ただひたすら剣を振る、リリアン・ローズブラッドと闘う。(3)

 最初こそ互角の攻防を繰り広げていたが、次第にリリアンの息遣いだけが荒くなっていく。額には玉の汗を浮かべていた。



「どうした。鍛え方が足りないようだな」

「く……っ!」



 俺は攻めの手を緩めるつもりはない。休む暇を与えることなく剣を振るう。

 さすがに膂力りょりょくではこちらが一枚も二枚も上手うわてだ。徐々に打ち勝つことが多くなってきた。



「っ――!」



 防御した片手半剣バスタードソードごと吹き飛ばすと、リリアンは声にならない叫び声を上げる。

 しかし、彼女はすぐさま空中で体勢を整え、華麗に着地するや俺を睨みつけてくる。



「なんで受け流せないのよ!?」



 だいぶ焦りと苛立ちが募っているようだ。独り言かもしれないが、俺はその疑問に答えてやる。



「受け流しにくい角度を狙い、打ち込むタイミングを微妙にずらしているからな」

「は、はあ!? そんなことできるわけ――」

「できるさ。自分がやられて嫌なようにやればいいだけだ」

「……はは、あははははっ!」



 突然、リリアンが笑い出した。面白いことを言ったつもりはないんだがな。



「あなたに純粋な剣術で挑んだあたしがバカだったわ」



 立ち上がったリリアンは、やけに吹っ切れた顔をしていた。両手で剣の柄を握りしめ、全速力で向かってくる。


 この雰囲気、何かしてくるな。だが俺は逃げも隠れもしない。右足を半歩前に出し、長剣を構えた。



天翔あまかける風の翼――【空駆エルフース】ッ」



 流れるような詠唱の後、魔法を発動したリリアン。

 彼女は風の加護を授かった両足で飛び立ち、



「水は刃となりて斬り刻む――」



 空中でまた新たな詠唱に入った。



「【水渦刃アクア・ラーミナ】!」



 十を超える水の刃が形成され、甲高い風切り音と共に降り注ぐ。



「戦闘スタイルが変わった? 魔法主体に切り替えたのか。だが、」



 俺はそれらを冷静に見切り、一つずつ確実に斬り落としていく。



「……ん? これは……」



 斬った水刃は水蒸気となり、気づけば湯気のような霧に視界が閉ざされていた。真の狙いはこれか。



「ふんッッ」



 剣の柄を両手で握りしめ、横一閃。

 ごうッ、と。巻き起こった竜巻は霧をたちどころに蹴散した。



「なるほど。時間稼ぎが目的だったか」



 閉ざされていた視界が開け、高いところに浮遊するリリアンを見つける。



「まさか一振りで吹き飛ばすとはね。驚いたわ」



 剣を持っていない左手を掲げる彼女の頭上には――



「でもね、もう遅いのよッ」



 二メートルを超える槍の形をした稲妻がバチバチと音を立てて明滅めいめつしていた。



はしる紫電は槍と化す……【紫電尖槍サンダー・ハスタ】ぁぁああッ!!」



 力いっぱい左手を振り下ろすと、稲妻の槍が解き放たれる。



「アーサー流剣術――」



 俺は目を閉じ、剣を右肩に担ぐように振りかぶる。

 よりいっそう魔力を刀身に付与させれば、金色の魔光波オーラが負けじと灼熱しゃくねつする。



「――火剣ひけん・【裟斬華さざんか】ッ」



 研ぎ澄まされた剣は火華ヒバナを散らし、迫りくる【紫電尖槍】を袈裟懸けに斬る。

 刹那、稲妻の槍は爆ぜ、膨大なエネルギーの奔流が白熱した。全てを塗りつぶす白は、瞬く間に第一教練場を呑み込んだ。



「…………」



 発光現象が収まったことを確認し、残心の姿勢を解く。

 熱くなった刀身を冷まそうと鋭く剣を振る。残っていた魔法の残滓がバチチと弾けた。



「斬ろうと思えば斬れるもんだな」



 やや手の痺れはあるが、それほど酷いものでもない。許容範囲だ。



