ただひたすら剣を振る、生徒会長のおかげで事なきを得る。

「ほらほらほらぁ! ちゃんと僕たちの剣を見ていてくれよギルバート君!」



 デュークは楽しそうに笑いながら、破壊の限りを尽くす。



「ははははっ! ちょーと散らかっちゃったけど、ギルバート君ならまたすぐにお掃除してくれるよねぇ!」



 胸の内に闇よりも暗い感情が湧き上がってくる。

 俺は半身になり、剣の柄に手をかけた。



「ああ、もう何もかも面倒だ……」



 学院内での私闘は禁止されている? そんなもの知るか。俺はここまでされて黙っていられるほど大人じゃない。



「――そこまでにしておけ」



 その時だ。女性の凛と響く声が出入り口の方から聞こえた。

 想定していなかった訪問者に、デュークと男子生徒の動きが止まる。騒がしかった資料室が静まり返る。



「どこの誰かなぁ? 僕の邪魔をしてくれたのは。ほら、どけよお前ら」



 デュークは荒々しく剣を振って、取り巻きたちを怒鳴り散らす。



「見張りの奴らは何をしているんだ。誰も通すなって言ったじゃないか――」

「彼らはなかなか紳士的だったぞ。頼んだら快く通してくれた」



 軽快な足音を鳴らして現れたのは、冷たい美貌びぼうの銀髪少女だった。

 雪のように白い肌を彩る蒼い瞳は麗しく、どこか浮世離れした雰囲気すら感じさせる。襟元の学年組章クラスバッジゴールド。どうやら二年Aクラスの先輩らしい。



「久しいな、デューク・ザナハーク」



 彼女の内巻きショートボブがそよ風に揺れる。

 ……いや待てよ。この人どこかで見たような。



「――っ。せ、生徒会長殿ぉ!?」



 銀髪の女子生徒を見た瞬間、ぎょっと息をのむデューク。

 彼は慌てて剣を腰の鞘に収め、誤魔化すように笑う。

 そうだ思い出した。彼女はルヴリーゼ騎士学院の生徒会長で、確か名前は……



「これはこれはっ。三大貴族筆頭シルバーゴート公爵家のご令嬢、リディエ・シルバーゴートさんではありませんか。いやはや今日も一段とお美しい――」

「そんなことはどうでもいい。貴様、自分が何をしたかわかっているのか? こんなところで剣を振り回しおって……前代未聞だぞ」



 遮るようにデュークを黙らせ、リディエ先輩は鋭く睨みつける。



「ぐっ……!」



 氷点下の眼差しに気圧され、デュークはたじろぐが、



「ち、違うのです生徒会長殿! これはすべてこの男の――そう! 特待生ギルバート・アーサー君の指示なのです!」



 すぐにいつもの調子を取り戻して捲し立てる。



「どうして彼がそんな指示を出す」

「そ、それは……」



 口ごもるデューク。言葉が続かない。



「つまらん言い訳はやめろ。貴様の企みはすべて知っている。見張りをしていた生徒が洗いざらい話してくれたからな」

「っ……」



 リディエ先輩はデュークの肩に手を置き、



「この一件については、しかるべき対応を取らせてもらう。ボクの父上を通じてザナハーク家にも話がいくだろう。……覚悟しておけよ」



 なんの感情もうかがえない声で淡々と告げた。



「さて、ギルバート・アーサー。ボクはキミに用事があったんだ。一緒に来てくれ」



 項垂うなだれるデュークから視線を外し、リディエ先輩が俺に言う。



「ですが先輩、資料室をこのままにしておくわけには」

「はっはっは。キミが気にする必要はないよ。後片付けはこの者たちがやってくれるさ」

「……へ? 僕たちが?」



 愕然と目を見開いたデュークが、すがるように手を伸ばす。



「そんな、お待ちください生徒会長殿……ッ」

「さあ行くぞ。日が暮れてしまう前にな」



 リディエ先輩は俺の手を取り、グイグイ引っ張っていく。

 取り巻きの生徒たちは口を開けて固まっていた。何が起きたのかわからないという顔をしている。



「許さないッ……絶対に許さないぞ、ギルバート・アーサー……!」



 資料室を去る寸前、最後に目にしたデュークの顔は――この世のものとは思えないほど怨嗟えんさと敵意に満ちていた。

 ……いや、俺、悪くないよね?




 ◆◆◆




「あの、先輩」



 俺は前を歩く背中に声をかける。



「ん? どうしたギルバート・アーサー」



 顔だけ振り向き、リディエ先輩が爽やかに笑う。

 俺と彼女は身長が近いので目線がほとんど同じだった。



「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」



 歩く足を止め、深々とお辞儀した。



「ボクは当然のことをしたまでさ。あのような愚行ぐこうを企てる輩を野放しにしているようでは、ルヴリーゼ騎士学院の生徒会長は名乗れないからね」



 言いながらリディエ先輩は俺の頭を撫でてくれる。



「先輩……」



 ゆっくり顔を上げるとリディエ先輩と目が合う。人懐っこい笑顔だった。

 資料室で会った時は厳しい人なのかと思ったが、別にそういうわけではないらしい。さっきはデュークを相手にしていたからそう感じたのだろう。



「こんなところで立ち話もなんだ、まあボクについてきたまえ。いい紅茶が手に入ったんだ。一緒に飲もう」



 俺が返事をする前に、リディエ先輩は再び歩き出す。



「は、はい」



 置いていかれぬよう駆け足で彼女を追いかける。



「ところで先輩、どこへ向かっているんです?」

「ん? ああ、そういえば言ってなかったね。目的の場所は校舎棟の最上階にある生徒会室――つまりボクの城さ」

「え。でも生徒会室って、部外者の俺が行っても大丈夫なんですか?」

「はは、問題ないよ。それにキミはボクが招いた客人だ。堂々としていればいいさ」



 と、リディエ先輩は俺にウィンクする。どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。


 それきり会話は途切れ、俺は黙々と足を動かす。さすがは名門ルヴリーゼ騎士学院だ。けっこう歩いてきたはずなのになかなか生徒会室に辿り着けない。



「あっ。お疲れ様です会長」

「お先に失礼しま~す」



 もう何度目になるだろう。すれ違う生徒たちが親しげに声をかけてくる。



「ああ、お疲れ様。気をつけて帰るんだよキミたち」



 それに対して、リディエ先輩も笑顔で応える。

 すごいな。公爵令嬢(それも三大貴族筆頭)という身分でありながら、生徒たちに対して変な壁がない。こういうところはリリアンと似てるな。 



「…………」



 俺は斜め後ろから彼女の横顔を覗き見る。

 貴族としての誇りを持ちながらも、決して他者を見下すことはない。真の貴族っていうのはリディエ先輩みたいな人のことを言うんだろうな。



「ああそうだ。ギルバート・アーサー」



 ふと思い出したように指を鳴らし、リディエ先輩は俺の方を見る。



「キミにひとつ、お願いがあるんだ。忘れないうちに伝えておこう」

「お願い、ですか?」



 俺がそうくと、彼女は薄い唇に微笑を含んでこう言った。



「ボクのもとで――生徒会執行役員として働いてほしい。キミの力を貸してくれないか」

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