ただひたすら剣を振る、リリアンと共に修行に励む。

 同じ日の夜。

 俺とリリアンはハウゼン師匠の道場で向かい合っていた。



「本気でいくわよ、ギルバート!」



 引き絞るように片手半剣バスタードソードを構えるリリアンから、真紅の魔力が燃え上がる。



「ああ、いつでもかかってこい!」



 俺は半身になって重心を落とし、長剣ロングソードを腰だめに構える。たちまち黄金の魔力が立ち昇る。

 距離を取り、睨み合う俺たちの剣に魔力が集束していく。目映い魔光波オーラが迸る。



「うむ。準備はできたようじゃな、弟子たちよ」



 その声に、俺とリリアンは頷きを返す。

 道場の奥――四畳ほどの小上こあがりで、ハウゼン師匠はあぐらをかいていた。



「「…………」」



 俺たちは呼吸を合わせ、集中力を極限まで高めていく。

 膨れ上がった闘気がせめぎ合い、ビリビリと空気を震わせた。



「では――はじめッ!」



 刹那、俺は爆ぜるように床を蹴り上げた。

 いつもはリリアンに先手を譲ることが多いが、今日は俺から攻めていく。



「はッ……!」



 剣を振りかぶり、小細工なしの一撃を叩きつける。

 だが、リリアンは顔色ひとつ変えずに受け流し、いなす。

 続く一合、剣閃けんせんが噛み合い、甲高い金属音を奏でた。



「――っ」



 リリアンの表情がわずかに歪む。真っ向勝負を嫌い、俺の側頭部に上段回し蹴りを放ってくる。

 俺は冷静に蹴りの軌道を見極め、頭を後ろに反らすことで躱す。


 しかし、その隙に逃げられてしまった。

 やはり正面からの斬り合いは俺に分がある。幼い頃よりただひたすら剣を振り続けてきた俺の斬撃は――疾く、重い。



「どうしたリリアン。休憩か? まだ始まったばかりだぞ」

「そうよ。悪い? あなたのペースに合わせていたら、あたしに勝ち目なんてないもの」



 十分に距離を取ったところから、リリアンが剣の切っ先を向けてくる。

 ちょっと前までは無理してでも俺に張り合おうとしてきたのに……お前、変わっちまったな。


 でも正しい判断だ。俺とリリアンでは戦闘スタイルが違う。

 俺は"剛の剣"、リリアンは"柔の剣"。わざわざ俺と同じ土俵で勝負しなくてもよかったんだ。



「じゃあ、仕切り直しといこうか。そろそろ行くぞ」



 俺は大きく息を吸い込み、ゆっくり吐きながら剣先をだらりと下げる――いい感じに脱力できた。

 これはハウゼン師匠を参考にして編み出した新しい構えだ。初速が出る。



「さっきは主導権を握られたけど、次はそう簡単に渡さないわよ」



 舞い踊るように剣を振り回し、その切っ先を俺の顔に突きつけて。

 不敵に笑ったリリアンは、片足を浮ける独特な構えを見せる。


 数舜の間が流れた。張り詰めた空気が道場内に立ち込める。

 そして――



「「ッ……!」」



 俺とリリアンは示し合わせたかのように床を蹴り、しのぎを削る剣戟けんげきに興じた。




 ◆◆◆




「いやぁ、リリアンちゃんはやっぱ才能あるのう」



 白い顎ひげを撫でながらハウゼン師匠が言う。


 リリアンが天才剣士であることはまぎれもない事実だ。彼女の剣を間近で見て、実際に剣を交えたからこそわかる。


 圧倒的な剣術センス、並外れた吸収力、飽くなき向上心、たゆまぬ努力、それに何より成長速度が並外れていた。



「そ、それは本当ですかっ!」



 リリアンは顔を上げ、目を輝かせた。

 俺たちは今、稽古後の柔軟体操をしている。



「ああ。まだ修行を始めたばかりじゃが、ギル坊との実力差が少し縮まったぞ。お主も成長を実感しているのではないか?」

「はいっ。それに最近ずっと調子がいいんです。これもハウゼン様が弟子にしてくれたおかげです」

「ほっほっほ、そう言われると嬉しいのう。よし決めた。今日から儂はリリアンちゃんの味方じゃ」

「ありがとうございます!」

「うむ。まずはギル坊に一矢報いることから始めよう。大丈夫、付け入る隙はあるぞ」

「…………あの、それ俺がいる前で言わないでもらっていいですか?」



 柔軟体操を終えた俺は立ち上がり、ハウゼン師匠にジト目を向ける――そしたらすぐに目を逸らされた。



「さて、そろそろ儂は帰ろうかのう。お主らも体が冷えないうちにはよう帰って休みなさい」



 ハウゼン師匠は口早にそう言って、俺に「戸締り頼んだ」と鍵だけ預けて帰ってしまった。



「待たせちゃってごめんね」

「気にするな。お前のペースでじっくりやればいい」

「ふふっ、ありがと」



 にこっと微笑んで、リリアンは柔軟体操に戻る。

 俺も見習って念入りにすべきだろうか。どうも苦手なんだよな。昔から体も硬いし。



「……なんかエッチな視線を感じるわ」

「よーし鍵閉めて帰るかー」

「じょ、冗談よ!?」



 待っている間、暇だったので剣を振っていた。

 隙あらば素振りをする俺を見て、何故かリリアンは若干引いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る