ただひたすら剣を振る、騎士学院での初授業に臨む。

 翌日――

 鉛のように重い体を引きずって、俺は学院の校門をくぐる。



「……いてて」



 あくびと一緒に伸びをしようとしたら、腕や背中の痛みで顔が歪んだ。

 昨日の晩、ハウゼン師匠にたっぷりしごかれた俺は、全身筋肉痛になっていた。

 打撲などの怪我は体力回復薬ヒール・ポーションで治したが、こればっかりはどうにもならない。



「おっ。はよーっす、ギルバート!」



 教室に入ってすぐ、オーガストが声をかけてくる。全力で腕を振るクラスメイトは元気いっぱいだった。



「おはよう。オーガスト」



 自分の席に座り、学生鞄を肩からおろして、長剣ロングソードを腰の剣帯から取り外す。



「なんだお前、朝っぱらから疲れた顔しやがって」

「まあ、色々あってな」

「おいおい、そんなんで一日乗り切れんのかよ。今日からみっちり授業あるんだぞ」

「……授業中、もし俺が寝てたら遠慮なく叩き起こしてくれ」



 隣の席の友人にそう頼み、俺は背もたれに寄りかかる――と、そこへ。



「なあなあアーサー。ハウゼン先生とはどこで知り合ったんだ?」

「剣聖ハウゼン様の弟子で後継者ってことは、アーサー氏ってかなりお強いのでは?」

「同じEクラスなのにすごいわ! ……ねぇ、私とお昼一緒に食べない?」



 クラスメイトたちが押し寄せてくる。あっという間に俺の席は取り囲まれてしまった。

 ……またか。めんどくさいが無視するわけにもいかない。

 実は昨日、入学式を終えて教室に戻ってきた時にも同じ目にあった。



「ハウゼン師匠は俺の父さんの師匠でもあるから、その縁でな」

「マジかよ! てことはお前の親父さんも強いんだな!」



 まずクラスのムードメーカー的な男子に答えて。



「俺はまだまだ未熟だぞ。師匠の足元にも及ばない」

「足元に及んでる時点でお強いですぞ! 尊敬します!」



 次に独特な雰囲気を持つ猫背の女子に答えて。



「すまない。昼休みは剣の素振りをしたいから、ゆっくり食べてる時間はないんだ。でも、誘ってくれてありがとう」

「あーあ、フラれちゃったかぁ。ざーんねん!」



 笑顔を絶やさない小動物のような女子に答えて。

 とにかく次から次へとさばいていく。



「でもよ、ギルバート。純粋な疑問なんだが、お前はどうしてEクラスなんだ? 剣聖の弟子だっていうなら実力は相当なもんだろ?」



 と、不意にオーガストが尋ねてきた。

 その瞬間、場が凍りつく。



「ああいや、すまねえ! 失礼なこと聞いちまった」



 不躾な質問をしてしまったと思ったのだろうか。オーガストは慌てて俺に頭を下げる。



「いや、謝る必要はない。気にしすぎだオーガスト」



 俺はコホンと咳払いして、さらに言葉を続けた。



「俺がEクラスになった理由は二つある。一つ目は筆記試験で最低点を取ってしまったからだ。学院長から聞いたんだが、俺は全受験生の中で一番悪かったらしい」

「マ、マジかギルバート……」



 数秒の沈黙の後、クラスメイトたちが励ましの言葉をかけてくれる。

 ……あれ。なんだこの空気。



「まあアレだ! 人間向き不向きがあるからな! わからんことあったら遠慮なく聞けよな! 俺もバカなほうだけどさ!」

「? ああ、助かる」



 どうしてだろう。俺を見るオーガストの目がやけに優しい。



「……あーもう! 集中できやしない」



 前の席に座るエリカさんが、人だかりの中から立ち上がる。

 その手には【亜人言語デミ・ランゲージ】の教科書が開かれていた。予習していたのだろう。真面目な彼女らしい。



「ギルバートさん。困ったことがあったら言ってくださいね」



 俺の肩に手を置いて、エリカさんが笑いかけてくれる。オーガストと同じで、やけに目つきが優しかった。



「それでギルバートさん、さっきEクラスになった理由は二つあるって言ってましたけど、もう一つの理由ってなんですか?」

「ああ、実はな……」



 ゴクリ、と誰かが生唾を飲み込んだ。

 教室内が異様な雰囲気に包まれている。気づけばEクラスの全員が俺の声に耳を傾けていた。



「俺は魔法がろくに使えないんだよ。どうも素質がないみたいでな」



 今の時代、優れた正騎士は優れた魔法士であると言われるくらい魔法も使いこなす。

 しかし、俺は特待生であるにもかかわらず、魔法をほとんど使うことができなかった。




