ただひたすら剣を振る、そして王都の街を散策する。
美味しい手料理をご馳走になった俺は食休みの後、
「ではまた明日です、ギルバート君」
「はい」
「繰り返しになりますけど、
「……はい」
屋敷の前でノーラ先生と別れた。
そのまま貴族街を離れ、王城を中心に発展している中央区に足を運ぶ。
「うーん、ここまで来たはいいものの何をしようか」
賑わう城下町の大通りを歩きながら、あちこちに視線を飛ばす。
「にしても人が多いな。……いや、くそっ、歩きづら!」
ジェシカさんの部屋と違って足の踏み場はあるが、人混みのせいでまっすぐ歩けない。
右にフラフラ、左にフラフラ、しまいには酔っぱらったおじさんに肩をぶつけて怒鳴られた。
「え。都会こわい」
人混みを抜け出し、道端でへたり込む。
カンッと小気味いい音を立て、腰に帯びた
王都では外出する際に正騎士候補である学院の生徒も帯剣する決まりになっているらしい。俺はまだ学院の生徒ではないが、入学が決まっているので剣を持ってきた。
王都レグルスは治安が悪いわけではないが、それでも血生臭い事件は普通に発生する。そこまでいかなくても小さなトラブルは日常茶飯事だそうだ。
そこで学院生徒の出番となる。ルヴリーゼ騎士学院の狭き門を突破した生徒たちはそれ相応の実力を持つ騎士見習い。その優れた武力を存分に発揮して、王都の治安維持に協力せよというのが校則で定められている――と、ノーラ先生から聞いた。
「さっきすれ違った子どもたちも腰に短剣を差してたな。あれには驚いた」
ここまで歩いてきて感じたことだが、護身用に武器を身に付けている人が非常に多い。今は違和感が半端ないが、まあそのうち慣れるだろう。リィード村は平和だったんだな。
「……お?」
食欲を刺激する匂いに導かれ、顔を上げる。
大通りを外れた道の先には広場があり、露店が所狭しと立ち並んでいた。
「うん。軽いものなら食べれそうだな」
しっかり昼飯を食べたが、育ち盛りの胃袋をナメてもらっては困る。
王都に引っ越して来てから高級レストランには連れて行ってもらったが、こういう露店での買い食いは未経験だ。
食べ物の他にも何か面白そうな物が売ってるかもしれないし、ちらっと覗いてみよう。
立ち上がった俺は大通りから外れ広場の方へ歩いてく。
「あ、財布を準備しておこう」
制服の内ポケットに手を入れ、ジェシカさんからもらった財布を取り出す。
まだ入学していないので生徒ではないが、都会の街を堂々と歩けるような私服を持ち合わせていないので、悩んだ末に学院の制服を着てきた。
あと数日で入学式だし誰かに怒られることもないだろう。
「へえー、いろんなものが売ってるんだな」
ここは飲食エリアなのだろうか。通り過ぎる露店はどれも食べ物や飲み物、あと……お菓子? 的なやつが売っていた。
見たこともないものがほとんどなので、どんな味なのかも想像できなかった。
「おう兄ちゃん! 一本どうだい? 美味しいよ」
うっ。露店のおじさんと目が合ってしまった。
無視して通り過ぎるのも失礼かと思ったので、その露店で売っている食べ物を覗いてみる。
「……この串に刺してあるのは何かの肉ですか?」
「そうだよ。兄ちゃん見るのは初めてかい? これはイロトリドリっちゅう地鶏の焼き串だよ。まぁ俺の地元じゃ"やきとり"って言うんだけどな」
おじさんの言う通り、立て看板には[やきとり]と書かれていた。
一本150
「それじゃあ、やきとり二本ください」
「あいよ。熱いから気ぃつけな」
大陸銀貨で300G支払い、やきとりの串を受け取る。
「まいどあり~」
おじさんに軽く頭を下げて、俺は道を歩く人たちの流れに戻る。
「あちっ……でも柔らかくてうまい。これで一本150Gかー」
あっという間に完食し、途中で見つけたごみ箱に串を捨てる。
それからさらに進むと露店で売っているものの種類が変わった。
そして、どんな薬かの説明もない怪しげな黒い錠剤や白い粉薬なども売っていた。
いやこれ売って大丈夫なやつか?
「……あれ、ここどこだ?」
露店巡りをしていたはずだが、気づけば薄暗い路地裏に迷い込んでいた。
立ち止まり、辺りを見回す。
「なるほど。迷子か」
俺は自分が方向音痴なことを知っている。
やけに冷静なのはこうした状況に慣れているからだ。生まれ育った村からそんな離れていない場所でも迷子になるレベルだからな。
よし。とりあえず引き返すか。
俺はくるりと反転して、来た道を戻っていく。
しかし、
「うーん?」
いつまで歩いても露店があった広場へ辿り着けない。道を尋ねようにも、誰ともすれ違わない。
「あそこからなら広場の位置がわかりそうなんだが……」
困り果て、ここら辺で一番背の高い建物を仰ぎ見る。
が、
「やめておこう。勝手に上がったら怒られそうだし」
寸でのところで思いとどまり諦めた。
俺は大きく息を吐いて、その場に座り込む。
「……ん?」
万策尽き、路地裏の細く狭い空を見上げていると――走る足音が聞こえてきた。
すぐさま体勢を変え、耳を地面に近づける。
……けっこう数が多いな。たぶん二十人くらいいる。
「あっちか。急ごう」
この機会を逃すわけにはいかない。俺は即座に立ち上がり走り出す。
ものの数分もしないうちに追いついた。足には自信がある。
「…………困った」
しかし、すぐにはその集団に声をかけず、俺の存在を気取られぬように追走していた。
何故こんなことをしているのか。話は簡単である。道を尋ねられるような状況じゃないからだ。
「あれはどう見ても鬼ごっこをして遊んでいる感じではない」
逃げる少女を黒いローブの集団が追い回している。
どういう状況なのかはわからない。が、見過ごすわけにもいかない。
それに、
「こんな形で再会するとは思わなかったな」
俺はその少女のことを知っていた。あの特徴的な金髪縦ロールは間違いない。入学試験で一緒に昼飯を食べたお嬢様――剣の名門ローズブラッド家のリリアンさんだった。
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