ただひたすら剣を振る、学年首席に決闘を申し込まれる。
「……うーむ。どこでやろうか」
昼飯を早く食べ終わった俺は教室を離れ、一人で学院の敷地内を歩き回っている。
オーガストがついてきたそうにしていたが、剣の素振りをするだけだと言ったら頑張ってこいと送り出された。
「よし、ここなら誰の迷惑にもならないだろう」
最終的に行き着いたのは第四
ここなら午後の授業が始まるギリギリまで剣を振っていられる。人通りもないし集中できるだろう。
刃引きした剣を鞘から引き抜き、正眼に構える。
ゆっくりと呼吸を繰り返し、神経を研ぎ澄ませてゆく。
「ふんッ、ふんッッ」
素振りをすると体の調子が手に取るようにわかる。
昨晩の疲れはまだ癒えていないが、朝よりも感覚は良い。我ながら凄まじい回復力だ。
難しいことはわからないが、どうやら体内を巡る魔力が多いと自然治癒力も上がるらしい。
俺は魔力量だけは多いんだ。魔法の素質はなかったけどな。
「ふん、ふんんッ、……はい時間確認」
今が昼休みだというのを忘れてはダメだ。
熱中しすぎて午後の授業をサボるわけにはいかないので、定期的に第四教練場の時計を見る。
やはりこの場所は良い。誰もこないし、何より静かだ。心が安らぐ。
しかし――
「はぁっ、はぁっ。や、やっと見つけたわよ特待生ギルバート・アーサー……ッ! 教室に行ってもいないし、おかげで学院中を走り回ったわ」
そんな俺のもとに、今、もっともこの学院で顔を合わせたくない人物が訪ねてきた。
素振りは続けたまま横目で様子を窺う。本当に走り回ったんだろうな。
いつもは完璧に決まっている縦
入学式では俺を睨みつけてきたし、いつかこの時がくるとは思っていた。
……さて、どういう態度で相手をしようか。
「ちょっと聞いてるの? ……ねぇってば!」
「ふんッ、ああ、聞いてるぞ。ふんッッ、学年首席さん」
「退学をかけてこのあたしと決闘しなさい。……認めないッ。あたしはあなたのことなんて絶対に認めないんだから!」
「ふんッ、はあッ、俺を学院から追い出そうとする理由はなんだ?」
入学早々、ちょっと面倒なことになった。
剣の名門ローズブラッド家の剣士で、学年首席の金髪縦ロール――リリアン・ローズブラッドが決闘を申し込みにきたのである。
彼女とは良き友人になれると思っていたんだが……残念だ。
「剣聖ハウゼン様の弟子がEクラスの落ちこぼれだなんてあってはならな……って、あたしと話す時ぐらい剣を振るのやめなさいよ!」
落ちこぼれ、か。確かに俺は勉強できないし魔法も満足に使えない、だから俺のことをそう呼ぶのは構わない。
でも、言い方が気に入らない。まるで俺のクラスメイト全員が落ちこぼれだと言っているように聞こえた。
「ふんッ……そうか。なら早く終わらせよう」
俺は素振りをやめ、リリアンと真正面から相対する。
「俺は忙しいんだ」
流れるように右足を引き、両手で握った剣の柄を右耳の横に持ってきて、切っ先をリリアンに向けた。
「……ふふっ。それでいいのよ」
リリアンが剣を引き抜くと、金色の縦巻き髪がはらりと揺れた。険しい表情はわずかに和らぎ、口元に笑みが浮かんだ。しかしそれも一瞬のことだった。
同世代の剣士から感じたことのない闘気が殴りつけてくる。こいつは本気だ。本気で俺を叩きのめそうとしている。それがヒリヒリと肌に伝わってきた。
「「…………」」
開戦間近。俺たちは全身に魔力を漲らせ、それを己の刃に
「おい、そこの新入生ども。入学二日目でいきなり校則違反か? 学院内での私闘は禁止されている。知らなかったとは言わせないぞ。昨日、入学式で私が話したのだからな」
