ただひたすら剣を振る、そして入学式当日を迎える。(1)
待ちに待った入学式当日の朝。
いつも通り五時前に起きて剣を振り、
「ふんッ、はぁッッ……よし」
顔を洗って二人分の朝飯をつくる。
「ジェシカさーん! ご飯ですよー!」
階段の下から声を張り上げた。ジェシカさんの部屋は二階にある。
「着替えたら行くよー」
ジェシカさんが起きていることを確認し、俺はリビングの円卓に料理を並べていく。
今日の朝食は焼き魚と母さん直伝のだし巻き卵だ。もちろん味噌汁もつくってある。
「おー! これぞ和食って感じだね。くぅー、味噌汁が疲れた体に染み渡るよ」
スーツをビシッと着こなしたジェシカさんが感涙を流している。
朝からもう疲れているのか。学院長も大変なんだな。
「ジェシカさんすっかり和食にハマりましたよね」
「うむ。朝は食べられない人間だったんだが、和食を前にするとお腹が
ちなみに和食というのは白米を中心とした食文化のこと。
パンやパスタが主食のこの国では珍しいが、母さんの出身が和食の本場である
「あっ、ギルバート君おかわり」
「はいはい。軽くにしときますよ」
朝食を済ませた俺は洗い物を片付け、自室に戻ってきていた。
忙しいジェシカさんはもう学院に行っている。入学式の準備があるらしい。
「……こんなもんか」
真新しい学院の制服に身を包み、姿見鏡で黒い髪を整える。
「おっと、そろそろ出よう」
時刻を確認すると七時半を回っていた。
今日は九時までに登校すればいいが、余裕をもって早めに出た方がいいだろう。
机の上にある学生鞄を肩にかけ、刃引きした
「友達……できるといいな」
そんなことを呟きつつ、俺は自室を出て階段を下り、広すぎる玄関ホールを歩いていく。
「じゃ、いってきます」
誰もいない屋敷に言って、玄関のドアを閉めると。
俺はジェシカさんからの言いつけを守り、さっき渡された合鍵で施錠した。
◆◆◆
「俺は帰ってきたぞ。ルヴリーゼ騎士学院」
眩しい春の日差しに目を細めながら、数か月前にも見た大きい校門を仰ぎ見る。
今日は絶好の入学式日和だった。抜けるような青空がどこまでも広がっている。
「さあ行こう。学院デビューだ」
大きく息を吸って、学院の校門をくぐる。
周囲に視線を巡らせると、すでに多くの新入生が登校してきていた。
早めに出てきて正解だったようだ。
「在校生は今日ほとんど学院にこないってジェシカさんが言ってたから、これみんな俺と同じ新一年生なんだよな」
木々に囲まれた石畳を進んでいくと、新入生たちの賑やかな声が聞こえてくる。
「はーい新入生のみんなー! 自分のクラスを確認したらテキパキ移動するのよー!」
元気のいい女性教師が声を張り上げている。
初めて見る人だが、服装から学院の先生だということがわかった。
「なるほど、みんなこれを見ているのか」
掲示板にクラス分けが大きく貼り出されていた。
だが、俺は足を止めることなく新入生たちの横を通り過ぎていく。
すでにジェシカさんから聞いているので自分のクラスを確認する必要がないからだ。
「えーと、俺のクラスの場所は……ぐはっ」
新入生たちに揉みくちゃにされながらも、学内マップで教室の場所を確認する。
ふむ。一年生は一階か。てことは、このまま真っすぐ進めばいいわけだ。
正面玄関から近くて助かる。方向音痴の俺でも迷わなそうだ。
俺は新入生たちの流れに乗り、廊下を進んでいく。
そして、ある教室の前で立ち止まり――
「Eクラスの教室はここだな」
戸の上の[Ⅰ‐E]という室名札を確認して中に入る。
クラスメイトたちの視線が集まるが、一人、また一人と俺に興味をなくす。少しだけ悲しい気持ちになった。
しかし顔には出さない。俺は何事もなかったように黒板に向かい、自分の席を確認する。窓際の列の前から二番目か。
お、今日のスケジュールも書いてある。九時からホームルームで、十時から入学式か。了解。
「ここだな」
机の上に学生鞄を置いて、自分の席に座る。左に顔を向けると窓の外に立派な庭園が見えた。
剣は――机の横に傘立てのようなところがあった。この場合、傘立てではなく剣立てだな。こういうところ騎士学院っぽい。
「…………」
着席して数分。暇なので教室内を見回してみた。すでに半分以上の席が埋まっている。
まだホームルームまで時間があるので、昨日の夜ジェシカさんに聞いた話を復習しとこう。
ルヴリーゼ騎士学院は各学年A、B、C、D、Eの五つクラスがあって、ひとつのクラスにそれぞれ三十人ずつ振り分けられている。
クラスはランダムで振り分けられたわけではなく、入学試験の結果をもとに実力順にクラスが決められているらしい。
説明するまでもなくAクラスが一番成績の良い生徒が集められ、Eクラスが一番成績の悪い生徒が集められている。
出席番号もそうだ。普通の学校はファミリーネーム順に席が決められることが多いが、この学院ではクラスの中でも成績が良い順に番号を与えられる。実力が全てなのだ。
ちなみに特待生の俺がどうしてEクラスなのかというと……察してくれ、筆記試験と能力測定(魔法)の点数が死ぬほど悪かったんだ。
「よう。お隣さん! その剣、珍しいな」
「…………え。俺か?」
「ははっ。お前さん以外に誰がいるんだよ」
突然、隣の席に座る男子生徒から声をかけられた。
「悪い。少し考え事をしていた」
「おいおい、緊張してるのか?」
赤髪の男子生徒は人懐っこい笑みを浮かべて、
「俺はオーガストってんだ。オーガスト・アンヴィル。よろしくな」
と右手を差し出してくる。こんがりと日焼けした肌が健康的だった。
「ギルバート・アーサーだ。こちらこそよろしく頼む」
差し出された手を握り返し、俺も名を名乗る。
体格の良い少年だ。座っている状態で俺より頭一つ分くらい大きい。
かなり鍛えているな。制服の上からでも筋肉質なのがわかる。
「おっけー。じゃあギルバートだな。俺のことはオーガストちゃんって呼んでくれ」
「オーガスト、ちゃん?」
ちゃんづけでいいのだろうか。それでいいなら俺はそう呼ぶけども……
何しろ初めて会ったので、冗談なのか本気なのかわからない。
「こらオーガ! いきなりだる絡みしてクラスメイトを困らせてるんじゃないわよ!」
今度は前から眼鏡の女子生徒が会話に入ってきた。淡い緑髪を三つ編みにしている。
俺の前の席ということは、彼女がEクラスの出席番号一番。このクラスで一番成績が良い生徒ということになる。
「なんだよエリカ。男同士の会話に割り込んでくんじゃねーよ!」
「わたしだって好きで割り込んだわけじゃないわよ!」
わーぎゃーと大声で言い合う二人。
話を聞いていると、どうやら知り合いのようだった。
女子生徒はシャツのボタンを上まで留め、制服をきちっと着ている。彼女の真面目さがこれでもかと伝わってきた。
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