 ◆◆◆




 一時限目。

 ルヴリーゼ騎士学院に入学して最初の授業は――【野営基礎アウトドア】だった。



「はじめまして諸君。俺は野営基礎の担当マルクス・ベッカーだ」



 初老の男性教師が笑顔で名乗る。見事な顎ひげだった。



「俺が学院をクビになるか、お前たちの誰かが学院をやめないかぎり、三年間の付き合いになるだろう。まあ気楽にやろうや……欠席なし、と」



 マルクス先生は出席簿を開いて記入する。

 教室内に漂う緊張感が少しだけ和らいだ。

 初めての授業ということで、みんな気を張っていたんだろう。



「はい、そこのお前。どうして騎士学院での初授業が野営基礎なんだって顔してるな」

「うっ。すみません……」



 マルクス先生から教鞭を突きつけられ、ばつが悪そうに謝罪するオーガスト。思ったことが顔に出やすい性格なのだろう。



「お前の気持ちはわかる。でもな、他のクラスとの兼ね合いとかもあって、こればっかりはしょうがないんだよ」



 俺たちに背中を向けて、何やら板書しながらマルクス先生は話を続ける。



「まあ悔しかったら、来年はEクラスからひとつでも上のクラスに昇格するこったな。一限目の授業はAクラスが【刀剣術ソードアーツ】、Bクラスは【魔法理論マジックセオリー】だったか」

「……来年は必ずDクラスに……!」



 前の席のエリカさんから、ただならぬ決意を感じる。出席番号一番の彼女はEクラス一位の成績だから、実力的にはもう少しでDクラスに行けたんだ。悔しさも人一倍なのだろう。



「よし。じゃあ教科書開いてくれー。今日は野営とは何かを説明していくぞ」



 それからの六十分間はとても有意義な時間だった。

 正騎士になったら野営する機会は誰にでも訪れる。

 作戦行動中に森で遭難した際、災害時、戦時下に置いて、野営技術は命を繋ぐための大切なスキルだ。



「いいか。野営する際に一番大事なことは魔法に頼らないことだ。そりゃ魔法を使えば火起こしだって余裕だし、飲み水だって簡単に手に入る。だが、」



 教科書を手に話をしながら、マルクス先生は教室内を歩いている。



「魔法を行使するということは俺たちが思っている以上に魔力と莫大なカロリーを消費するんだ。あっという間に魔力と体力を使い切っちまうぞ。だから、魔法は最後の手段に取っておけ。俺がお前たちに教えていくのは魔法に頼らない――もう時間か」



 話の途中で学院のチャイムが鳴る。



「いいかお前ら、野営基礎の授業は基本的に屋外で行う。次の授業は学院の東側にある"試煉しれんの森"で魔法を使わずに火起こしするぞ……ああいや、まずは軽く森の中を歩いてみるか」

「マルクス先生」



 と、エリカさんが手を挙げる。



「どうした? コンロン」

「次の授業からは試煉の森に集合でしょうか?」

「いずれはそうしてもらうつもりだ。しかし森の場所を知らん者もいるだろう。とりあえず次の授業は教室に待機していてくれ。俺と一緒に行こう」

「わかりました」



 言ってエリカさんは手を下ろした。

 それを見てマルクス先生は頷き、



「では、野営基礎の授業はここまで。ちょっと時間オーバーしちまって悪かったな」



 慌ただしく教室を出て行った。



「あ゛ー、終わった終わった」



 握った両拳を天井に突き上げ、あくびまじりに伸びをするオーガスト。



「今日の授業はまだ始まったばかりよ」



 そんなオーガストを見て、エリカさんは呆れていた。



「野営基礎の授業、オーガストは楽しくなかったか?」



 次の授業の準備をしつつ、隣の席に問いかける。

 時間が過ぎるのが早く感じるくらい俺は楽しかった。



「いや、俺も楽しかったぜ。ただなんつーか……大人しく座って授業を受けるのが苦手でな」



 頬をポリポリとかいて、オーガストは苦笑いをこぼす。



「あんた、昔っからそうよね。落ち着きないっていうか……おこちゃま?」

「お前はいちいち突っかかってくんじゃねーよ! 男同士の会話に入ってくんな!」



 また始まった。飛び交う言葉は汚いが、不思議と嫌な気分にはならない。

 昨日とは違い、周りの席のクラスメイトたちも慣れたもので、まったく気にした様子はない。



「本当に二人は仲が良いんだな」

「仲良くなんてねぇ!」「仲良くなんてないです!」

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