絶妙なタイミングだった。あと一秒でも遅かったら、今ごろ斬り合いの真っ最中だっただろう。
水を差された俺たちは、ほぼ同時に声がした方を見る。
「しかもそれが新入生代表も務めた学年首席と、我が校はじまって以来の特待生とはいただけない。元気がいいのは結構なことだが……学院長として見過ごすわけにはいかないな」
そこにはスーツを着こなしたルヴリーゼ騎士学院の学院長――ジェシカさんが立っていた。
その身から溢れ出る怒気が、尻尾のように長い紫髪のポニーテールを揺らしている。
まるで気配を感じなかった。いつの間にこんなに距離を詰められたんだ。いや、今はそんなこと言ってる場合ではない。
「どうした? ずいぶん大人しいじゃないか君たち。さっきまで今にも斬りかかりそうだったのに」
目が笑っていなかった。何か言おうと口を開きかけるが、そのあとが続かない。
それはリリアンも同じようだった。その端正な横顔を汗の雫が流れ落ちる。
「……喧嘩を売ったのはあたしです。一方的に彼を罵り、決闘に応じるよう焚きつけました」
意外だった。あれだけ攻撃的だった彼女が、俺を巻き込まずに一人で責任を負おうとしている。どういうことだ?
「ほう。リリアン君はこう言っているが……君はどう思っている? ギルバート君」
ジェシカさんからの問いかけに、俺は少し考えてから口を開く。
「俺だけ処罰なしは虫が良すぎると思います。挑発されたとは言え、断らずに決闘を受けてしまいましたから」
俺の言葉にジェシカさんはため息を吐き、胸の前で両腕を組んだ。
「実はね、君たちのやり取りを隠れて聞いていたんだよ。だからリリアン君の思いもわかる。あれだけ長年探し回っていたくせに、どこの馬の骨かもわからない少年を連れてきてその子を後継者にする? いや急すぎるよな。次の剣聖を目指していた者たちからしたら、ふざけるのも大概にしろって話だ。娘の私としても非常に心が痛い」
ちょっと待ってジェシカさん。いつからそこにいたんですか。しかも、さらっと俺をどこの馬の骨かもわからないって言いましたよね。ディスりましたよね。
「そこで、だ」
俺たち当事者を置いてけぼりにして、ジェシカさんは勝手に話を進めていく。
「君たち、正規の手続きを踏んで"模擬戦"をしてみてはどうかね。遺恨を残したまま、はい解散というのも後味悪いだろう?」
そんな提案をしてきたジェシカさんは、とても悪そうな笑みを浮かべていた。
何か企んでいるのは明らかだったが、リリアンとはここで決着をつけておきたい気持ちもある。
だから俺は、あえてジェシカさんの提案に乗ろうと思った。剣を交えることでわかりあえることもある。
「……そうですね。あたしとしてはそれを断る理由はありません。学院長先生のご厚意、感謝いたします」
と、リリアンが一歩前に歩み出る。
彼女は颯爽と身を翻し――
「改めて、あなたに模擬戦を申し込みます。特待生ギルバート・アーサー」
紅き瞳を爛々と輝かせながら、俺の顔に腰から抜いた
「受けてくれるわよね?」
不敵な笑みを浮かべ、俺を挑発するように問いかけてくる。
安心しろ。俺はそこまで不粋じゃない。
「ああ、受けて立つ」
「いいだろう。模擬戦成立だ。この勝負、私が最後まで見届けよう」
睨み合う俺たちを満足そうに眺め、ジェシカさんはさらに続けた。
「では今日の放課後、君たちは第一教練場に来なさい。会場は私がおさえておこう」
ジェシカさんに向き直り、俺たちは頷きで答える。
かくして、俺たちは学院長立ち会いのもと、模擬戦を行うことになった。
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