ただひたすら剣を振る、リリアン・ローズブラッドと闘う。(1)
時は流れ、放課後。
Eクラスの教室を後にした俺は第一教練場に向かっている。
午後はひたすら精神統一していた。授業の内容はまったく頭に入っていない。
だが許して欲しい。俺も強者との
こうでもしないと感情の
教室の中で殺気立つわけにもいかないしな。
「な、なあギルバート。さっきの学内放送マジなのか? 本当に模擬戦すんのかよ」
隣を歩くオーガストが不安そうな顔で言う。
俺は前を向いたまま「ああ」と返す。
さっきの学内放送というのは、午後の授業が全て終わったタイミングで流れた、学院長による模擬戦の告知放送のことだ。
わざわざ全学院生徒に宣伝するなんて、一体ジェシカさんは何を考えているんだろうな。
「それも相手はAクラスのリリアン・ローズブラッドさんだなんて……無茶よギルバートさんっ。模擬戦なんてしちゃダメ!」
両手を広げて立ち塞がったのはエリカさんだ。彼女は本気で俺を止めようとしてくれている。
「……あの、私も反対です。入学する前、無謀な模擬戦だけはしちゃいけないと母に強く言われました。刃引きしているとはいえ、騎士候補生同士の闘いは命を落とす可能性があるそうです。危険なんですっ」
遠慮がちに、それでも俺の目を見て、リトナさんが忠告してくれる。そういえば彼女の母親はこの学院の卒業生だと言っていたな。
「みんな、心配してくれてありがとう」
俺は足を止め、三人の顔を見ながら言う。
「でも、模擬戦は受ける。俺は特待生だ。たとえ相手が学年首席の実力者だとしても、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない」
言葉を失う友人たちを追い越し、彼らに振り向いて――
「それに、少し腹が立っているんだ。Aクラスだか学年首席だか知らないが、リリアン・ローズブラッドはEクラスを落ちこぼれだと
俺は今、どんな顔をしているだろう。うまく笑えているだろうか。
「見ていてくれ。Eクラスだってやれるってことを俺が証明してくるから」
Eクラスだって立派な騎士候補生だ。みんな最難関と言われる入学試験を突破してこの学院に通っている。
だから、俺は今日リリアン・ローズブラッドに勝って、彼女の軽率な発言を撤回させてやりたいんだ。
「……ここへくるのも久しぶりだな」
定刻通り、第一教練場に辿り着いた。
目の前には見上げるほど大きな円形闘技場が待ち構えている。
懐かしいな。ハウゼン師匠と斬り合った実技試験を思い出す。
「さて、行こうか」
出入り口の両開き扉を開け放ち、第一教練場の中へ足を踏み入れる。
「ここまできたら闘うなとは言わねぇ。いっちょぶちかましてやれ! ギルバート!」
「任せろ」
オーガストが拳を突き出してきたので、俺も拳を握りコツンと応じた。
「……頑張れなんて言わないわ。でも、死ぬんじゃないわよ……」
「ああ。ここで死ぬつもりはない」
ぶっきらぼうに言って、エリカさんはそっぽを向く。嫌われてしまったかな。
「ギルバートさん、お気をつけて……」
「ありがとう」
心配そうに手を組み、リトナさんが祈ってくれる。心強い。
「じゃあみんな、またあとで会おう」
観客席の方へ向かった三人と別れ、俺は薄暗い通路を進んでいく。
通路の先から賑やかな声が聞こえてくる。……まさか。
「――まったく、見世物ではないんだがな」
薄暗い通路を抜け、その眩しさに目を細めた瞬間、大歓声に迎え入れられた。
嫌な予感が当たってしまった。満員御礼の観客席は熱気に包まれている。
「おや、ようやくお出ましか。ギルバート君」
闘技場の中心から声がかかる。そこにはすでに立ち会い人のジェシカさんと、
「…………」
腕を組んで押し黙るリリアン・ローズブラッドがいた。
「遅かったですか?」
「いや、開始時刻まではまだ余裕がある。だが」
ジェシカさんは楽しそうに腕を広げ、
「皆、今か今かと待ちわびているのでな」
観客席をぐるりと見回した。
「入学式の翌日に模擬戦たぁ面白い。今年の一年は活きが良いな!」
「あの男の子、
「それって本当なの? そもそもウチに特待制度なんてあったんだ」
「キャー! リリアン様こっち向いてー!」
全方向から好奇の眼差しに晒され、俺は疲れたように息を吐いた。
「……どうした? 元気がないようだが、まさか体調不良かい? それはよしてくれよギルバート君。せっかく君のために舞台を整えたんだぞ」
歩み寄ってきたジェシカさんが俺に耳打ちする。
「知りませんよ。それよりなんですかこれ。聞いてないんですけど」
