ただひたすら剣を振る、リリアン・ローズブラッドと闘う。(2)

「手加減してくれるなら構わないが、それで負けても文句は言ってくれるなよ」



 言葉に殺気を乗せ、前方の対戦相手を睨みつける。



「っ――!」



 それだけで一歩、リリアンは後退あとずさった。

 だが、それで怖気づく彼女ではない。すぐに睨み返してくる。

 俺の異変を察したのか、ジェシカさんが鋭い視線を飛ばしてくる。



「「…………」」



 無言で見合うこと数秒、ジェシカさんはフッと笑って視線を外した。



「話はついたようだね。――では、始めようか」



 おもむろに手を振り上げるジェシカさん。

 瞬間、俺たちは示し合わせたかのようにバックステップで距離を取り、十数メートルほど離れて対峙する。



「この模擬戦は王立ルヴリーゼ騎士学院、学院長ジェシカ・デトーリが見届ける――――双方、剣を構え!」



 俺は右足を半歩前に出し、長剣ロングソードを振りかぶってから正眼に構えた。

 総身から立ち昇った魔力は刀身に集束し、金色の魔光波オーラが静かに燃える。美しい刃文はもんが妖しく笑う。



「……はじめッ!」



 ジェシカさんの声が第一教練場を駆け巡った。

 ひときわ大きな歓声が上がり、振動した空気が鼓膜を叩く。



「ッ――」



 開始の合図と同時にリリアンが駆けた。

 片手半剣バスタードソードを振り上げ、一直線に距離を詰めてくる。

 それでも俺は動かない。この場で迎え撃つ。



「ハァアアアアッ!」



 袈裟斬り、逆袈裟、横薙ぎ、からの切り返し。

 隙のない洗練された連撃が雨霰あめあられとこの身に降り注ぐ。


 しかし、無駄がないからこそ読みやすい。

 一撃一撃の威力を逃がすために後退しながら、飛来する白刃を次々と受け流していく。



「……腐ってもハウゼン様の弟子ね。剣の腕前は認めざるを得ないわ」



 噛み合う剣と剣がギリリと軋む。



「それはどうも」



 言うや否や、俺はリリアンの剣を押し返し、体勢を崩した。

 すかさず斬り込むが、超反応でその身を回転させた彼女に躱される。



「油断も隙もないわね」



 崩れた体勢のまま、俺の側頭部めがけて蹴りを放ってきた。

 それを腕で受け止めている間に、リリアンはバックステップで間合いを取る。



「……次はどうくる?」



 追いかけるような真似はしない。

 その場で姿勢を整え、再び眼前に剣を構える。


 俺が求めるのはただの勝利ではない。完全なる勝利だ。

 悪いな学年首席、俺はそのために――お前の全てを打ち砕く。



「……すぅー、はぁーー……」



 一時撤退したリリアンを見据えながら、俺は深い呼吸を繰り返す。

 ザワついていた感情が落ち着き、心が澄み渡ってゆく。



「フンッ、大口を叩いていた割に消極的じゃない。期待外れだわ」



 リズミカルに剣を振り回したかと思えば、その切っ先を俺の顔に突き付け、片足を浮ける独特な構えを取った。その立ち姿はさながら踊り子のようだ。



「さっきのはほんの小手調べ。あなたにあたしの剣舞が防げるかしら」



 リリアンは片手半剣を引き絞り、床を強く蹴り飛ばした。



「ローズブラッド流剣舞――ッ」



 刹那の幻をその場に残し、急加速した彼女は一気に間合いを詰めてくる。



「――【蜂の舞アン・ドゥ・トロワ】!」



 繰り出されたのは刺突三連撃。

 突き出された剣の軌道は銀線を描き、目にも留まらぬ速さで迫る。

 だが俺は、一撃目、二撃目、三撃目と――苦も無く全てを受け流した。



「なッ!? 初見で見切ったですって!?」



 よほど自信があったのだろう。リリアンは驚愕に目を剥いている。



「なかなか面白い技だな。刺突に特化した細剣レイピアでもないのにこの剣速……俺も初見ならここまで綺麗には対処できなかったと思う」



 俺の余裕が癇に障ったのか、蹴り技と剣撃のコンビネーションを叩き込んでくる。

 さっきも思ったが蹴りが異様に上手い。単なる付け焼き刃ではなさそうだ。ローズブラッドの剣術には蹴り技も含まれているのかもしれない。



「……初見、なら?」

「俺に見せてくれたじゃないか。あの日、再会した路地裏で」 


  

 俺たちは斬り結びながら会話を続ける。

 刃が交わる度に鳴り響く快音。視界の端々で飛び散る火花。

 せめぎ合う剣圧と剣圧は行き場を失い、観客席の方まで吹き荒れていた。



「まさかあなたっ、自分が技を受けたわけでもないのに、あたしの剣を見切ったというの!?」

「ああ。近くで見れたからな」



 リリアンは信じられないといった様子で俺を見ていたが、



「あははははっ!」



 ふと攻撃の手を緩めて、心底おかしそうに笑う。 



「謝罪させて特待生――いえ、ギルバート・アーサー。あたしは魔法が使えないあなたのことを侮っていた」



 言いながらリリアンは剣を引き、姿勢を正して深くお辞儀する。



「手加減なんて必要なかった。……だからここからは、あたしの本気でってあなたに挑むッ」



 突如、リリアンから勢いよく魔力が立ち昇る。紅き燐光りんこうは燃え盛る炎のように揺らめいていた。

 膨れ上がった膨大な魔力、獅子すら逃げ出す威圧感……ようやく本気になったようだな。さっきまでとは比べ物にならない。



「では、仕切り直しといこうか」



 一度バックステップで距離を取り、改めて剣を構える。たちまち俺の全身から魔力がほとばしる。

 奇しくも俺とリリアンの立ち位置は、試合開始時とほぼ同じところに戻ってきた。



「ええ。いくわよッ、ギルバート・アーサー!」

「かかってこい。リリアン・ローズブラッド!」



 見合うこと数秒。俺たちは同時に動いた。

 互いに剣を振りかざし、相手に向かって駆ける。



「「ッ――!」」



 一瞬の空白を経て、刃と刃がぶつかり合う。

 静寂を切り裂くように、けたたましい金属音が残響した。

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