来た時は何を食おうかな」

「……オーガあんた、食べた直後によくそんなこと考えられるわね」



 エリカは呆れていた。

 二人を見て、リトナが小さく笑う。



「ふっ」



 それにつられて俺も吹き出してしまった。



「っ。ギルバートが笑った、だと!?」

「おい、俺をなんだと思ってるんだオーガスト」



 俺たちは食後の余韻に浸り、穏やかな時間を過ごしている。

 しかし、その幸せは唐突に終わりを迎えた――



「おいおい、Eクラスの落ちこぼれども。どうしてお前らゴミがここにいるんだぁああ?」



 突然、誰かが俺たちのテーブルを強く叩いた。



「……いきなりなんだ?」



 俺が顔を上げると、目つきの悪い男子生徒が立っていた。

 しかも一人ではない。十人以上の生徒をうしろに引き連れている。



「わからないか?」



 嫌らしく口元を歪める男子生徒の襟元でシルバー学年組章クラスバッジが光った。

 ざっと見た感じ、取り巻きたちも全員一年Bクラスの生徒っぽいな。



「今すぐ出て行けと言っているんだよぉおお!」



 目つきの悪い男子生徒が再びテーブルを強く叩く。



「きゃあああっ!?」



 悲鳴を上げたのはリトナだ。

 すぐにエリカは怯える彼女に寄り添い、「大丈夫よ」と優しく抱きしめた。



「ははははっ! 君たち聞いたか? 今の間抜けな声。きゃあああだってさ」



 男子生徒たちが声を出して笑う。趣味の悪い奴らだ。



「が、学食をEクラスの生徒が利用してはいけないなんて校則はありません」



 椅子から立ち上がったエリカが言う。その声は震えていた。



 「はあ? この僕に逆らうのか? 僕の家は三大貴族の――」



 目つきの悪い男子生徒がそこまで言ったところで、ようやく食事を終えたリリアンが口を開く。



「デューク・ザナハーク、それ以上あたしの友人を侮辱してみなさい……痛い目を見るわよ」



 リリアンから溢れ出た魔力は、くれない魔光波オーラとなって燃え上がる。隠しきれぬ静かな怒りが彼女の瞳に宿っていた。

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