ただひたすら剣を振る、そして俺は剣聖を継ぐ

源七

ただひたすら剣を振る、そして俺は大岩を斬る。

 自分で言うのもなんだが、俺――ギルバート・アーサーはかなり特殊な幼少期を過ごした。

 ぶっちゃけ変な子どもだったと思う。


 実家が片田舎の剣術道場だったこともあり、物心ついた時から俺の手には剣が握られていた。

 でも、別に剣術を強制されたわけではない。自分の意志で剣を手に取ったんだ。



「フッ、ハァッ、セイッッ」

「父さんなにしてるの?」

「剣の素振りだ」

「剣の素振りをやれば、ぼくも父さんみたいに強くなれる?」

「ああ、なれるぞ。素振りは剣の基本だ。振れば振るほど鋭い太刀筋を身につけることができる……のに加えてストレスも解消できて健康的な生活を送るための筋肉だって鍛えられる。もちろんダイエットにも効果的だ。もう振るっきゃないだろ、剣」

「振るっきゃないね、剣」



 強い父親は憧れだった。

 ひたすら剣を振り続ける大きな背中がかっこよくて、真似をし始めたのが俺の原点である。



「ふんッ、ふんッ」

「なあ、ギル。剣ばっか振ってないでさ、たまにはみんなで川に遊びに行こうぜ~」

「ふッ、ふんんッ」



 俺がまだ十歳の頃の話だ。

 学校終わりに家の道場で素振りをしていると、明るい性格の幼馴染がよく遊びに誘ってくれた。  


 こいつはいいやつだ。ろくに友達もつくらず、ただひたすら剣を振り続ける俺のことを気持ち悪がらずにいてくれた理解者である。

 だが、



「ふんッ、ふんッ」

「なあ、ギル。今年こそ一緒に夏祭り行こうぜ! 絶対楽しいって! 花火大会もやるみたいだしさ!」

「ふんッ、ふんッッ」



 剣の魅力に取り憑かれてしまった俺は、幼馴染からの誘いをことごとく断り続けた。



「うわっ、まだ素振りしてやがる。ちょっと休憩しようぜギル」

「ふッ――ん? ケイか」

「ほらっ、かき氷と焼きそば買ってきてやったぞ。一緒に食べようぜ」

「……めっちゃうまい」

「だろだろ? このケイ様に感謝しろよ~」

「この焼きそば、うちでつくるより母さん気合入ってるな」

「お前はいいよなぁ。カグヤさんの和食をいつでも食べられて。羨ましいぞ」



 しかし、それでもケイは俺を見捨てずに仲良くしてくれた。俺が学校で浮かなかったのもケイのおかげである。

 それからも俺はただひたすら剣を振り続け、十五歳になった頃には大岩を斬れるようになっていた。



「アーサー流剣術――」



 道場の裏手にある河川敷で、俺は長剣ロングソードを大上段に振りかぶる。

 玉鋼たまはがねでつくられた刀身は陽光を浴び、燃えるような刃文はもんが揺らめいた。



 「――奥義・【竜道りんどう】ッ」



 ザンッと。

 振り下ろした剣が光の軌道を描く。

 遅れて、一刀両断された大岩が綺麗に割れた。

 地面を揺らす轟音が響き渡る。



「どうだろう父さん。俺の剣は」



 残心ざんしんの姿勢を解き、後ろを振り返る。

 そこにはいつになく真剣な表情の父が立っていた。

 やはり父さんは凄い。ただその場にいるだけで、圧倒的な存在感を放っていた。



「……息子よ。もうお前に教えられることは何もない」



 腕を組んだまま、父さんが首を横に振る。

 俺にはその言葉の意味がすぐには理解できなかった。



「っ!? どうしてそんなことを言うんだ父さん。俺はまだ未熟だ。この程度のしか斬れない」



 言って俺は、割れた大岩を指差した。

 大岩とは名ばかりで、そこまで巨大なものではない。俺の姿を覆い隠す程度の大きさだ。



「いや息子よ。普通は魔力付与エンチャントもなしに岩など斬れぬものだ」



 組んでいた腕を解き、顔の間でブンブン手を振る父さん。

 ああ、なるほど。そういうことか。俺はようやく父さんの真意を汲み取った。



「謙遜しないでくれ父さん。父さんが本気を出したら俺なんて足元にも及ばない」

「……父の背中はもうすぐそこに見えているんだがな。近い将来、むしろ父がお前の足元にも及ばなくなっている可能性だって――」

「? 何か言ったか父さん。声が小さすぎてよく聞こえなかったんだが」

「ま、まぁとにかく息子よ。お前には王都レグルスにある騎士養成学院に入学してもらいたい。来年からな」

「騎士養成学院? 俺は騎士になるつもりはないよ」



 急な話だった。将来的に実家の剣術道場を継ぐ俺は、来年から父さんのもとで見習いとして数年間雑務を手伝うことになっていたはずだ。


 そのあとは世界中を旅していろんな流派の剣士に挑み、道場を継ぐまでに世界最強の剣士になることが俺の夢だった。



「俺の師匠が学院で先生をしているんだが、お前の話をしたら直接指導してみたいとおっしゃっていてな。まだお前は若いし、いい機会だと思うんだ。お前が道場の手伝いを申し出てくれたのは嬉しかったが、俺もまだまだ現役だしな。いってこい」



 さらに父さんは顔の前に人差し指を立て、「あの師匠がこんなことを言うなんて珍しいんだぞ」と熱弁する。


 

「そういえば、父さんの師匠ってどんな人なんだ?」

「ああ、お前には話したことなかったな。剣聖ハウゼン様だ」

「剣聖……ハウゼン?」



 はて、と俺は首を傾げる。



「その顔、もしかして知らないのか? 剣士としてそれはどうなんだ息子よ。我が道場にも何度か足を運んでいただいているから、お前も会ったことあるはずだけどな。紹介しなかったっけか?」

「へえー。そうなんだ。じゃあ顔を見ればわかるかも」

「父はお前の驚く顔を期待していたんだがな……まあいい。現役を退いてはいるが、今もなおコールブランド王国最強の剣士だぞ」



 父さんはそこで一度言葉を切り、遠い東にある王都の方へ顔を向けて話を続ける。



「で、どうする? お前のことは特別推薦で枠をひとつ確保してくれているらしいが……断るか?」



 最強の剣士と言われて、胸をときめかせない俺ではない。

 会ってその人の剣を直に見てみたい。剣を交えてみたい。

 騎士になるつもりはなかったが、俺は村を出ることを決心した。



「いや、行く」

「お前ならそう言うと思ったぞ息子よ」



 俺の答えに、父さんは嬉しそうに頷く。

 でも何故だろうか。父さんの笑顔が少しだけ寂しそうに見えた。

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