ただひたすら剣を振る、クラスメイトと親睦を深める。

 そして二時限目。

 野営基礎アウトドアの授業とは違って、二人の教師が教室にやってきた。



「一年生の皆さんはじめまして。私はこの学院で森人エルフ語を教えているデシエラ=アールヴと言います」



 中性的な細面ほそおもてに長い耳。陶器のような白い肌。エメラルドグリーンの長い髪。

 なるほどこれが本物のエルフ族か。美しいな。まるで絵画から出てきたみたいだ。



「右に同じく、僕は小人ドワーフ語を教えているイゴルです」



 短い耳に彫りの深い角顔。浅黒い肌に小柄な体躯。灰色の髪。

 ドワーフ族を見たのもはじめてだった。筋肉質なオーガストよりもさらに逞しい肉体は見事としか言いようがない。

 隣のオーガストが「かっけー!」と声を潜めて興奮していた。



「この一年間は私とイゴル先生で【亜人言語デミ・ランゲージ】を教えていきます。よろしくね」



 デシエラ先生はにっこり笑って、隣に目配せする。



「……よろしくどうぞ」



 緊張の面持ちでそう口にすると、イゴル先生はデシエラ先生の方を見た。



「これでいいだろうか」

「ええ。よくできました」



 見つめ合う先生たち。それを見てクラスの女子たちが黄色い声を上げる。

 一体どうしたのだろうか。何か二人から幸せオーラが……



「先生方、質問よろしいでしょうか」



 一時限目の授業に続いて、またしてもエリカさんが挙手した。



「はい。どうしました?」



 デシエラ先生は柔らかい声でエリカさんを促す。



「あの、デシエラ先生とイゴル先生がお付き合いしているというのは本当なのでしょうか!?」



 おいエリカさんいきなり何を言ってるんだ。そんな質問に答えてくれるわけ――



「や、やっぱりわかっちゃう?」

「はい。お二人のことは噂になっていますし、何より実際に見てラブラブなのを確信しました」



 びしぃっと挙手したままエリカさんが早口で言う。

 それを聞いてデシエラ先生は「きゃあ~!」と恥ずかしそうに身をよじらせる。



「いい、みんなっ! 学院長先生には絶対言わないでよ! あの御方おかたは独り身なのを気にしているから、私たちの関係を知られるわけにはいかないの!」



 顔を赤くしたイゴル先生は俯いてしまった。女子生徒たちが一斉に色めき立つ。

 やっぱり女子って色恋沙汰が好きなんだな。それはこの名門ルヴリーゼ騎士学院でも変わらないらしい。



「うーん」



 盛り上がる教室を尻目に、俺は窓の外に視線を向けた。作業服を着た学院職員が庭木の剪定せんていをしている。


 ……ジェシカさん、独り身なのを気にしてたのか。

 聞いちゃいけないことを聞いてしまった気がして、冷や汗が背中を伝った。



「はいはい、無駄話はここまでよ! 悪いけど今日はみんなの実力を知るために小テストを受けてもらいます!」



 小テストという単語に絶望し、生徒たちの阿鼻叫喚が渦巻く。

 お世話になっているジェシカさんの気持ちをおもんぱかり、俺は幸せオーラ全開の先生たちを授業が終わるその時まで直視することができなかった。




 ◆◆◆




 午前中の授業がすべて終了し、昼休みの時間になった。



「なーんか物足りねぇな。午前は騎士学院っぽい授業なかったし……早く刀剣術ソードアーツの授業を受けてぇよ」

「仕方ないわよ。わたしたちはEクラスなんだから。刀剣術はもうちょっと我慢しなさい」

「いいよなー。AクラスやBクラスのエリート連中は」



 俺は隣のオーガストと前の席のエリカさん、



「……あの、私もお昼ご一緒してよかったんでしょうか?」

「いいに決まってるじゃないリトナ! 一緒に食べましょうよ!」



 そして学生寮でエリカさんと同室の女子生徒――リトナ・メルフィーと机を囲み、教室の中で昼飯を食べていた。長い前髪で目が隠れている彼女も同じEクラスの仲間だ。


 学食という選択肢もあったが、Eクラスの人間が行くと他のクラスの連中に疎まれるらしいので、俺たちは校内の売店で昼食を買って教室に戻ってきた。

 この話はエリカさんがEクラスの先輩に聞いたそうだ。なんとも世知辛いな。



「くぅ~。この俺がエリカ以外の女子と飯を一緒に食べる日がくるとは……! 感激だぜッ」



 突然、オーガストから「お前もそう思うだろ!?」と背中を叩かれ、俺はむせてしまう。食べていたサンドウィッチが気管に入ってしまった。



「だ、大丈夫ですか?」



 俺が苦しんでいると、リトナさんがコップにお茶を注いでくれる。可愛らしい水筒が見えた。



「……ありがとうリトナさん。助かった」



 お茶を一気に飲み干し、空になったコップを返す。

 するとリトナさんは、「どういたしまして」と遠慮がちに微笑んだ。



「わ、わりぃな。ギルバート」

「まったく何してんのよオーガ!」



 エリカさんは勢いよく立ち上がり、オーガストの頭頂部にチョップを喰らわせる。



「ごめんなさいギルバートさん。大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない」



 俺はまずエリカさんに答えてから、



「お前も気にするな」



 オーガストの肩に手を置き笑いかける。



「うぅ、ギルバート。お前ってやつぁ!」



 何を思ったのか、いきなり泣き始めたオーガストが抱き着いてきた。



「友よぉ! 俺は感動したぞおおお!」

「ぐ……ッ!?」



 油断した。両腕がうまく使えない。単純な力比べでは負けない自信があったが、一度こうして組まれてしまうと厳しい。

 恵まれた体格と鍛えぬいた筋肉の破壊力は凄まじく、押し潰されないよう耐えるので精一杯だった。やるなオーガスト……!



「ちょっ、オーガやめなさいって! ギルバートさんの顔が真っ青よ!」



 結局、必死の抵抗はエリカさんが助けてくれるまで続いた。

 今日から筋肉トレーニングの量を増やそう――そう心に決めて、俺は机の横の長剣を手に取った。

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