「やぁあああッ!」



 手の感触を確かめている俺を見て、リリアンが斬りかかってくる。仕留めるなら今だと思ったのだろう。

 薙ぎ払い、切り返し、袈裟斬り、斬り上げ、渾身の斬撃をここぞとばかりに叩き込んでくる。

 だが俺は、そのことごとくを打ち払う――と次の瞬間。



「触れて爆ぜるは焔の火玉――【爆発火玉フレイム・ノヴァ】!」



 遥か頭上から燃え盛る大火球が落ちてくる。咄嗟に剣で受け止めようとするが、寸でのところで思いとどまり、俺はただちにその場から離脱した。


 先ほど防いだ稲妻の槍とは違い、この火球を斬ることはできない。派手に爆発するからな。

 しかし、いつの間に準備していたんだ。抜け目ないな。



「チッ。でも逃がさないわよ!」



 パチン、と。俺よりも早く距離を取っていたリリアンが指を鳴らすと、火球が大爆発を巻き起こす。

 直後、重々しい轟音が炸裂し、試合場コートの一部が吹き飛んだ。



「っ……」



 両腕を掲げて防御姿勢を取るが、超高熱の爆風がこの身を吞み込んだ。

 魔力で全身を覆っていなかったら大火傷を負っていただろう。



「ん?」



 背後に嫌な気配を感じ、俺は振り向きざまに爆風を斬って霧散させた。

 と、そこには――



「ローズブラッド流剣舞……!」



 すでに攻撃動作に入っているリリアンがいた。その体勢は不自然なほど低い。



「【白鳥の舞アントルシャ】ッッッ!」



 跳ね起きるように全身の発条バネを使い、試合場の石床を削りながら斬り上げてきた。

 俺は剣を打ち下ろして受け止めようとするが、



「甘いわね!」



 わずかに打ち負けた。剣は弾かれ、体が泳ぐ。

 リリアンはこれを好機と見て、無防備な俺の腹に必殺の刺突を放った。

 が、



「……いい手だ。まさか二節魔法を目くらましに使ってくるとは思わなかった。勉強になる」



 俺は悠々たる面持ちでリリアンを見下ろす。

 突き出された片手半剣の切っ先は――剣の柄頭つかがしらで受け止めていた。



「な……ッ」



 まなじりが引き裂かれんばかりに目を見開き、リリアンは信じられないといった顔で俺を見上げる。

 彼女の顔に、その瞳に、はじめて恐怖の色が浮かんだ。

 ……さて、そろそろ終わらせるか。この仕合しあいを。



「悪いが、少し離れてくれ」



 懐に入っているリリアンを蹴り飛ばし、強引に間合いを開ける。

 今度はこっちの番だ。アーサー流の"突き"を見せてやろう。



「アーサー流剣術――」 



 俺は右手に持った長剣をこれでもかと引き絞った。

 ドクンッ、と俺の体から金色の魔光波オーラが溢れ出す。


 身の危険を感じ、リリアンは一も二もなく跳び退った。

 だがもう遅い。



「――雷剣らいけん・【鳳穿華ほうせんか】ッ!」



 回転を加えた刺突は雷の如く。一筋の稲妻と化した閃きがリリアンを襲った。



「くぅうううッッ!?!?」



 これを避けるのは無理だと判断し、かろうじて剣の腹で受けるリリアン。

 しかし拮抗は一瞬だった。勢い殺せず、彼女はそのまま後方へフッ飛ぶ。



「今のを防ぐか。……でも」



 床を転がりながらも素早く体勢を立て直し、剣を構えるリリアンだったが――



「これで終わりだ」



 俺はそれを斬り上げて弾き飛ばした。

 クルクルと回転しながら飛んでいった片手半剣が試合場に突き刺さる。

 戦意喪失したリリアンは膝から崩れ落ち、ただ俺を茫然ぼうぜんと見上げていた。



「そこまで! 勝敗は決したッ」



 立会人のジェシカさんが右手を振り上げた。



「この模擬戦、勝者はギルバート・アーサー!」



 静寂の中、ジェシカさんの声が響き渡る。観客席の生徒たちは言葉を失っていた。



