ただひたすら剣を振る、幼馴染のパンツを見る。

 河川敷を離れ、自宅を目指して歩いている。

 そろそろ昼飯の時間だが、父さんは一人で河川敷に残り、剣を振っている。

 さすが父さんだ。あれだけの実力を持ちながら、今もなおその向上心は揺るぎない。



「俺も負けていられないな」



 立ち止まった俺は、左腰に下げた剣を引き抜き、頭上に掲げた。

 使い込まれた刀身が日の光を浴びて輝く――と、その時。



「…………」



 ぐうぅ、と。俺の腹が情けなく鳴いた。



「腹減ったな」



 そそくさと剣を鞘に収め、家路を急いだ。

 庭にある道場の横を通り過ぎ、玄関のドアを開ける。



「ただいま」



 靴を脱ぎながら言うと、台所の方から母さんが「おかえりー」と返してくれる。

 食欲を誘う香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。今日の昼飯は焼きそばのようだ。



「早く着替えてこよう」



 空腹を紛らわすために大きく息を吸い込み、階段へ向かう。俺の部屋は二階にあった。



「お昼ご飯できたわよー、ってあんた一人? お父さんはどうしたのよ」



 廊下をパタパタ歩いてきたのは母――カグヤ・アーサーだ。

 俺の黒い髪は母親譲り。この国では珍しい髪色だった。



「父さんはもう少し剣を振ってくるってさ」

「ふーん。まあいいわ。あんた着替えに行くんでしょ?」

「そのつもりだけど」

「じゃあ部屋にいるケイちゃんも呼んできて。用意してあるから」

「わかった」



 母さんにそう返して、俺は階段を上がっていく。

 ケイが俺の家に来ているのはわかっていた。玄関にあいつの靴があったからだ。



「おーいケイ。母さんが昼飯できたってよ。お前の分もある、か、ら……」



 自室のドアを開けてまず目に入ったのは――太ももと黒のレース下着だった。

 ケイはうつ伏せで俺のベッドに寝転がっており、何やら小難しそうな本を読んでいる。

 よほど読書に集中しているのか、めくれ上がったスカートはそのままだ。



「……ケイ、そのなんだ……パンツ見えそうだぞ」



 本当は丸見えだったが、気を遣ってそう伝える。

 こいつの名前はケイ・ファウストゥス。隣に住んでる同い年の幼馴染だ。



「うーん」



 ケイが寝返りを打つ。肩口で切り揃えられた山吹やまぶき色の髪がはらりと揺れた。

 中性的な顔に意志の強そうな碧い瞳。長い睫毛まつげと薄桃色に染まった頬。パッと見た感じ少年のようにも見えるが、こいつは正真正銘――女である。



「……おーい、ケイ・ファウストゥスさーん」



 ダメだ。こいつには俺の声が届いちゃいない。そもそも俺が部屋に入ってきたことさえ気づいてない。



「パンツ見えそうだって言ってるだろ」



 言いながら本を取り上げると、ケイは「あっ」と声をもらしこっちを見て、



「ギル!? いい、いつの間に帰ってきたんだよ!」



 ようやく自分が置かれている状況を理解したようだ。

 耳まで赤くしたケイは素早い動きでスカートを直し、俺を威嚇しつつ距離を取る。



「……み、見たのか?」

「何をだ?」

「パ、パンツ!」

「いやだからな、あくまで見えそうだったってだけの話で」

「……本当に?」



 俺は少し考える。

 丸見えだったと正直に言うべきか、嘘を貫き通すべきか。



「…………ああ、見てないぞ」

「嘘だ! ギルは嘘をつく時、目線が斜め上を向くんだよぉ!」

「……ッ。ま、まさか俺にそんな癖があったとは。知らなかった」



 ベッド横の姿見鏡を覗き込む。

 癖のない黒髪、やや吊り上がった金色の瞳、右目の下の泣きぼくろ――いつもと変わらぬ無愛想な顔の俺がいた。機嫌が悪いわけではないんだがな。



「はあ。もういいや。読書に集中しすぎたオレが悪いし」

「そうだぞ。見せつけてきたお前の責任だ。俺は悪くない」

「……なんかそう言われると腹立つな」



 と、ケイは睨みつけてくるが、それを無視して着替えを済ませる。



「あっ、そうだケイ」

「んー? なに?」



 目を離した隙にまた本を読み始めるケイ。こいつ本当に読書が好きなんだな。文字を読むと眠くなる俺とは大違いだ。



「俺、来年から王都にある騎士養成学院に通うことになったらしい」

「へー……はああああぁぁぁ!?!? お前それっ、どういうことだよ!」

「急にどうした。とにかく落ち着け。全部話すから」



 興奮気味に詰め寄ってきたケイを落ち着かせ、俺は事の経緯を説明する。

 そのあと一緒に昼飯を食べたのだが――ケイはずっと浮かない顔をしていた。

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