ジェシカさんの耳元に顔を近づけ、声を押し殺して言う。
「一年生とはいえ、君らは上級生たちに勝るとも劣らない実力者だ。お互いにネームバリューもある。そんな君たちの模擬戦を無観客でやるなどもったいないだろう?」
「……楽しんでませんか?」
「楽しんでるに決まっているだろう」
と、あけすけに言い放つジェシカさん。俺は頭が痛くなった。
「それに、これは良い機会なんだ。Eクラスに振り分けられた君に対して、よろしくない感情を持っている教師や生徒もいる」
それには気づいている。純粋な興味や好奇心から観戦に来ている人が半分以上を占めているが、俺のことを見下すような視線も少なくない。
あからさまな敵意、嫌悪、殺気まで飛ばしてくる者もいる。気持ちいいことではない。
「だからね、ギルバート君。今日この場所で一年最強の彼女に勝って、君の強さを見せつけてやるんだ。連中の鼻っ柱をへし折ってやれ」
「……こうなったのは俺を特待生として入学させて、しかもEクラスに振り分けた学院長の責任でもありますよね」
「君がこんなに魔法と勉強が苦手だとは聞いていなかったんだよ! 筆記試験、実技試験、能力測定の成績で決めるクラス分けの評価基準はさすがに変えられないからね!」
小声だが凄まじい剣幕でジェシカさんが捲し立てる。
それを言われると何も言い返せない。魔法はしょうがないとしても、筆記試験で前代未聞の点数を取ってしまったのは俺だ。
「ともかく、君はここで彼女に勝つんだ。いいね」
言うだけ言って、ジェシカさんは離れていく。その背中の向かう先に立っているのは、俺の対戦相手であるリリアン・ローズブラッドだ。
「さて、どう闘うか」
相手は間違いなく強敵だ。だが、父さんからの忠告もある。むやみやたらに本気を出すわけにはいかない。
どれぐらいの手加減が必要なのかを考えながら、俺は闘技場の中心に歩いていく。
「まずは逃げずに来てくれたことを感謝するわ。特待生さん?」
ジェシカさんと話し終わった金髪縦ロールが、上から目線で話しかけてくる。
しかし、そんなことで心が乱れるほど未熟ではない。
「逃げる必要もないからな」
「言ってくれるじゃない」
リリアンは鼻で笑って、観客席に視線を巡らせる。
「あたしたちの闘いが娯楽にされるのは
ジェシカさんはどんな言葉で彼女を納得させたんだろう。なんかうまいこと丸め込まれていた。
「さぁご両人、そろそろ観客たちもお待ちかねだ。準備はいいかい?」
観客席にも聞こえるように声を張り、ジェシカさんは仰々しく手を広げる。
「ねぇ。あなたにひとつ確認しておきたいんだけど、魔法はどの程度習得しているの?」
「魔法はほとんど使えない」
「? 一節魔法はさすがに全部使えるわよね?」
魔法は一節、二節、三節というように――魔法名が長くなるほど習得難易度が上がる。例外はあるが、魔法の威力も魔法名の長さに比例して、より強力になっていく。
初級魔法は一節、中級魔法は二節、上級魔法は三節、さらにその上には特級魔法、極級魔法というのも存在するらしい。
「いいや、全部は使えない。俺には魔法の素質がないからな」
俺がそう答えると、場内が一瞬にして静まり返った。
「おいおい嘘だろ! 今時そんな騎士候補生いるのかよ!」
「一節魔法すら使いこなせないのに特待生だなんて……! 信じられないわ。ルヴリーゼ騎士学院の品が下がる」
「あはははっ、こいつは傑作だ。そんなんでよく入学できたな!」
「Eクラスなのも納得ね。でもそれで剣聖の後継者なんて、ハウゼン先生も何を考えていらっしゃるのか」
なるほど、魔法が苦手な騎士候補生は少ないのか。まあここは名門校だしな。俺はかなり異端らしい。
けど、変な話じゃないか? 騎士候補生が目指しているのは
「見損なったわ。一節魔法すら満足に使えないなんて話にならない。まあいいわ、それじゃあ魔法なしでやりましょう」
リリアンは呆れたように両肩を下げて、最後に「
途端、観客席から笑いが起こる。
「……魔法を使わないのは何故だ?」
「特異な"無属性"と"聖属性"を除けば、アタシは二節魔法まですべて習得しているのよ。魔法が使えないあなた相手に魔法を使ったら弱い者いじめみたいじゃない」
「…………そうか」
理解した。これが手加減されるということか。なかなかに屈辱だな。
父さんごめん。俺はこれから三年間――誰に対しても全力を尽くす。
要はあれだ。相手を怪我させなければいいんだろ。うん、何も問題ないな。
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