「……イ、イカサマだ!」



 不意に、どこからかそんな言葉が聞こえてきた。

 その声に振り返り観客席を見上げると、男子生徒が俺に人差し指を突きつけていた。



「そ、そうよそうよ! 普通に闘ったらAクラスのリリアン様がEクラスに負けるはずないもの!」

「汚ない手を使って勝ったんだろ! 正々堂々と闘いやがれぇ!」



 イカサマだと言った男子生徒に同調して、模擬戦の勝敗に納得がいかない生徒たちが声を上げる。

 やけに喧嘩腰の奴らが一定数いるな。だが、俺とリリアンの闘いを見て、実力を認めてくれた生徒たちも多かった。



「ほう、面白いことを言う。立会人の私が不正を見逃した、とでも言いたいのか?」



 不愉快だと言わんばかりにジェシカさんが観客席を一睨すると、俺を罵倒していた生徒たちが押し黙る。



「……実際に強さを見せつけてもこれか」



 ジェシカさんはやれやれと肩を落としていたが、



「仕方ないな」



 ふと顔を上げて、意味深な目つきで俺を見てくる。

 何故だろうか。嫌な予感がした。背筋に寒気が走る。



「よしわかった! なら、こうしよう。この勝敗に文句がある者は降りてきなさい」



 ジェシカさんの言葉を聞き、観客席にどめよめが起きた。

 そして。



「……ふむ」



 一人、また一人、次々と腰に剣を下げた生徒たちが試合場に飛び降りてくる。

 その数、およそ三十人。俺に対して敵意を向けてくる連中が勢揃いした。


 襟首の学年組章クラスバッジを見るに、Aクラス、Bクラスの上級生が大半を占めている。数こそ少ないが俺と同学年の生徒もちらほらいた。全員エリートと言われるBクラス以上だ。



「さて、ギルバート君。君の実力に懐疑的な生徒たちがこうして集まったわけだが……どうしようか」



 ジェシカさんが芝居がかった口調で話しかけてくる。

 生徒たちは今にも斬りかかってきそうな雰囲気だった。



「……俺がこの人たちと手合わせして、実力を証明すればいいんじゃないでしょうか」

「なるほど。それはいい案だ」



 パンと手を打ち鳴らしたジェシカさんは視線を横滑りさせて、



「彼はこう言っているが、君たちはどうだい? やるか?」



 集まった生徒たちに問うと、皆一斉に頷きを返していた。



「よろしい。では早速ルールを決めよう。私は勝ち抜き戦を提案するが――」

「いえ学院長、面倒なので全員まとめて相手します」



 ジェシカさんの言葉を途中で遮り、リリアンに「立てるか?」と声をかける。



「え、ええ」

「よかった。ちょっと危ないから離れててくれ」

「そ、それよりあなた……大丈夫なの?」

「ああ、問題ない」



 俺はきっぱり答える。

 それでもリリアンは不安そうな顔をしていたが、



「気をつけて」



 と最後に残して走り去っていった。



「ふぅ……」



 彼女の背中を見送り、俺は大きく息を吐いて――ゆっくりと後ろを振り返った。



「やるか」



 視線の先で、生徒たちが一斉に腰の剣を抜く。



「準備はいいかねっ?」



 ジェシカさんが声をかけてくる。いつの間にか試合場の端に移動していた。



「はい」



 俺は半身になって腰を下ろし、剣を右脇に移動させ、その切っ先を後ろに下げる。



「よろしい。では、心置きなくやるがいい! ……はじめッ」



 開始の合図と同時に、生徒たちが我先にと突っ込んでくる。

 俺は一歩も動かず、この場で迎撃しようと静かに待ち構えていた。


 悪いが、少々痛い思いをしてもらう。

 再び挑んでこようとする気が起きぬように――な。

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