ただひたすら剣を振る、迷い込んだ路地裏で共闘する。(2)

「ふぅ」



 リリアンさんは剣を腰の鞘に収めると、



「助けてくれてありがとう。えーっと……ギルバートくん、だったわよね?」



 俺の方に歩み寄って来て、親しげな笑みを浮かべる。

 彼女はこう言うが、助けに入る必要はなかったらしい。

 戦いの直後だというのに呼吸の乱れはなく、汗ひとつかいていない。



「そうそうギルバート。覚えていてくれてよかったよ」

「当然よ。昼食をご一緒した仲じゃないの」



 右手を差し出されたので、俺はその手を握り返す。



「……あなた、やるわね」

「それはお互い様だ」



 俺に負けず劣らず、リリアンさんの手の皮膚は硬かった。

 この硬さ、生半可な努力じゃない。それこそ血の滲むような剣の鍛練を積んでいるはずだ。



「ところでリリアンさん、こいつらは?」

「おそらくだけど、カネで雇われた暗殺者たちよ」

「金で雇われた暗殺者?」

「ええ。あたしの家はこの国でそれなりに影響力があるから、嫌がらせにちょっかいをかけてくる連中がたくさんいるってわけ」



 リリアンさんはやれやれと肩をすくめる。

 そうだった。彼女の実家は剣の名門、ローズブラッド伯爵家だ。



「……大変なんだな」

「別に。慣れればどうってことないわよ」



 軽い口調でそう言って、リリアンさんはその場に片膝をつく。

 慣れるものなんかね。暗殺者に命を狙われ続ける日々なんて俺は御免だけどな。



「さて、今日はどこの命知らずがあたしに挑んできたのかしらね。その顔を拝んでやろうじゃない」



 リーダー格のフードを取り、そいつの顔を見た瞬間――



「えっ?」



 目を見開いたリリアンさんが声をもらす。



「どうしたリリアンさん。知り合いか?」

「……いいえ、知らない人よ。見るからに人相悪くて驚いちゃった」



 リリアンさんは「ふふふ」と上品に笑い、立ち上がって居ずまいを正した。



「ごめんなさい、ギルバートくん。少しの間、この人たち見ててくれない?」

「それはいいけど、なんでだ?」

「ちょっと近くの衛兵詰所まで行ってくるわ。悪いことしたんだから捕まえてもらわないとね」

「ああ、なるほど。任された」



 親指を立てて快諾すると、リリアンさんは「ありがとう」と言って駆けて行った。すぐにその背中は路地の曲がり角に消える。



「……これは何かありそうだな」



 一人残された俺は、地面に倒れ伏す黒いローブ男を見る。



「こいつの顔を見た瞬間、リリアンさんの表情が変わった。でも俺には言いたくないっぽいし、下手に首を突っ込まない方がよさそうか」



 心配していないと言えば嘘になるが、俺が出しゃばることでもないだろう。リリアンさんは強いしな。



「まあ、困ってそうだったら力になろう」



 自分の中で結論を出して、俺は「うん」と首を縦に振る。

 それからしばらくの間、暇だったので剣を振っていた。




 ◆◆◆




 暗殺者全員を衛兵さんたちに引き渡した後、俺はリリアンさんに大通りまで連れてきてもらった。



「大丈夫? ギルバートくん。はぐれないように手、つなぐ?」



 隣を歩くリリアンさんが、からかうように聞いてくる。その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。



「…………」



 俺は顔を逸らし、沈黙を返す。

 だが、それでもリリアンさんは楽しそうだった。

 ……はぁ。素直に答えるんじゃなかったな。



「一人でおうちに帰れる? あたしが送ってあげてもいいわよ」

「いや、ここからなら一人で帰れるからいい。大通りまで連れてきてくれてありがとう」

「そう? ならいいけど。……じゃあアイスでも食べる?」



 二十分ほど前、どうしてあんな路地裏にいたのか問い詰められたので、迷子になったと正直に白状した。

 その結果がこれだ。同い年なのに死ぬほど子ども扱いしてくる。たまったもんじゃない。



「いい加減にしてくれリリアンさん。確かに俺は方向音痴だが、もう子どもじゃない」

「あらら、怒っちゃった? ギルバートくんって見た目は大人っぽいのに、意外と可愛いとこあるなと思って」



 横から顔を覗き込んできて、リリアンさんは「ごめんなさい」と舌を出す。

 不覚にもその仕草に胸がときめいたが、得意の無表情でバレずにすんだ。

 どうやら俺は表情が顔に出にくいらしい。幼馴染のケイが言ってた。



「別に怒ってはいないさ」

「そう? ならよかった」



 それきり会話は途切れた。

 たくさんの人で賑わう城下町を肩を並べて歩いていく。

 でも、不思議と気まずさは感じなかった。



「ところでギルバートくん。あたし、ずっと気になっていたんだけど……」



 不意に、リリアンさんが話しかけてくる。

 俺は横を向いて「ん?」と返した。



「あなた、どうして制服姿なの?」

「うっ……」



 痛いところを突かれ、思わず足を止めてしまう。



「……笑わないと約束できるか?」



 鬼気迫る俺の顔にリリアンさんが目をパチパチさせる。



「いきなり何?」

「笑わないと、約束できるか?」

「? まあ、そこまで言うなら笑わないわよ」



 深呼吸した俺は覚悟を決めた。



「実は、王都のような都会を堂々と歩けるお洒落な服を持ってないんだよ。ほら、入学試験の日にも話したけど俺って田舎生まれ田舎育ちだから……」



 たっぷり五秒間、リリアンさんはポカンと口を開けていたが――



「あはははは! なにそれっ」



 また笑われた。俺との約束はなんだったのか。

 目尻に涙をためて「笑い死ぬ」と苦しんでいる。

 いや泣きたいのはこっちの方なんだが。



「ごめんなさいね。つい笑っちゃった」



 ひとしきり笑った後、リリアンさんは息を整えてこう言った。



「よし、決めたっ。今からあたしがいつもお世話になっているお店へ行くわよ。そこで何着か見繕ってあげる」



 ガッと腕を組まれ、問答無用で連行される。電光石火の早業だった。

 いやでも待てよ。貴族のお嬢様御用達のお店ってとんでもない値段なんじゃ……。

 俺はすぐさまリリアンさんの拘束から抜け出し、



「ちょっと待ったリリアンさん。俺は一般庶民なんで、お高いところはちょっと」



 青ざめた顔で懸命に伝える。

 そんな俺を見てリリアンさんはニヤリと笑い、



「お礼の代わりに今日はあたしが全額支払うわよ。これでね」



 懐から漆黒の紙片を取り出した。



「ま、まさかそのカードはッ」



 思い出した。貴族たちは"ブラックカード"という最強のクレジットカードなるものを持っていることを。この目で拝める日がくるとはな。



「さあ行くわよ」

「リリアンさん、お願いします……!」



 お礼の代わりと言われれば拒む理由などない。

 俺はリリアンさんに連れられて、今度こそ大通りの雑踏の中に姿を消した。

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